祝勝会(前編)
――ロトン/3カ――
僕達の出発前日、ホムストの一角にある広場に来ると、そこにはホムストの人々が一堂に会していた。広場には初めて来たけれど、切り株のようなテーブルと椅子が並び、テーブルの上にはたくさんの料理で埋まっている。
「今日は集まってくれてありがとう」
広場の中央から聞こえた声の主に、皆が注目する。壇上に立つトトさんは、拡声器のようなものを使って話し始めた。
「あの魔人の襲撃からもうすぐ100カが経つ。今、ホムストがあるのは、ホムストの守人達が命を懸けて守り抜いてくれたおかげだ。まずは、その勇気ある戦士達を讃えて拍手を」
広場にいる皆が、守人達にパチパチと拍手をする。守人達もお互いを讃え合っていた。
そして、トトさんは壇上から降りて真っ直ぐにこちらに歩いてきた。
「そして、その守人が誰一人として欠けることなく生還できたのは、七聖様がいたからです…………七聖様にはお礼として何か差し上げられればと思ったのですが、本当に空き家だけで良いのですか?」
「じゅ、充分ですからっ。むしろ、空き家も要らないぐらいですっ」
ホムストを救ってくれたお礼ということで、僕達は借りていた家をそのまま貰っていた。
……これは最初、白金貨三枚を渡されかけ、「そんな大金は受け取れない」と僕達は受け取りを拒んだ結果だったりする。
家の相場はよく知らないけれど、もしかしたら家の方が高いのではないかと、僕は疑っている。
トトさんは「空き家ならたくさんあるから、そんな大したものではないよ」と言っていたが、本当にそうなのだろうか……。
「あんなに小さい子が七聖なのね」
「七聖ってもっと近寄りがたいイメージだったけど、全然違ったわね。まだうちの子供と同じぐらいかしら」
こそこそとそんな声が、周りから聞こえてくる。けれど、フルミネは慣れない注目を浴びてわたわたしているので、全く聞こえていないようなので安心した。
「そういう訳にもいきません。どうか、それだけでも受け取っていただかなければ、私の集落長としての立つ瀬が無いので……お願いします」
そう言って、トトさんが頭を下げる。これ、完全に断らせないように言ってるよな。
「……そういうことなら、ありがたく頂きます。ありがとうございます」
フルミネはぺこりと頭を下げながらお礼を言った。
トトさんはフルミネにもう一度頭を軽く下げ、壇上に戻っていった。そして、締めの挨拶をする。
「皆、今日は宴だ。目一杯楽しんでいってほしい。では、ホムストの無事を祝って、乾杯っ!」
『乾杯っ!』
* * * *
宴が始まるや否や、フルミネは積極的過ぎるホムストの人々の波に呑まれてしまった。まさか、ここまで人が殺到してくるとは。この広場にいる人の半分は流れていったんじゃないか?
そして、僕はというと――。
「もふもふー!」
「気持ちいー!」
「ぼくもぼくもー!」
「はいはい、もふもふは逃げないからな」
子供達に尻尾をモフられていた。こうしていると、着ぐるみを着て子供に風船をあげるバイトを思い出すなぁ……って、こらっ、尻尾を引っ張るなっ。
「あらあら、子供達に人気ね。大丈夫?」
「あ、おかーさん! みてみてっ、もふもふだよ!」
僕が子供達の相手をしていると、尻尾を引っ張っている男の子の母親が話しかけてきた。
「大丈夫です。慣れてますから」
"大丈夫"と言った瞬間、尻尾を引っ張る力が強くなった。大丈夫ってそういう意味じゃなかったんだけどな。
「流石は救世主様ね。子供の扱いはお手のものかしら?」
……うん?
「ちょっと待ってください。"救世主様"って誰ですか?」
「あなたよ?」
「初耳なんですけど!?」
「みんなー、いくよー」
『おー!』
いつの間に救世主扱いされてたの!? そして、子供達の元気な声が聞こえたのだが、何をする気だ。
「ライト君と七聖様の証言から、あなたがいなかったらホムストは魔人に滅ぼされていたかもしれないという結論が出たのよ。だから、あなたはこの集落の救世主ってこと」
「は、はあ……」
『おーえす! おーえす!』
「おいこらガキ共、そんな綱引きみたいに引っ張るな」
『はーい』
返事は素直だな。せめてその返事を行動に表してほしいところだが。
「というか、何で引っ張ってんの……?」
「もふもふ、欲しい!」
その純粋過ぎる願望が怖いんですけど。もふもふが欲しいからって引き抜こうとしないでほしい。子供の力とはいえ、痛いから。
……まあ、一応、念のため、さりげな~く確認することにした。
「尻尾って普通は抜けませんよねー」
「あら、抜けるわよ?」
「ですよねー……ぇえ!?」
「こう、すぽんって。あなた、獣人なのに知らなかったの?」
いや、普通は抜けるなんて思わないだろう。周りから、クスクスと笑う声が聞こえる。この世界の普通と僕のいた世界の普通を比べるのもおかしいか。
とりあえず、やってみよう。尻尾が抜けるイメージ、抜けるイメージ……。
「せいっ――うわ、本当に抜けた……」
体の力を抜いて尻尾を引っ張ってみると、本当にすぽんっと抜けてしまった。
抜けたと言うよりは、短くなったと言うのが正しいか。半分は蜥蜴、もう半分はコンセントを想像しながら抜いたのだが、尻尾の五分の四も取れたのだ。これが普通だとしても、初めてだと流石にビビってしまう。
「はい、これあげるから。喧嘩しないで仲良くな」
「ありがとうお兄ちゃん!」
僕が抜いた尻尾を渡すと、子供達はその尻尾を堪能し始めた。ちゃんと代わりばんこしてるな。偉いぞ。
さて、そろそろフルミネのところに行ってみようかな。そろそろ皆落ち着いた頃だろうし。
――そう考えていた時だった。
「あなた、尻尾、痛くないの……?」
「え?」
「だって、冗談のつもりだったのに、本当に抜いちゃうんだもの……」
それは、僕のことを本気で心配している目だった。
シンの尻尾が短くなりました。
犬で例えると、太刀尾が株尾になった感じですかね?




