守人の少女
「この先をまっすぐ進むとホムストというエルフの暮らす集落がある筈じゃ。そこで王都への道を聞けばよかろう」
ゲンブさんがそう言うと、結界に人が一人通れそうなぐらいの穴が開いた。
「分かりました。帰ってきた時はどうしたらいいですか?」
「帰ってきたらこの結界の周りを探しておくれ。わしがこの結界から離れることは少ないからの」
「はい」
僕は一歩を踏み出し――あ、そうだ。これは言っておかないと。
「今はできるだけフルミネの側にいてあげてくださいね?」
「分かっておるが……お主が一緒にいてやるというのはできないのか?」
「……それはきっと意味がないですから」
「……ふむ」
上手くは説明できない。けれど、今のままじゃきっと駄目なことは分かる。
ゲンブさんもそれを分かっているから、僕を強く止めたりしないのだろう。
「それに、さっさと行って帰ってくる予定ですから」
「……なら、さっさと行ってこい」
「はい。いってきます」
「うむ」
結界の外に足を踏み出す。
そして、僕の体が全て結界の外に出ると同時に穴が閉じる。
何歩か歩いたところで後ろを振り返る。ゲンブは既にこの場を去っていた。
それを確認して、前を向き直る。
「『特避』」
そして、ホムストに向かって走り出した――。
* * * *
走り始めて三十分ほど経った頃、猪の魔獣を発見した僕はあることに気づく。
「昼ご飯、弁当みたいにして持ってくればよかった……」
当然、肉を焼けるような魔道具は手持ちにない。
これからしばらく生肉の生活が始まることが分かり、僕はげんなりとしながらも昼食を確保するために死角から猪に接近する。
「『通常』」
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STR:15
DEF:12
INT:1
MEN:12
AGI:5
CON:5
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ギリギリまで近づいた後に[能力改変]を使って、跳ぶ。
そして、両手を握り、背骨目掛けてその拳を振り降ろした。俗に言う、アームハンマーと言うものである。
「ぶもっ!?」
猪の悲鳴と、木の枝が折れるような乾いた音が鳴る。
僕は追撃として、再び拳を振り上げて――振り降ろす。
「ぶもっ、ぶも、ぶっ、ぶ――」
それを猪が絶命するまで背中の上で繰り返した。
――この半年間で、僕は精神面が飛躍的(?)な成長を遂げていた。魔獣を殺すのに一切の躊躇いが無くなるぐらいには。
「ふぅ」
完全に焼くものも無いし、食べてしまおうか。
「魔獣を倒してくれてありがとう」
猪の背中から降りて、早速昼食を取ろうとした時、後ろから声をかけられて振り返る。
そこにいたのは弓矢を背負った少女だった。
長い金髪や全体的にひらひらとした機動性の高そうな服……そして、何よりも尖った耳が特徴の少女は、普通の人間ではないことが分かる。
「……何か用?」
少し警戒しながらも少女に問いかけた。それには理由がある。
少女から、気配というものを何も感じなかったのだ。それは、僕にとってあまりにも不気味すぎるものだった。
「そんなに警戒しないでよ。君、どこから来たの?」
僕は迷った。どこから来たと答えればいいか分からなかったからだ。
……正直に言ったら"森"という珍回答をする羽目になる。適当に嘘をつけばいっか。
「王都から来たけど少し道に迷っちゃって……」
「ごめん。ボク、[真偽判定]のスキルあるから嘘かどうかすぐ分かっちゃうんだ。だから、できれば正直に言ってほしいな」
ボクっ娘だ……じゃない。即行でバレたじゃん。というか、そんなスキルあるんかい。
こうなってしまっては仕方がないので、観念して正直に事実を伝えることにした。
「森に住んでた。今はホムストに向かってる。最終目的地は王都」
「……嘘はついてないみたいだね」
嘘は言っていない。フルミネやゲンブさんのことは万が一を考えて伏せておいただけで。
「でも、この周辺に他の集落なんてあったっけ?」
「――っ」
勘が鋭い。最悪、逃げることを念頭に置いておくか……?
「まあ、それはいっか」
けれど、あまり興味が無かったのか、すぐにその話題を切り上げてしまった。良かった……そこまでして隠すことでもないけど。
「じゃあ、あと一つだけ。君は……悪い人? 敵?」
そんな少女の質問に、僕は正直に答える。
「敵になるつもりはないけど、敵対とかするなら話は別」
「……なら、合格かな。歓迎するよ、旅人さん。ようこそホムストへ」
* * * *
――少女の名前はコンフィム・ホムスト。集落長の娘で守人をしているようだ。
守人というのは、魔獣の討伐を生業とする人のことを言う。
そして、倒した魔獣の素材を換金し、そのお金で生計を立てている……のだが、副業としてこれをやっている者も珍しくはないらしい。
そんな彼女……コンフィムと話しながら、ホムストに向かって歩みを進める。
「それにしても、シンって力持ちだよね……素材を全部持ち帰るとかなかなかできないよ……?」
「これもスキルのおかげだから」
現在、僕は猪を引きずって歩いている。
――先程倒した猪には、矢が数本刺さっていた。実は、この猪は元々、コンフィムの獲物だったらしい。
僕はそれに気づかず、横取りしてしまったということだ。
だから、僕は素材を譲ろうとした。けれど、彼女は「倒したのはシンだから」と受け取りを拒否。
その後、互いに一歩も譲らない譲り合いが始まり、最終的に換金後に山分けという結論に至った。
僕も魔獣の肉じゃないといけない理由も特に無い。普通のご飯が食べれるならその方が良い。
……生肉生活は始まらずに済みそうだ。
「そういえば、シンのスキルってどういうものなの?」
「……口で説明しづらいからこれ見て」
「あ、じゃあボクのも見ていいよ」
そうして、コンフィムとステータスカードを交換する。
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コンフィム・ホムスト 146歳 女 エルフ
魔力:E
魔法:
スキル:[潜影][真偽判定][気配遮断]
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[潜影]
影に潜ることができる。魔力を消費することで、半径十メートルの範囲内の別の影に移動可能。
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[真偽判定]
自動で相手の言動の真偽を判定する。
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[気配遮断]
任意で自分の気配を消すことができる。相手の視界に入っている場合は使用不可。
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――潜入調査で使えるスキルトップ3かな?
コンフィムのスキルを見て、そんな感想を浮かんだ。
年齢に関してはそんなに驚かなかった。僕は、既に人は見た目によらないと学んでいたから。きっと、エルフは長寿な種族なんだろう。
……そう、思い込むことにした。現実逃避ではない。
ボーッとしながらコンフィムのステータスカードを眺めていると、後ろから肩をつつかれる。
「シンが王都に向かってる理由って、もしかして、ステータスカードを直したいから?」
コンフィムは苦笑しながら、ステータスカードを僕に見せてくる。
……また、やってしまった。
「ごめん、壊れてたの忘れてた……」




