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魔人襲来

 ――それは、いつものように魔獣を一頭討伐し、ホムストに戻ろうとしていた時のことだった。


「シンみたいな力があればなー」


 俺は愚痴るように呟いていた。

 俺にはシンのような馬鹿力を発揮できるスキルはない。だから、一番高く売れそうな部位だけを剥ぎ取る。


「おイ、そこのおまエ」

「あ? 誰だ――なっ!?」


 不意に、聞き慣れない発音で声をかけられ、何も考えずに後ろを振り向き、絶句した。

 そこに立っていたのは、燃えるような赤い髪と黒い肌、頭からは白い角が二本生えた男。


「魔人……!?」


 抱えていた素材を手放し、魔人の攻撃に備える。


 死を覚悟した。魔人に会ったのはこれが初めてだったが、魔人が発する肌を刺激するような魔力が力の差を物語っていたからだ。


 ――しかし、魔人は攻撃を仕掛けてこなかった。それどころか、呆れたように俺を見ていた。


「いきなり殺すなんてつまらねぇことしねーヨ」

「……どういうことだ? 殺すつもりだったんじゃないのか?」

「頭かってーナ。今は殺さねぇってノ」


 頭をガシガシと掻く魔人に、警戒を強める。

 魔人は"今は殺さない"と言った。つまり、それは"後で殺す"ということを意味していたからだ。


 どうにかして、ホムストの皆に伝えねえと……。


 そのために"自分が生き延びる"という選択肢を除外する。

 自分を殺したら、次に狙われるのはホムスト。ならば、魔人と相対している今、自分のできることはそれだけ。

 刺し違えようとは思っていない。そもそも、力がそこまで拮抗している訳でもない。


 ――だから、死ぬ気で、何がなんでもこの脅威を伝える


 不用意に動いたら()られるかもしれない。そう考えた俺はその場から動くことなく両手に魔力を込める。


「……やんのカ?」

「やるって言ったらなんだよ」

「そんな逃げ腰で言われてもナァ?」

「っ……!」


 そんな俺の考えは、全てを見透かされていた。


 ……そして、男は信じられないことを口にする。


「さっさと仲間連れて来いヨ。少しぐらい待ってやるかラ」

「何が目的だ」

「そう睨むなっテ。逃がしてやるからさっさと逃げろって言ってんだヨ。俺は闘いがしてーんダ。つえーやつとのナ。お前一人じゃ俺の圧勝になっちまうだロ?」


 魔人の言葉に、何も言い返すことができなかった。


 でも、これなら逃げられる――そんな希望が見えた瞬間のこと。


「でモ、ただ逃がすのもあれだからナ。俺の炎を避けながらってのはどうダ?」

「――っ、『突風』!!」


 突然飛来する火球を紙一重で避け、俺は[風魔法]で自分の背中を押して一直線にホムストへ逃げ帰った――。




 * * * *


 ▼ ▼ ▼ ▼




「よく僕の時みたいに突っ込まなかったな」

「そんな無謀なことしねーよ」

「……魔人って、そんなに強いの?」


 僕はフルミネから聞いていた話を思い出す。

 魔人は七聖でなければ太刀打ちできない――彼女はそう言っていた。


「俺もそう思ってたことあったけど、あれは次元が違う。まず、魔力が外に漏れてる時点でな……」

「その怪我も、魔人?」

「ああ、一回かすった。でも、それだけだ。それに、一対一じゃなきゃ可能性はある」


 ライトは強気を崩さない。彼の目は、まだ諦めていなかった。


「ライト君、よく逃げてきてくれた。今からホムストにいる守人(ガーダー)を集める。戦えない者達には逃げる準備をさせよう。戦う者も希望者だけでいい」

「戦うんですか?」


 トトさんに問いかける。勝ち目の薄い戦いにわざわざ正面からぶつかるなんて、判断が良いとは思えなかったから。

 そんな僕の問いかけに、ライトが先に答えた。


「俺はやる。このままホムストを滅茶苦茶にされてたまるか」

「私は守人(ガーダー)ではないが[回復魔法]を使える。だから後方支援をするつもりだ。集落長として逃げるなんてできないからね。直接戦うことができないのがなんとも心苦しいが」


 この言葉で理解した。トトさんもストライトも、勝つか負けるかなんて最初(ハナ)から考えていないことを。


 ただ、この場所(ホムスト)を守りたいだけということを。


「何言ってるんですかトト様。長は後ろでどーんと構えててくださいよ。戦うのは俺達の役目ですから」

「……ああ、ありがとう。ライト君」




 ――その後、トトさんはホムストにいる守人(ガーダー)を集めて防衛戦の希望者を募った。

 すると、集まった十二人全員が戦うことを希望した。皆、ホムストを失いたくはないという気持ちが一致していたのだ。


 そして、僕はトトに呼び出される。


「シン君、君は逃げてほしい」

「え?」

「これはホムストの問題だ。無関係の君を巻き込めない。頼む」


 そう言って、トトさんは頭を下げてくる。


「……嫌です」


 僕は頷かない。戦う力を持っているのに、自分だけが逃げるのは嫌だった。そして――。


「勝てるんですか?」

「……厳しいだろうね」

「じゃあ、僕も手伝います。次にホムストに来た時に、無くなってるなんて嫌ですから」


 昨夜の、ストライトとコンフィムの二人に交わした約束。

 ホムストが無くなれば、その約束は果たせない。


「私達を信用できないかい?」

「勝てるのなら、僕が手伝ったっていいですよね?」

「う、うぅむ……」


 トトさんは迷うように顎に手を当てた。

 僕は勝手に、ホムストに恩を感じている。その恩を返せるのなら、人道を外れるようなこと以外、何でもするつもりだった。


 ――そんな僕の覚悟が伝わってくれたのか、トトさんは決断した。


「分かったよ。私は君を止めない。ただ1つ、集落長として頼む。危なくなったら逃げてくれ」

「……分かりました」


 自分だけ逃げるなど考えてもいないが、トトさんを納得させるために僕は渋々頷いた。




 * * * *




 防衛に参加するのは十二人の守人(ガーダー)、トトさん、僕を含めた計十四名。

 他の人々は、既にホムストを出発して王都に向かっている。


「ライト君の話から、恐らく魔人は三獄の一人の【煉獄】だ。【煉獄】は炎の魔人、有効なのはやはり[水魔法]だと思うが……」


 トトさんの考えに対してライトが答える。


「[水魔法]を使えるのは俺だけです。でも、確実に俺だけじゃ勝てません。それに魔物もいる筈です。だからといって、皆で魔物の相手をしてる時に、【煉獄】が前に飛び出して来て乱戦になったらかなり危険だと思います。だから、最低条件として【煉獄】のところまで辿り着かないといけませんけど…………そこまで人は割けないですよね。魔物の相手もしないといけないですから」


 ハキハキと自分の考えをトトに伝えるライトの姿を見て、僕は驚いた。

 彼がここまで冷静に物事を判断できるとは思っていなかった。それどころか、脳内で勝手に"アホの子"という失礼極まりない印象を持っていたのである。


「びっくりした?」


 隣にいたコンフィムに小声で話しかけられ、小声で答える。


「……ああ。昨日のこともあるけど、ライトって凄いな」

「ライトはボクの自慢の彼氏だからね」


 コンフィムは腕を組み、うんうんと頷く。そんな彼女を見ていると、思わず笑みが溢れてしまう。


「それで、思いついたことがあります。シン、お前のスキルで魔物の攻撃を掻い潜りながら人を運べるか?」

「へっ?」


 突然、話を振られ、素っ頓狂な声をあげてしまった。


 そして、守人(ガーダー)達の注目に晒される。慣れない注目に緊張しながらもその問いに答える。


「……魔物が魔獣と同じようなものなら、多分」

「ある程度なら避けられるんだな? それで十分だ。俺を【煉獄】の所まで運んでくれ。そして、俺と一緒に戦ってくれないか」

「ライト君、それは「勝算は?」……シン君?」


 トトさんの言葉を遮ってライトに問う。


「賭けみたいなもんかもな。でも、理由は分かんねえけど、シンはこの場の誰よりも対人戦に慣れてる。可能性はあると思うんだ」

「流石にそれはないと思うけど……?」


 確信を持ったようなライトの言葉に疑問を覚えた。

 僕は確かに対人戦に慣れていても、それはフルミネとの訓練の成果である。つまり、この世界で彼女以外との対人戦闘の経験なんて無い。


 元の世界では少々腕に覚えはあったものの、この世界には魔法やスキルの概念がある。

 そんな自分の実力を、どうしてライトが買ってくれるのか分からなかったのだ。


「じゃあ、昨日俺が攻撃した時のあの対応はなんだよ。全部綺麗に捌きやがって」

「ライト君、それは何の話だい?」

「…………」


 底冷えするように発せられたトトさんの声に、ライトは目を泳がせて汗をダラダラと流し始めた。ライト、墓穴掘ったな。


 ……それにしても、ホムストの皆は盗賊対策のために鍛えたりはしないものなのだろうか。治安は良さそうだけど。

 そんな疑問が残ったものの、僕はその作戦を了承した。




 ――話し合いが順調に進む中、大きな爆発音が耳に入る。

 そして、偵察に行っていた守人(ガーダー)は慌てた様子で戻ってきた。


「魔物の群れだ!」


 告げられた言葉に、その場にいた全員が爆発音の方向を向く。


 集落の外には、炎を纏った異形の化け物達がこちらに向かって押し寄せてきていた――。

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