vs【煉獄】第二ラウンド
「今のが効かなかったのか……?」
「割と本気でやったんだけどな……」
有効と思われた[水魔法]がこの有り様だと、かなり厳しい戦いになるかもしれない。けれど、もしかしたら――。
「弱点があるのかも」
「角か?」
「ハハッ、どうだろうナ!」
今の会話は全部聞かれていたらしい。けれど、狙ってみる価値はあるかもしれない。狙えればの話だけど。
「残り魔力は?」
「さっきのを乱発すんのは無理だな」
「じゃあ、僕の手に[水魔法]って纏わせられる?」
「それならできる。でも、どうすんだよ」
「ライトはここに来るまでに、魔力を少なからず消耗してるだろ。だから、僕が角を折りにいく。問題は本当に効くかどうかだけど、今はそれに懸けるしかない」
怖くないと言えば嘘になる。僕だって死にたくはない。だからこそ、少しでも勝ち目のある選択をする。
「ライトは援護、決められるなら僕ごとでいい。さっき以上の威力でぶっ放せ」
「おい」
「僕はスピードには自信あるから、その時はちゃんと避ける。安心しろ」
「そういう問題じゃねえんだけどな……分かったよ、『水拳』」
僕の両手に水がまとわりつく。これなら多少炎に触れても大丈夫だと思う。角に一撃、決められればいいんだ。
「準備は終わったカ?」
「まだ。もう少し待って……なんてな!」
まだ終わってない風に見せかけていきなり殴る作戦っ!
「馬鹿なのカ?」
「それは自覚してるよっ」
そもそも、馬鹿じゃなかったら魔人と戦ったりしないだろう。男は手を横に払い、火の粉を出してきた。けど、それはさっきも見ている。
「『S極』――からの『M極』!」
『S極』で男に向かって跳び、すぐさま『M極』にしてダメージ覚悟で突っ込む。
「だから馬鹿かって言ってんダ」
男は左手を僕に向けて――。
「『焔』」
「い゛っ!?」
熱線が僕の左肩を貫いた。魔法耐性最大状態のステータスをものともせず"魔法"で貫いてきたのだ。
「『特避』っ」
痛みを堪えて男に接近、後ろに回り込む。
「『風針』!」
ライトが放った魔法は、男が放った炎によってかき消されてしまう。けど、これならどうだ。
「『S極』、だあっ!」
「ふンっ」
僕の加減抜きの拳は難なくガードされてしまうが、僕達の攻撃はまだ終わっていない。
「『突風』っ」
「でりゃあ!」
「――っ!」
ライトの[風魔法]で背中を押してもらい、追撃。横っ腹に蹴りをいれる。角ではないが、まともに一撃を喰らわすことができた。蹴った感覚だと、結構良い手応えだったが――。
「ぐ、うっ……」
「大丈夫かっ、シンっ」
僕は左肩を手で押さえる。肩からはドクドクと血が流れていた。あんまり時間をかけすぎると、先に出血多量で死ぬかも……。
「これで終わりじゃねーよナ?」
予想通り、男はまだまだ余裕そうだった。これでも駄目か。やっぱり角を狙わないと。
けれど、角を狙う余裕なんて正直無い。それでも、ここで弱気を見せるなんてことはできなかった。だから、僕達は虚勢を張る。
「当たりっ」
「前だぁ!」
戦いは、まだ始まったばかりだ――。
▼ ▼ ▼ ▼
「わっ」
竜の頭をした蛙によって吐かれた炎をギリギリで回避する。あと一歩遅ければただじゃ済まなかった。
「お嬢ちゃんっ、無理しないで下がりなさい!」
「すみませんっ、大丈夫です!」
魔法で援護してくれているお姉さんが心配してくる。でも、ボクがまだ下がることはできない。
ボク達の弓部隊からは、既に何人か負傷者が出ている。これ以上人数が減ったら、きっと魔物達を止められない。
魔法部隊の人も二人、一緒に前線で戦ってくれているけど、魔物の数が多くて攻撃を避けるだけでいっぱいいっぱいだ。
「っ! 影借ります!」
ボクは[潜影]を使って一番近くにいた人の影に入る。そして、魔力を消費して別の影に移動、移動した影から飛び出して蛙の頭に乗る。
蛙はボクを落とそうとして顔を上に向け、口を開く。
「はあっ!」
ボクの放った矢が口の中の核を貫くと、蛙の体が光って霧散した。これで、魔物は残り二十七体。少しずつだけど確実に減っていってる。これなら、まだまだ勝てる可能性は――。
「フィム嬢、後ろだっ」
「――っ!」
振り向くと、岩の魔物がボクに迫る。それを避けようとしたけれど、足がもつれて転んでしまった。
瞬間、"死"という文字が頭に浮かぶ。
「いやっ」
ボクはそれが怖くて目を瞑ってしまった。ここで立ち止まることが、その死に直結すると頭では理解している。けれど、恐怖がそれに勝ってしまった。
もう駄目だと思った。
でも、全身を襲う筈の痛みはいつまで経ってもやってこない。恐る恐る目を開けると――。
「遅くなって、ごめんなさい」
そこに岩の魔物の姿はなく、灰色のローブを身に纏った少女が、ボクを守るように立っていた。