指切り
「あれが、魔物……」
視界に映ったのは、炎を身に纏った岩の塊。
五メートルもの巨大な人型の炎。
頭は竜、体が蛙の化け物。
僕が動けないでいると、偵察から戻ってきた守人は叫ぶ。
「現在確認した魔物の数は三十体です! 奥で【煉獄】の姿も確認しました!」
「よくやったっ」
「三十か……多いな」
「とりあえず壁を作れ! 『風壁』!」
「「『風壁』!」」
「『土壁』!」
魔法を使える人は次々と広範囲に壁を作っていく。
魔物達はその壁に正面からぶつかったり、炎を吐いたりするなどして壁を壊そうとしてくる。
壁を乗り越えるということをしない辺り、魔物に知能は無いようだ。
僕も突撃の準備をするために、[能力改変]に新しく一枠追加する。
「『運搬』」
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STR:12
DEF:1
INT:1
MEN:1
AGI:25
CON:10
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「ライト、乗れ」
「よしきた」
ライトをおんぶしてその場で小走りをしてみる。
……その小走りは、のっそのっそと擬音が付きそうなぐらいぎこちないものになった。
「肩車にしない?」
「……俺も思った」
急遽、肩車に変更することになり、手順を再確認する。
――僕達が話していると、コンフィムが小走りで近づいてきた。
「壁はあとどのくらい?」
「もう少しなら。魔法を使える人はもう攻撃を始めてるよ」
壁の方を見ると、その上を越えるように次々と魔法が放たれているのが見える。
しかし、魔物達の勢いは収まるどころか激しさを増している気さえする。
これで少しでも減ってくれるといいけど、あまり期待はしちゃいけないか……。
「……ボクも二人と一緒に行きたかった」
コンフィムは顔を俯かせて、ぽつりと呟いた。
「仕方ないだろ。相手は炎だ。炎の明るさで影が消されちまう。フィムのスキルは影があってこその強さだ。その影が無いんじゃ一緒に戦うのは厳しいだろ?」
「相性ってやつだよ。だから僕達に任せて」
「……死なないでね?」
コンフィムの瞳には不安の色が宿っている。
だから、僕達は彼女を少しでも安心させるために、笑って言った。
「「当たり前だ」」
それでも、コンフィムの表情は暗い。
そこで、僕はあることを提案する。
「指切りしよう!」
「え……?」
「流石にその冗談は笑えないぞ?」
「えっ、あっ、違う違う!」
まさか直訳で受け取られるとは思いもしなかったため、僕は言葉の意味を慌てて説明する羽目になった。
この世界には、どうやら指切りの概念が存在していないみたいだ。不用意な発言は今度から控えよう。
――そして、指切りをするために、三人で上手い具合に小指を絡ませる。
「いくよ?」
「おう」
「いつでもいいよ」
「じゃあ、せーのっ」
「「「ゆーびきーりげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った!!」」」
これは、誰一人欠けることなく、生きて戻ってこなければならないという約束であり、決意。
指切りがちょうど終わったタイミングで、破砕音が耳に入る。
「ホムストの戦士よ、魔物達を1匹足りとも通すな! 魔法部隊は後方支援、弓部隊は魔物の注意を引きつけつつ避けに徹しろ! 無理はするな、危なくなったら下がれ!」
トトさんは次々と指示を出し、守人達はその指示に従って動いていく。
その指示が終わると、今度は僕達に声をかけてきた。
「シン君、ライト君、準備はいいか?」
「大丈夫です」
「いつでもこい!」
「こんな危険な役目を背負わせてすまない。少しでも無理だと感じたら、逃げてくれ」
「……ライト、行こう」
「おう」
トトさんの言葉に答えない。安易に約束することができなかったから。
自分達が逃げれば【煉獄】の次の標的はここであり、そうなってしまえば最後、ホムストは無くなる。
だから、たとえ勝ち目の見えない相手だったとしても、魔物を一匹でも多く減らせるように時間稼ぎになる……と、僕達は事前に話し合っていた。
そして、トトさんもそれが分かっていたからなのか、返事をしない僕達に何も言わなかった。
「ボクが道を作るよ」
そう言って、コンフィムは水に飛び込むように僕の影に入った。
「じゃあ、行こうっ」
「おうっ!」『うんっ!』
――これから始まるのは、理不尽への抗いである。
* * * *
魔物には"核"と呼ばれるものが存在する。
これは、人で言うならば"心臓"であり、急所である。それさえ破壊してしまえば、魔物の体は自壊する。
しかし、逆に核を破壊されない限り、魔物は高い再生力で何度でも再生する。再生には多少の時間を要するが、それでも脅威なのには変わりない。
「――っ、危なっ」
真横から襲う炎を後退することで避ける。
最前線を突き進む僕達に攻撃が集中する。
岩の魔物の突進を避けても、炎の巨人や竜頭の蛙が炎を吐く。一時を凌いでもすぐに次の攻撃が襲ってくる。そんな状況だった、
後方からは援護の弓と魔法が飛んでくるが、それらは魔物の核に当たることがない。
岩の魔物は単純に固く、炎の巨人の核は常に動いていて避けられる。竜頭の蛙の核に至っては、核が口の中にあるのだ。
「シンっ」
「何っ」
僕はそんな魔物達の攻撃をどうにか掻い潜りながら、ライトの切羽詰まったような声に答える。
この状況を打破する案が浮かんだのか……!?
「酔いそうだっ」
「……我慢しろやあぁぁああ!!」
少し期待した僕が馬鹿だったよ!
次話は「一方その頃、彼女は……」的なお話。




