固めた決意、望まぬ事態
時間は深夜。部屋は暗く、コンフィムとライトは既に深い眠りに落ちている。
「……寝れない……」
僕は目をぱっちりと開いて呟く。
目が冴えている理由は、別に悪いことがあったからではない。嬉しかったからこそ、眠れなかったに他ならない。
「歓迎、か……」
二人の言葉を思い出し、頬が自然と緩む――ことはなかった。
新たに生まれた疑問によって、それはできなかった。
僕には、フルミネが森の外に出たがらない理由が分からない。そして、ホムストで半日過ごしたことで、ますます分からなくなってしまったことがある。
――ホムストも、駄目なのか……?
ここには人がいる。ここで暮らせば寂しい思いをしなくて済む。
体が半分魔道具だからといって、彼女を追い出してしまうような人達ではない。
僕は、それを身を持って実感していた。
だからこそ、フルミネがあの森で独りで暮らしている理由が分からない。
「フルミネは何を拒んでる……?」
そんな僕の呟きに答える者は誰もいない。
* * * *
「【七聖】がいないなんテ、つまらねぇナ……」
周りを取り囲むのは、猪、蛇、針鼠、兎、等々……大小も種類も様々な魔獣達。
「蹂躙なんてつまらねぇこト、俺にやらせるなってんダ……ハァ……」
襲ってくる周囲の魔獣達を軽くあしらいながら、ため息が漏れる。
「朝まで待ってやるかラ、少しぐらい楽しませてくれヨ……?」
業火を生み出し、魔獣達を焼き尽くす。
静閑な森に響く、焼けつく音。魔獣達の悲鳴。
夜が過ぎる――。
* * * *
「シンも、結局は師匠と同じなんだよね」
"どういうことだ"と口を動かすが、声が出ない。出せない。
「……別にいいよ。こんなの私の我が儘だから」
今、この状況、その言葉を、僕は理解ができなかった。けれど、目の前には見慣れた少女の姿。
「私は、大丈夫だから」
彼女は泣き笑いを浮かべて、そう言った。
「……さよなら」
少女は踵を返す。僕は懸命に、その手を彼女に伸ばし――。
* * * *
「…………ン…………シン!」
「――フルミネっ!」
「あいたっ!?」
ベッドから飛び起きると、頭に軽い衝撃。その衝撃によって寝ぼけることもなく、すぐに意識が覚醒する。
そして、自分の膝の上に頭を埋めるコンフィムに気づいた。
「何、どうしたの」
「それ、シンが言う!? うなされてたから心配して声かけてあげたのに、いきなり頭突きしてきたシンが言う!?」
「……うん、ごめん」
コンフィムの怒涛の説明染みた突っ込みによって、自分の状況を把握する。
「夢で良かった……」
本当に、夢で良かった。
「……なんか、いきなり怒鳴っちゃってごめんね」
「いや、起こしてくれてありがとう」
「そんなに悪い夢だったの?」
「まあ、ね」
あのような夢を見るのは初めてだった。忘れようとしても、彼女のあの顔が、言葉が、頭の中に鮮明に残ってしまっている。
「朝ご飯食べに来てね。先に行って待ってるから」
そう言ってコンフィムは部屋を出ていこうとする。僕を気遣ってくれているのは明白だった。
僕も少し落ち着く時間が欲しかったので、その気遣いがありがたい。
「分かった。そういえば、ライトは?」
既に部屋にはライトの姿は無く、布団も綺麗に折り畳まれている。
「ライトは魔獣の討伐に行ったよ。じゃあ、ちゃんと来てね」
「ああ、分かってるって」
コンフィムが部屋を出て、僕は一人になった部屋で考える。
これからの予定は、フルミネの所へ戻ること。しかし、先程見た夢が頭の中をチラついた。
戻って、彼女に過去を訊ねた時、自分を拒絶されたらどうすればいいか。
その可能性が無いとは言い切れないことが、言葉にならない不安となって募っていく。
「……僕は馬鹿か」
本当にフルミネのことを思ってるなら、そんな考えにならない。自分のことなど、どうでもいい。
僕は覚悟を決める。自分がどう思われようが、彼女に幸せになってほしいって気持ちを嘘にはしたくなかったから。
理由は分からない。でも、知りたい。
彼女の口から、直接聞きたい。
「よしっ」
自分の頬を叩いて気合いを入れる。
戻ったら聞こう。他に良い案が思い浮かばない。
「……けど、やっぱり嫌われたくない……」
* * * *
その後、僕はもう一度決意を固めて心の整理をつけた。
そのため、少しばかり時間がかかってしまったが、待っていてくれたコンフィム達は彼にその理由を言及することなく、温かく迎え入れた。
――そして、朝食をとった後、僕はトトさんに王都には向かわないことを告げる。
「それじゃあ、シン君は王都に向かわずに帰るということでいいのかな?」
「はい。わざわざ準備して頂いたのに、すみません……」
「いや、いいんだ。コンフィムからも聞いたが、今度は友達を連れて来てくれるんだろう? いつでも来てくれていいからね。私達は歓迎するから」
「……ありがとうございます」
優しい言葉。感謝しても、しきれない。
「それで、もう出発するのかい?」
「そのつも「トト様っ!」――っ!?」
言葉を遮るようにして部屋に入ってきたライトを見て、僕は言葉を失った。
――彼の肩は少量の血が滲み、その周りの服は焼け焦げていたのだ。
「ライト君っ!? どうしたんだっ!?」
トトはライトに駆け寄って肩に手をかざす。すると、光がその傷を包み、見る見るうちに出血を塞いでいく。
そして、息を切らしていたライトはようやく口を開く。
「魔人だ……!」
残念ながら、人生はそう上手くいくものでもないようだ。