冷たいけど熱い
――普通にご飯が炊けてしまった。若干しっとりしたほかほかご飯が。
「……どうして?」
炊く前に、炊飯器の中にちょっと多目に水を入れた筈なのに、お粥にならなかった。お粥って水がいっぱい入ってるご飯じゃないの……?
それとも、炊飯器の使い方を間違えたのかな。久々に使ったから正直合ってるか不安だったし。
「ここに水を足せば、お粥になるかな」
ということで、炊飯器の中に水を流し込んで混ぜてみた。すると、見た目はお粥っぽくなる。
……これで大丈夫かな。師匠が作ってくれた時もこんな感じだったような気がする。
そして、お粥をお鍋に移して部屋に持っていく。こういう時、魔道具の腕だと熱さを感じないから割と便利だ。もちろん、人間の腕の方が温もりとかを感じられるから、その方が良いのだけど。
「シン、起きてる……?」
私が声をかけると、シンの目が開いてこちらを向く。
「起きてるよ。何してたの?」
「お粥作ったから、食べて」
「米!?」
「そこなの?」
シンは変なところに驚いていた。お米があるのがそんなに不思議なのかな。
この世界だとパンと並ぶ主食だけど、シンの世界だと高級だったり? それなら好都合だったかも、喜んでもらえるって意味で。
私が机にお鍋を置くと、シンは意外そうな様子で聞いてくる。
「それにしても、フルミネって料理できたんだな」
「簡単なものなら、ね……」
私はシンを起き上がらせて、"計画"を実行するために心の準備をした。さあ、実行――!
「は、はい、あーん……」
――って、私が恥ずかしがったら駄目じゃん!
これは、前に私が魔力切れを起こした時、シンがやってきたことだ。ちょっとした仕返しである。
「右腕、動かせるから大丈夫だけど?」
この反応は予想通り。けれど私はここで止めたりしない。シンもあの時の私の気持ちを味わえっ。
「いいからっ、はいっ」
「あむ」
「――っ!?」
驚くことに、シンは一切躊躇せずに食べた。これじゃあ全然仕返しにならないじゃん! ただただ私が恥ずかしいだけ!?
仕返しなんて考えるんじゃなかったと少し後悔していると、シンは苦笑いしながら私に言った。
「フルミネ、ちょっと自分で食べてみて?」
「え? う、うん……はむ――むっ!?」
私は言われるがまま、自分で作ったお粥を少し口に含む。すると、大きな失敗に気づいた。
「冷たいでしょ。もしかして、炊いたご飯に水入れて誤魔化した?」
「ううっ」
シンには全てお見通しのようだった。
――待って、シンに流されてお粥、もとい水っぽいご飯食べちゃったけど、これって間接キスじゃ……!?
「やっぱりか。鍋で持ってきてるのに湯気が無かったから変だなーって思ってたんだ。フルミネはどうやって作ったの?」
「にゃっ!?」
「……そんな猫みたいな声出してどうした?」
変な声が出てしまった。シンは気がついていないのか、はたまた気にしていないのか、特に動揺はしていないみたいだった。
これって、私が気にしすぎなのかな。なら、あまり気にしないように頑張ろう……。
「え、えっとね? 水をちょっと多めに入れて炊飯器で……」
「炊飯器もあるのか…………あ、ごめん。続けて」
シンはまた変なところに驚く。シンの世界って、やっぱりお米が希少なのかな? 気になったけど、ひとまず私は説明を続けることにした。
「そしたら、普通にご飯が炊けちゃって、その後はシンの言った通りだよ」
「そっか。まあ、気になったのはそれぐらいだし、食べれるから大丈夫だよ。じゃあ、お願い」
すると、シンは口を開けて待っている。え、これ、続けるの?
「あれ、食べさせてくれるんでしょ?」
シンはキョトンとした顔で聞いてきた。そういえば、最初にそう言っちゃった気がする。恥ずかしいけど、一度言ったことはちゃんとやらなくちゃ。
「うん、ちょっと待って――ひゃあっ!?」
「ぐふっ」
私はシンに向かって倒れ込んでしまった。急に手足が動かなくなったのだ。多分、魔力切れだと思う。
――あの時、シンに魔力を貰った分を大分使ってしまったみたい。奇跡的に、手に持ったスプーンは指に引っ掛かり、落とすことはなかったけど……。
「だ、大丈夫? ごめんね、重いよね?」
「それは大丈夫……魔力足りなくなったのか。昨日みたいに補充すればいいんだよね」
「うん、ごめんね、お願いできる?」
私がお願いすると、魔道具に魔力を補充してくれた。少しだけ。
手足を動かすにはまだ魔力が足りない。この手足、起動させるのはそこそこの魔力が必要なのだ。それに、体勢的にお腹の傷が痛い。なので、シンに魔力を催促しようとしたら――。
「そういえば、フルミネも怪我人だよな……そうだ、こうしよう」
「……?」
「僕からも食べさせてあげる。それぐらいはやらせてほしいから」
「へ? 待って、ちょっと待ってっ」
そのまま、私はシンの隣に座らされてしまった。手足が動かないので抵抗もできない。私が持っていたスプーンを取ってシンはそれを食べる。そして、再びお粥を掬って私の口に近づけてきた。
「はい、あーんして?」
「うう……」
「あ、あれ? 嫌、だった……?」
「…………嫌じゃ、ないよ」
シンは心配そうに聞いてくるけど、別に嫌な訳ではない。不思議だけど、ちょっと嬉しい気持ちもあった。ただ、それ以上に恥ずかしいだけで。
「よかった。じゃあ、はい」
シンはそれを聞いてホッとしたようで、私に再度食べさせようとしてくる。もう、こうなったら勢いだっ。
「あ、あーん……」
口に含んだお粥は冷たい筈なのに、体はのぼせたように熱くなる。そしてそのお粥は、お米だからなのか、それとも別の理由か、ほんのり甘く感じた――。