生還
『魔弾:黒砲』によって射線上の木は真っ黒に焼け焦げている。魔人の姿は無い。
私、やったんだ。倒せたんだ……。
――そう安堵した時だった。
「ハハッ、こいつは効いたナ……!」
「っ!?」
声のした方を向くと、跡形もなく消し去ったと思われた魔人が立っていた。
ダメージは与えられたようだけど、倒すには至っていない。もしかしたら、神器で相殺されたのかもしれない。
私にもう余力は残ってない。今も立ってるのがやっとの状態だった。だからせめて、盾になるためにシンの前に立つ。
「さア、やろうゼ…………ア? 何だ急ニ……ア゛ア゛!? 撤退だトッ!?」
私に向かってくるかと思われた魔人は、突然虚空に向かって何かを話し始めた。
誰かと話しているのようだけど、その誰かは全く分からない。
「チッ、これからがおもしれーってのニ、空気読めねー野郎だナ。七聖……いヤ、【雷聖】だナ。この戦いは次に持ち越しダ。その時までにもっと強くなっとけヨ。そんでもっテ、もっと俺を楽しませロ!」
魔人がそう言うと、突如空間に大きな穴が開く。魔人がその謎の穴に入ると、その穴は閉じてしまった。
……これって、私、助かったのかな。
全身に張り詰めていた力が消え、その場に倒れる。そして、私の体に異変が起こる。
「――かはっ、――っ、――――っ!」
息ができない。酸素を求めようと口を開いても、呼吸ができない。
理由は分かってる。今の私は、内蔵を動かす魔力すら残っていないから。さっきまで立てていたのも不思議なぐらいだったのだ。
変型も、気づいた時には既に解除されていた。
……死んじゃうのかな、私。シンに話さないといけないこと、いっぱいあるのに。
その時、何かが私の足に触れる。そこから温かいものが一気に流れて込んでくる。
「はぁっ、はぁ、はぁ…………魔力……?」
呼吸ができるようになり、さらには起き上がれるほどまでの魔力が流れ込んできたのだ。
私は起き上がって、自分の足に触れていたものを見る。
――それは、シンの手だった。けれど、シンはうつ伏せに倒れていて動かない。
「シンっ、しっかりして!」
私はシンを仰向けにして、体を軽く揺さぶる。それでもシンは目覚めない。
お腹を見ると、魔人に切り裂かれた傷から大量の血が流れていた。他にも、魔人によるものと思われる火傷がたくさんあり、左肩も撃ち抜かれたような痕がある。
「ねぇ……死なないでよ……! シン……!」
泣いていたって仕方がないのに、涙が止まらない。
でも、諦めるのはまだ早い。確か、集落長さんが[回復魔法]を使えた筈。
私はシンの肩を持ち、ホムストに向かって歩こうとした。けれど、それは叶わなかった。
「――痛っ……うあっ!?」
私も少なくない量の流血をしていたことを思い出す。魔力を上手く込められず、シンを巻き込んで倒れてしまう。
鈍い音が鳴り、頭に衝撃が走る。意識が遠くなっていく。まだ、意識を失う訳にはいかないのに――。
* * * *
▼ ▼ ▼ ▼
――目を覚ますと、見慣れない……いや、見たことがあるような天井が、視界に映った。
「……あれ? 生きてる?」
あの時、フルミネが苦しんでいる姿を見た僕は、最後の力を振り絞って彼女に魔力を渡そうとした。
そんなこと、一度もやったことはない。でも、フルミネが魔道具なら可能だと思った。
それが結局成功したのかは分からない。魔力を流し込む途中で意識を失ってしまったから。
正直な話、自分はもう駄目だと思ってた。でも、まさか生きてるとは。自分の生命力に軽く感心を覚えてしまう。
「……ここは、ホムストだよな……」
部屋の中は少し薄暗い。外からオレンジ色の光が入ってきている。今は夕方のようだ。
とりあえず、起き上がろう――そう思った僕のお腹に、ズシッとした何かが乗っかっている。この髪の色は……。
「フルミネ?」
「……ん……ふあ…………シン……?」
それはフルミネの頭だった。フルミネは顔を上げて僕をボーッと見つめてくる。フルミネは今まで寝ていたのか、寝ぼけ眼だった。
彼女は頭に包帯を巻いている。服もあの灰色のローブではなく、ホムストの白い服を着ている。
僕がフルミネの状態をまじまじと見ていると、フルミネはだんだん意識がはっきりしてきたのか、目をパチクリとさせる。
「シンっ!」
「ごふっ」
――いきなり僕に飛びついてきたため、痛みで危うく意識が飛びかけた。
それに、いつもよりフルミネが重く感じる。そういえば『A極』のままだったな。
「『通常』。フルミネ、急に飛びつくのは……フルミネ?」
「良かった、シンが死なないで……本当に、良かった……」
フルミネは僕に抱きついたまま泣きじゃくる。
でも、僕も本当に良かったと思う。フルミネが死ななくて。あの時の僕に、よくやったと褒めてやりたい。
その後、フルミネが泣き止むまで、僕はただ、彼女に抱き締められていた。
* * * *
「落ち着いた?」
「うう……あうぅ…………ぐうっ……!」
しばらくして泣き止んだフルミネは、僕に泣き顔を見られて恥ずかしかったのか、それともお腹の傷が痛いのか。床に倒れて悶えていた。
……反応を見るに多分両方だろう。
「フルミネの泣いてる所を見るのは初めてでもないんだから、今更じゃない?」
「――っ、痛ぁ…………恥ずかしいものは恥ずかしいのっ。シンは嬉しくなかったの?」
フルミネは勢いよく起き上がって反論してきた。頭も怪我してるんだから、少しはおとなしくすればいいのにと思う。
「嬉しかったよ。でも、自分より感極まっちゃってる人を見てると、結構冷静になれちゃうんだよね……」
「あうう……」
今度は体操座りで蹲ってしまった。
……フルミネさん、その体勢は見えそうで危険ですよ。何がとは言わないし、ギリギリ見えてないからいいけど。
「フルミネ、トトさん……集落長さんにもう大丈夫って伝えに行ってくれない?」
僕はフルミネに伝言を頼んだ。残念ながら、まだ僕はあまり動くことができない。今も結構痛かったりする。
けれど、フルミネは横に首を振る。
「先に話をさせて。シンには知っていてほしいから」