完治
――ロトン/1カ――
季節が変わり、暦基準で考えるとあの日から二ヶ月以上が過ぎていた。
今や、左肩の傷も綺麗さっぱり消えてなくなっている。まさかここまで綺麗に治るとは思っていなかったので、[回復魔法]の凄さに改めて感心した。
背中の傷も自分じゃ分からないけど、集落長さんによると綺麗に治っているそうだ。
因みに、フルミネと恋人になってから、生活の中で何かが変わったということは無かった。まあ、今までの距離感が普通じゃなかったという自覚はあるから、これでよかったのかもしれない。
――そして現在、僕はトトさんの診察を受けていた。
「うん。今日からは温泉にも入って大丈夫だよ」
「本当ですかっ」
遂にこの日が来た……!
僕は今まで、傷のせいで温泉に入れなかったのだ。時々、フルミネが体を拭いてくれていた程度なので、一刻も早く入りに行ってスッキリしたい。
「…………」
ふと視線を感じて左を見ると、フルミネが不機嫌そうな顔で僕を見ていた。何故だ。
「待たせてすみません。今、七聖様も診察しますね。シン君、少しの間別の部屋で待っていてほしい」
「それなら、温泉に行ってき「シン、待ってて」分かりましたごめんなさい」
なんとなく謝ってしまったけれど、どうしてフルミネが不機嫌なのか分からない。
とりあえず分かることは、"フルミネを無視して温泉に行ったらいけない"ということだ。早く体を洗いたい……。
* * * *
別の部屋でフルミネを待っていると、ライトがやって来た。
「トト様いるか?」
「今はフルミネの診察中だよ」
「そっか。シンは調子どうだ?」
「今日から温泉行ってもいいって。これから行く予定」
「おお、良かったじゃんか。それで、ここで何してるんだよ?」
まあ、そうなるか。
「フルミネに待っててって言われてさ。フルミネから"私は不機嫌です"感が出てて、待たないと不味いかなーって」
「何かしたのか?」
「してない、とは思うんだけど……」
だから、フルミネが不機嫌な理由がサッパリ分からない。
「それなら、本人から聞けばいいんじゃねえか?」
「……そうする」
ずっと悩んでいても、分からないものは分からないだろう。それならフルミネに直接聞いた方が早い。
「それにしても、治るの早いよな」
「いや、ライトも十分早いから」
僕がフルミネの片腕を借りなくても体を動かせるまでに回復して、ライトの様子を見に行ったことがある。その時のライトは体を包帯ぐるぐる巻きにされていたというのに、完治は僕より早かった。
「俺は火傷だけだったからな。そんなもんだろ?」
「そんなもんなのか……?」
――しばらくライトと話をしていると、診察を終えたフルミネが戻ってきた。
「シン、待たせてごめんね……あ、ストライトくん。こんにちは」
「七聖様、ちわっす」
ライトがこの話し方なのは、"親しみやすい敬語"を考えた結果だとか。ライトらしいと言えばライトらしいけど。
「じゃあ、俺はトト様のとこ行ってくるわ」
「おう」
ライトは部屋を出ていったので、僕は早速フルミネに質問してみる。
「僕、何かしちゃったかな」
「え?」
「フルミネが不機嫌な理由。考えたんだけど分からなかったんだ。ごめん。だから、教えてほしい」
「……顔に出てた?」
「がっつり」
無自覚だったのか。それじゃあ、何に対して不機嫌になっていたんだろう、ということでフルミネに理由を聞いてみたところ――。
「ホムストの温泉ってね、こ、混浴、なの……」
「あっ」
「……? 知ってたの?」
「その、何て言うか……一回、入ったことあるから…………ごめん」
これは十割僕が悪い。久々のお風呂にテンション上がり過ぎて、肝心なことを忘れていた。
「別に、謝らないでいいよ。私も、最初は混浴だなんて知らなかったから」
「……フルミネも入ったことあるの?」
「師匠と来た時にね……」
フルミネは頬を赤く染めながら言う。フルミネも経験済みだったのか……。
「私、その時十五歳だったのに、十歳ぐらいに間違われたんだよ? いくらなんでも十歳は酷いと思わない?」
「…………………………うん」
「今の間は何!?」
フルミネの身長は、目算でだが小学校の高学年ぐらいだと思われる。孤児院にいたガキ共も確かそのぐらいの身長だった。
よって、その"間違えた人"は実際には間違えていないのだ。むしろ、よくそんな正確に当てられたな。
「シンはこんな貧相な体よりも、大人の体の方が好きなんだ、どうせ、そうなんだぁ……」
不味い、フルミネは部屋の隅で不貞腐れてしまった。何かフォローしなければ。
「フルミネもちゃんと大人の女性だよ」
「……どんなところが?」
どんなところと言われると、身長……は違うな。言動……はどちらかと言うと子供っぽい。二十歳を越えているとは思えないところが多々ある。
……考えるんだ、フルミネの大人に見える要素を。何かある筈だ。きっと、何かがある筈なんだ――!
* * * *
フルミネに考える時間を貰い、僕の少ない脳みそをフル回転させて答えを出した。
「年齢?」
「泣いてもいい?」
「ごめん……」
フルミネの大人な所、最低でも一つは見つけよう。フルミネの恋人として。そう心に誓った僕であった。
* * * *
「おお、いつの間に……」
家に戻ると、空き部屋のうちの1つがお風呂に変わっていた。いつからあったのだろう。全く気づかなかった。
「集落長さんに頼んで作ってもらってたの。シンもここを使って?」
残念なんて思っていません。少しだけしか。
「ごめんね」
突然、フルミネが謝ってきた。
……顔に出てた!? ヤバい、こんなのフルミネに軽蔑されてもおかしくない。何か良い言い訳は……!
僕は言い訳を考えようとしていたが、フルミネはそんな僕を気にも留めず話を続けてきた。
「シンも男の子だし、そういうのにも興味あるのは分かるけど…………私以外の……は、裸、シンに見せたくない、から」
不意打ちだった。もじもじと、顔を赤らめてそんなこと言われたら、破壊力が凄まじい。女性経験が少ない僕には刺激が……!
「でも、私もまだ、恥ずかしい、から……その、ね? まだ、もう少し、我慢しててくださぃ……」
声がだんだん小さくなっていったが、僕の人狼の耳は一言一句聞き逃さなかった。
この子、本当に僕より年上なの? 可愛すぎる……ではない。落ち着け自分。平静を装え。
「大丈夫だよ。僕はいつまでも待てるから」
「あ、ありがとう……」
――その後、この時のフルミネの言葉や表情を思い出して顔が緩みつつ、久々のお風呂を堪能したのだった。
シンは理性強めのポーカーフェイス型思春期男子。
又は、意識していないと結構顔に出ちゃう系男子。




