ホムストの普通
「はあ……」
僕は、ベッドに転がり呆けていた。
――ここは、集落長であるトトさんに借りた家の一室。
昼食をご馳走してもらった僕は暇を持て余していた。
本来の予定であれば、僕はすぐに出発して王都に向かっていた。しかし、このホムストから王都まではかなりの距離があるということが分かり、普通は"魔動車"と呼ばれるものに乗って行くということを聞く。
なので、明日、王都に向かう商人の魔動車に同乗させてもらうことになっているのだ。
さらに、今日は一泊するための家を提供してもらい、今夜の夕食までご馳走してもらうことになっている。
僕としては願ったり叶ったりの話だったが、あまりの好待遇に落ち着かず、何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。
しかし、この集落に来た人に対してはいつもこのような歓迎をしているようで、それを聞いた僕は渋々納得して受け入れた。
そして、今に至る。
「風呂にでも入ろうかな……」
そう思って、家の中を歩き回る。寝室を出て、リビング、ダイニング、キッチン、トイレ、洗面所――。
「……風呂は?」
風呂が無い。家の中を二周、三周するが、無いものは無い。
「シンー、いるかー?」
そんなことをしていると、外から自分を呼ぶライトの声が耳に入る。
お風呂のことを聞こうと外に出ると、そこにはタオルや桶を持ったライトとコンフィムが立っていた。
「温泉行こうぜ、温泉」
「温泉?」
「ホムスト自慢の温泉だよ。タオルとかはこっちで準備したから、一緒に行こうよ」
なるほど。風呂が無かったのは、温泉があるからか。
そういえば、トトさんに会いに行く途中に、木の柵で囲まれて湯気が立ち登っていた場所があった。
僕はその誘いに応じようとして、あることを思い出す。
「行きたい、けど……その前に、服とか売ってる所ってある? 今着てる一着しか持ってなくてさ」
「「えっ」」
* * * *
下着を先に購入し、服屋に到着。
その店には、ヒラヒラした白い服が並んでいる……というより、その一種類の服しかなかった。
男物と女物の違いと言えば、ズボンかスカートかの違いだけであり、何故かサイズだけは豊富である。驚くことに一センチ単位で。
「ホムストは皆この服だからね。品質とサイズは保証できるよ」
「民族衣装みたいな感じ?」
「そうそう、そんな感じ」
そんな話を聞きながら、一着に触れる。確かに肌触りは滑らかで、着心地は良さそうだった。
……が、一センチ単位で別のサイズも並んでいるため、どのサイズを選べばいいのか分からず、頭を悩ませる。
「このぐらいでいいかな?」
一六五センチの服を手に取ると、肩をぽんぽんと叩かれた。
振り返ると、一八〇、九〇センチは軽く越えていそうな長身の、細身の男性が立っていた。
「あ、店長さん、こんにちはー」
「こんちはー」
「…………こんにちは…………測る…………」
か細い声でそう言って、手招きしてくる。
「身長測ってくれるって」
「行ってこいよ。俺達は待ってるから」
「え、あ、うん」
二人に勧められ、僕は案内されるままについていく。
店の奥に案内されると、そこには三メートルもの長い定規が立て掛けてあった。
そして、シンは店長に手伝ってもらいながら身長を測った結果――。
「…………一六一センチ…………」
「もう一度、言ってくれますか」
「…………一六一センチ…………」
勢いよく膝から崩れ落ち、床に打ちつける。
「一センチも伸びてない……!?」
痛い。心と膝のダブルパンチが痛い。
「…………大丈夫…………」
軽くショックを受けていると、店長さんが僕の肩をぽんぽんと叩く。無表情で分かりずらいが、どうやら慰めてくれているらしい。
「…………多分…………」
慰めてくれてるんだよね?
* * * *
服を買った後、それに合わせて大きめのリュックも買いに行ったので、日はすっかり沈んでしまっていた。
それでも、魔道具の灯りが所々に灯っているホムストは明るい。
「着いたー!」
湯気が立ち昇る建物の前でコンフィムは叫ぶ。入口には男と女で分かれたのれんが掛かっている。
「銭湯……?」
「戦闘? 何の話してんだ?」
「……気にしないでいいから」
「……?」
ライトは首を傾げている。
僕はどうやって説明するべきか考えていると、その会話にコンフィムが割り込んできた。
「そんなことより、早く入ろうよー!」
「それもそうだな。行くぞ、シン」
「え、あ、うん」
「ライト、シンの案内よろしくねー」
「おう、また後でな」
コンフィムと別れ、"男"と書かれたのれんをくぐる。
すると、そこには広々とした脱衣場があった。
「あそこの棚に荷物を置いて、服を脱いで、この小さいタオルと桶を持っていくんだぞ」
ライトは説明しながら僕の分のタオル等を渡してくる。
……やっぱり銭湯だ。
今度は口に出すことなく、心の中に留める。
「早く行こうぜ」
「――早っ」
ライトは既に全ての服を脱ぎ去っていた。桶とタオルをかかえたその姿は、さながら銭湯の常連客のような佇まいである。
僕も急いでローブを脱ぎ、ライトは温泉に繋がる引き戸を開ける。
「…………え?」
――僕の視界には、信じがたい光景が広がっていた。
岸から反対側の岸まで、二十五メートルプールぐらいはありそうな大きな露天風呂。しかし、驚いたのはそこではない。
子供から大人(?)まで、皆仲良く温泉に浸かっている。一般的な銭湯の風景。
……男女仲良く浸かっているのを除けば。
「シン、早く体洗おうぜ」
「あ、はい」
ライトは慣れた様子で隠すことなく堂々と歩き、僕を洗い場まで案内する。
僕もライトに合わせて隠すことはしなかった。そこは大した問題ではなかったから。
……問題なのは、チラホラと視界に入ってしまう女性の裸体。僕は自分の邪心と戦いながら、体を洗う。
先程のストライトの聞き間違いもあながち間違いではなかった。これは銭湯ではない。戦闘だ。
――その後、なんとか体を洗い終えた僕は立ち上がる。
「さあっ、早くっ、浸かろうっ……」
「お、おう……やけにテンション高いな……」
しまった。平常心を保つことに必死すぎて逆に声が上ずってしまった。
落ち着け、こういう時は素数を数えるんだ。1、3、5、7、9…………違う。これ、奇数だ。
「入らないのか?」
「……入る」
脳内で一人漫才を繰り広げている内に、ライトは既に温泉に浸かり、呆れたような目で僕を見ていた。
僕は思考を放棄して、今は温泉を満喫することに決める。
――そして、僕が温泉に浸かろうとした時だった。
「やっと見つけた、ここにいたんだね」