不注意と自覚
「え、帰れないんですよ? もう、家族や友達と会えないんですよ? 反応が軽くないですか?」
そう言って、ホワルは僕に詰め寄ってきた。
確かに、孤児院の皆や高校の友達と会えなくなるのは悲しいし、おばさんにも親孝行したかった。
でも、ホワルに召喚されなかったら僕は確実に死んでいたのも事実だ。
自分のいなくなった世界がどう回っていくのかは気になる。
それでも、"行方不明"か"殺された"かだったら、断然、可能性のある"行方不明"の方が良い。
「ホワルが召喚してくれたおかげで僕はこうして生きているんだから、帰れないぐらい別に気にしないよ。むしろ感謝してる。ありがとう」
「は、はあ……どういたしまして……?」
不安要素が完全に無くなったので、次の良い話に期待するとしよう。
「本当に、怒ってないんですか……?」
「だから、怒ってないってば……」
そう言っても、ホワルの表情は暗い。
やっぱり、神様というより天使だよね。見た目幼女だし……少なくとも、神様には見えない。
「神様に見えないとか、これでも結構気にしてるんですよ?」
「うぇ!?」
自分が考えていたことに応答され、驚きのあまり謎の声をあげてしまった。
「神様って、心読めるの……!?」
「シンが分かりやすいだけです。やっぱり考えてたんですね」
ただのはったりだった。
「……気のせい気のせい。ほら、それより良い話の方を聞かせてほしいな」
「むぅ…………分かりました……」
よし、誤魔化せた。ジト目なんか気にしない。
「……話、戻しますね。良い話ですが、帰れないということはこの世界で生きていくということです。そのために、シンに魔法やスキルを授けましょう」
ホワルが神様に見える。
「元々私は神ですからね?」
再び脳内を読み取ったように答えるホワル。
「やっぱり、心読めるんじゃないの……?」
「あなたは少し顔に出過ぎですよ……」
ホワルは呆れたようにため息を吐いた。そこまで? ポーカーフェイスには自信あるのに……。
「……話が脱線しましたね。まずステータスカードについて説明します」
――ステータス。そのRPGに出てくる存在の名前。
「頭の中で意識してたら表示されたり……なんて――」
その時、目の前に小さい何かが出現した。
しかし、僕達はあまりに急な出来事で反応できず、その何かはそのまま地面に落ちる。
そして、ガラスが割れたような音が響いた。
その落ちた先を目で追うと、そこに落ちていたのは一枚のカード。
「……そのように、イメージすることで出し入れ可能ですがすみません、言う前にやってしまうとは思いませんでした」
努めて落ち着いた様子でホワルはそのカードを拾い上げ、そのカードを見た途端、驚いたように目を見開く。
しかし、それはひきつった笑顔に変わり、無言でカードを差し出してくる。
僕も無言でそれを受け取り、見てみると――。
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シン 17歳 ■ ■■
魔■:D
■法:
スキル:[■■]
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――はっきり分かるのは名前と年齢だけで、その他の情報は文字化けを起こしたように読めなくなっていた。
「これって、壊れるんだ……」
「割れることは絶対にありません。ただ強い衝撃を与えるとこのように読めなくなってしまいます…………とりあえず、ステータスカードに何が表示されているのかを説明しますね」
~ホワルの説明time~
ステータスカードには、名前、年齢、性別、種族、魔力、魔法、スキルが表示される。
魔力は、基本的にその人が持つ魔力量が、多い順にSSS>SS>S>A>B>C>D>E>F>なし、と表示される。
魔法は、例えば[炎魔法]を取得している場合、火球を飛ばしたい時は球状に魔力を集め、発射するというようにイメージが重要となる。
威力や大きさ等は込める魔力に依存する。
魔法に説明等は無く、感覚で覚えるもの。
スキルは、魔力を使うものもあれば全く必要としないものもある。
スキルの名前に触れるとそのスキルの説明が表示される。
基本、魔法を取得している場合はスキルは取得できず、スキルを取得している場合は魔法を取得できない。
しかし、基本と言うからには例外も稀に存在する。
その例外とは、魔法とスキル、共に所持している者のことである。
その者は、世間一般的に"デュアル"と呼ばれる。
「ステータスカードの説明はこれぐらいですね。分かるところだけを書くとこんな感じでしょうか」
そう言ってホワルは空中に文字を書く。
どうやってるのそれ、なんて疑問が頭に浮かんだけれど、口には出さないでおく。話がまた止まりそうだし。
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シン 17歳 男 人狼
魔力:D
魔法:
スキル:[■■]
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「待て待て待て」
その空中に書かれたステータスカードを見て、思わずホワルに突っ込んだ。
「……何か違いましたか?」
「人狼じゃなくて人間だからね?」
「え? 間違えたとしても、人間は嘘ですよね?」
何だ、この反応。
戸惑うホワルに僕は違和感を覚える。
「良ければ、鏡、どうぞ……?」
ホワルは何か気づいたのか、恐らく善意で僕の目の前に鏡を出現させる。
それに対して、僕は反射的に目を瞑った。
「大丈夫ですよ、目を合わせても石化したりしませんから」
ホワルは苦笑しながら、僕から聞いたおとぎ話を交えて冗談めかして言う。でも、全然笑えないです。
いつまでも目を瞑っている訳にもいかないので、僕は恐る恐る目を開く。
僕の目に映し出されたのは、当然、鏡に映る自分の姿。
――白い髪に獣耳、それと尻尾を付けた自分が写っていた。
「……待つんだ。この鏡に写ってるものは真実ではない、きっと嘘だ」
半ば現実逃避しながら耳と尻尾を触ってみる。
それは意外にも触り心地が良かったが、そんなこと、今はどうでもいい。
「本物だったよ畜生っ――!!」
とにかく叫ばないとやってられなかった。