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傷つく勇気

フルミネ視点です。

「ふあ……」


 あくびが漏れる。


 ――シンが出発してから、約一日が経過しようとしていた。

 私はその間、ほとんど動いていない。動いたのはご飯を食べた時ぐらい。


 この半年間は、シンと共に狩りや戦闘訓練を行ってきた。でも、それらはもう必要ない。

 狩りは魔力を無駄に使わなければ何日も保つことができる。戦闘訓練はそもそもシンがいなければやることはない。


 ……やるべきことが、分からなくなっていた。


 シンと出会う前、自分がどのように過ごしていたかを思い出そうとしても、その記憶はこの半年間の記憶によってかき消されてしまう。


 それほど、この半年間は充実していた。

 考えれば考えるほど、私は嫌でもそれを実感してしまう。


 ――腹の虫が鳴る。


「……食べなきゃ」


 それでも、彼を信じて待つと決めた私は、飢え死にする訳にはいかない。

 だから、"約束"という希望にすがる。


 ……でも、私の体は動かない。

 それは"魔力が切れている"という原因ではないのは分かっている。ただ、魔力を込めてなかっただけ。


「フルミネ」


 聞き慣れた声が聞こえて顔を向けると、そこには横たわる蛇の魔獣とゲンさんがいた。


「……ありがと、ゲンさん」


 ゲンブに笑いかける。そうでもしないと、平静なんて保ってられるか分からなかったから。


 けれど、ゲンさんの表情は険しかった。


「ゲンさん?」

「お主に、伝えなきゃならんことがある」


 ゲンさんの言葉と共に感じたのは、肌がピリピリするような感覚。


「ホムストは分かるか?」

「えっと……ここの近くにあった集落だよね?」


 ゲンさんは頷く。私は話の内容が見えず、首を傾げた。


「そのホムストがどうかしたの?」

「今、魔人に襲撃を受けている」

「……え?」


 魔人……?


「それでの、次が重要なんじゃが、七聖は救援に来ていないみたいじゃ」

「何でっ!?」


 七聖は魔人の抑止力。

 そんな彼らも、魔人が襲ってくる場所が分からなければ人々を守るなんてできない。間に合わない。


 ――そのために、[王眼]というスキルがある。

 そのスキルは、魔人の襲撃場所が事前に分かるという、対魔人に特化したスキル。


 そのスキルがあるにも関わらず、救援に来ていない。


「大方、[王眼]が発動しなかったのじゃろう。あれは自動発動の類じゃからの」

「そうなの?」

「なんじゃ、知らなかったのか? あれは、規模の小さい襲撃には発動しにくいらしいぞ。それに、【地聖】がわざとでもそのようなことはしない者というのは、お主もよく知っておるじゃろ」

「……うん」


 私はホッとしながらも、少し複雑な気持ちになった。


 ……そんなことを考えてる場合じゃない。本当だとしたら、ホムストはかなり危険な状況ということになってしまう。


「ゲンさんが行くのは……?」

「無理じゃな。わしは人にあまり干渉するつもりはない」


 分かってはいたけど、やっぱりゲンさんは行ってくれない。四帝は、人と魔人のどちらかに肩入れをしてはならないっていう、昔からのルールがあるみたい。そのルールがある限り、ゲンさんは動かない。


 私が何か良い案がないか考えていると、ゲンさんの口から、衝撃の言葉が告げられた。


「シンは、王都に行く前にホムストに向かった」

「……っ!」


 ホムストはここから王都に向かうための唯一の中継地点。だからシンもそこに向かうのは当然ともいえる。


「今もそこにおるかは分からんがの」


 シンは優しい。見て見ぬふりなんてできない性格だって、この半年で分かってる。

 ――私の脳裏に、最悪の光景がよぎってしまった。師匠の故郷が魔人にボロボロにされて、シンも死んでしまう、そんな未来が。


「駄目っ!」


 どうしよう、考えなきゃ、ホムストもシンも魔人から守る方法を。


「のう、フルミネ。もう一つ言わなきゃならぬことがある」

「……何?」


 私は、これ以上何も起きないでと願った。


「わしはもうじき、寿命で死ぬだろう」


 だけど、現実は残酷だった。


「なんで皆、私を一人にするの。なんでっ……なんでよ……!?」

「フルミネはシンが心配か?」

「当たり前だよっ」

「だったら、お主が行けばいいじゃろう」


 それは、少し考えれば分かることだった。でも、心のどこかでそれを避けていた。私が行かなくてもなんとかなるんじゃないかって、確証の無い希望にすがっていた。

 でも、相手は魔人。七聖でなければ太刀打ちできない。


「ここにいても、一人になるのは変わらないぞ」

「……分かってるよ、そんなこと。でも、怖いんだもんっ……」


 あの時の手足が無くなる感覚、体が内側から溶けていく恐怖、声が出なくなるほどの痛み、思い出すだけで体が震える。

 ゲンさんは、そんな私に問いかけた。


「それは、大切な者を失うことよりか?」

「――っ」

「お主の中で、シンは既に大切な者なのじゃろう?」

「それは……うん」

「その力は、誰かを守るためにあるのじゃろう。グラスはそう言っておったがお主は違うのか」

「…………」


 私は自分が傷つきたくないだけだった。

 だから逃げて、迷惑をかけて、私じゃない誰かが代わりに傷つく…………最低、だよね。


 あれから六年経った。いつかこんな日が来ることも分かってた。その現実から、私はずっと目を背けてた。


 ――でも、もうそんな自分勝手も終わりにしよう。


「ゲンさん、私……」


 私が自分の決意を伝えようとすると、ゲンさんは察してくれたように優しい声で言ってくれた。


「行ってこい。結界はもう張っておらん」

「……! うんっ」


 傷つく覚悟はできた。私はゲンさんに向き直り、恐らく最後になるであろう言葉を伝える。


「今までありがとう、ゲンさん」

「グラスに会えたら、よろしく頼む」

「……うん」


 泣きそうになるのをグッと堪える。ゲンさんとこれでお別れと思うと悲しい。

 私にとっては、ゲンさんも大切に含まれているのだ。だけど、寿命ばかりはどうにもならない。


「『両足:剛脚』」


 私はホムストに向かって全速力で駆け出した。守りたいものを守るために、この使命に向き合うんだ――。

次話はシンに視点が戻ります。

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