目標達成?
この時、頭を空っぽにしたが故に、僕は後ろを振り返ってしまった。
「――っ!?」
「やっほー」
そこには、一糸纏わぬ姿のコンフィムが立っていたのだ。
最初に視界に映ったのは、年相応に発達した胸。コンフィムはそんな視線を気にも留めていない様子で、元気な僕のある部分を凝視する。
「……シン、可愛いね?」
「うるさいわ」
完全にセクハラである。けれど、僕はそっと視線を逸らし、そそくさと温泉に浸かることしかできない。
コンフィムが僕の隣に浸かり、元々温泉に入っていたライトもスーっと近づいて来る。
そしてライトは不思議そうな顔で訊ねてくる。
「シンってこういうの苦手なのか?」
「ライト、混浴の慣習はホムストだけだよ? 普通、温泉は男女別。だから、シンのシンがシンしても仕方ないよ」
「やめようね?」
伏せてはいるが、完全にド下ネタである。
「それにしても可愛いなあ」
「コンフィムはどこ見て言ってんの。しかもライトの前で」
「俺は気にしないぞ?」
「ライトはもう少し気にしよう?」
二人の貞操観念はどうなってるんだよ。
* * * *
――僕は正座する二人に問いかける。
「何で僕を置いて逃げた?」
「「あれは仕方なかった(んだよ)」」
あの後、三人で温泉に浸かっていると、好奇心旺盛(?)なホムストの人々が僕に話しかけてきた。
すると、遠巻きに僕を見ていたらしい人々も集まり始め、抜け出さなければと思った時にはもう遅かった。
――ライトとコンフィムが一足先に離脱していたのである。僕に何も言わずに。
何よりも、僕が一番苦労したのは「耳や尻尾を触ってみたい」という子の要望を受け入れた後だった。
子供達が群がり、尻尾に顔を突っ込んだり耳を掴んだり、遠慮もなくなり段々と収集がつかなくなっていったのだ。
最終的に、大人達にも尻尾を触られるようになり、もみくちゃになりながらも僕は乗り切ったのだが……。
「ここの人達、積極的すぎる……」
「でも、シンにとっては悪いことだけじゃなかったでしょ?」
「………………」
僕は温泉で、エルフは200歳を過ぎると体が老化が止まるということを知った。つまり、皆……そういうことである。
僕は無性にフルミネに謝りたくなった。
* * * *
夕食もコンフィムの家で再びご馳走になった僕は、借家に戻り、ベッドの上でゴロゴロ転がる。
ライトとコンフィムも、床に布団を敷いてゴロゴロ転がっていた。
「……ちょっと待って、何でいるの?」
「あれ、言ってなかったか? 俺達、今日はここに泊まるぞ。シンが嫌なら考えるけど」
「そこは"考える"なんだ。まあ、僕は構わないけど」
一人では"寝る"という選択肢しか無いため、暇を持て余す僕にとってはありがたかった。
「では……これから、シンに質問会を開始します!」
「「わー」」
唐突にコンフィムが宣言し、僕とライトはそれに棒読みで応じる。
彼女であるコンフィムに、ライトは意外にもドライな反応だった。
「二人とも、ノリが悪いよ?」
「俺は別に聞きたいことなんて無いからな」
「…………シンっ」
ライトにバッサリと切り捨てられたコンフィムは、すがるように僕を見る。
僕は他にやることも思いつかないので、それに応じた。
「聞きたいことって? 答えられる範囲でなら答えるけど」
「……えっと……うーんと……」
「無いんかい」
コンフィムも特に何も考えていなかったことが発覚した。
彼女が話題を捻り出そうとしばらく唸っていると、ライトが「そういえば」と何かを思い出したかのように口を開く。
「シンに一つだけ聞きたいんだけど、いいか?」
「どうぞっ」
「何でコンフィムが許可を出す……いいけどさ。それで?」
コンフィムに呆れながらも、ライトに訊ねる。
「明日出発するって聞いてたけど、そんなに急ぎの旅なのか? もう少しゆっくりしていけばいいじゃんか」
「あっ、ボクも思った」
「……そういえば、理由言ってなかったか」
ライトの疑問にコンフィムも便乗する。
……困った。これ、言っても大丈夫かな?
「言いづらいならいいけどよ」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。
「いや、大丈夫。言いづらい訳じゃないから」
最初はお互いの素性が全く分からなかったこともあり、フルミネの話は念のため伏せていた。
けれど、このホムストが安全な場所であるということが分かった今、そこまでして隠す意味もないだろう。
……それに、もし、フルミネがあの森から出た時、この二人なら彼女と友達になってくれるだろうという願いも込めて、このホムストに来た経緯を話した――。
「……そっか、フルちゃんの知り合いだったんだ」
「知り合いというか、恩人というか……って、フルミネのこと知ってるの?」
まさか、フルミネを知っているとは思いもしていなかった僕は驚いた。
「前にここに来たことあるんだよ。元気だった?」
「元気だよ」
「嘘だよね」
「……これは引っ掛かるのか」
コンフィムに断言されてしまう。
……別れる前日の夜のこと。そして、この半年の間も、時折、フルミネは僕に甘えるような行動を取ることもあったことも思い出す。
「正直、元気とは言えない……かな」
「シン、もう一つ聞いてもいいか?」
受け答えに困っていると、少し複雑そうな表情のライトが口を開く。
「その状態の、フルミネ……だっけか。そいつを置いてきたのか?」
「……そう、だな」
これは弁明できない。理由はどうあれ、そう解釈されてもおかしくない行動を取っているのは分かっていたから。
「ホムストから出てけ」
「ライトっ!!」
ライトの怒気を含んだような言葉。それに対して、コンフィムはライトを怒鳴った。
「何でそうなるの? 流石にボクも怒るよ?」
「もう怒ってるだろ……いや、言い方が違ったな。帰れ」
「……帰れって、どこに?」
「フルミネのところに決まってるだろ」
ステータスカードを直すことは、絶対にやらないといけないことではない。けれど、僕には王都がどんなところなのか確認をするという目的もある。
"フルミネを危ない場所に連れて行く訳にはいかない"――僕がそう言い返そうとする前に、ライトは話を続ける。
「シンはフルミネをどこまでの範囲で連れ出す気だよ。引きこもってるやつをいきなり王都まで連れていくのか? 無理に決まってんだろ、アホか」
「――!」
ライトの言葉に、ハッとする。
フルミネとあの森から出ることになったら、色々な場所を見て回りたいと考えていた。
しかし、それは最初から彼女に百パーセントを求めているのと同じだった。
「聞いた話だと、第一目標は"外の世界は安全か"だろ? ホムストはそれを満たしてる。だから、まずはここに連れて来いよ。俺達はいつでも歓迎する。そうだろ、フィム」
そう話をまとめたライトはコンフィムに問う。彼女は呆然とライトを見つめていた。
「……フィム?」
「ライトって、たまには良いこと言うよね」
「たまには余計だっ」
真顔で口から思わず漏らしたコンフィムの言葉に、ライトはすかさず突っ込みを入れる。
その突っ込みをスルーしたコンフィムは僕に向き直った。
「まあ、そういうことだから……シン、集落長の娘として、ボクも歓迎するよ。君とフルちゃんを」
「……だとよ。俺達はエルフだ。数年待つくらい余裕だぞ?」
二人は笑って歓迎する。僕と、今ここにはいない彼女を。
それは、温かくて優しい言葉。その言葉は、僕の胸に熱い気持ちを込み上げさせる。
「二人とも、ありがとう」
僕がお礼を言うと、二人は顔を見合わせる。
そして、コンフィムは笑顔で、ストライトは少し照れ臭そうにしながら言った。
「「どういたしまして」」