〔閑話〕魔力消耗とすれ違い
――季節はルプラ。【水帝】であるゲンブさんと和解した日の翌朝。
「言葉?」
「昨日、フルミネが魔法を使う時に言葉に出してたけど、あれって必要なのかなーって」
昨日、フルミネがゲンブに魔法乱射をしていたのを見学していた時、彼女が魔法を使う時に言葉に発していたのが気になっていたのだ。
ホワルは魔法はイメージが重要と言っていたので、言葉にする必要性があるとは思えなかった。
「できるよ。戦闘中とかはあまり現実的じゃないけどね」
「現実的じゃない?」
「……そっか。シンに魔法見せたのって昨日が初めてだったっけ。イメージだけで魔法を使う方法だと、普通に魔法を使うよりも時間がかかっちゃうの」
「何で?」
僕が首を傾げると、フルミネは補足するように説明を追加する。
「イメージだけだと、まず魔力をその形に集めるところから始めるの」
「……言葉にして発すると、その過程が無くなる?」
「うん。"自分はこんな魔法を使います"って宣言してるようなものだから」
「なるほど……あれ?」
フルミネの説明に納得したと同時に、新たな疑問が生まれる。
「そういえば、戦闘訓練で魔法使ってないよね?」
「だって、シンは魔法使えないし、不公平でしょ?」
「……なる、ほど」
最近、フルミネに両手の変型を使わせることができていたのだが、これでもかなり手加減されているという事実を突きつけられ、軽くショックを受けた。
「で、でも、シンは強くなってるよっ。私に変型使わせたしっ」
フルミネは気を遣ってくれているのか僕を励ましてくれるが、そんな気遣いは僕の心を抉っていく。
「まだまだ遠いか……」
「うぇっ!? ま、待って、えっと、その……そうだ! 頑張ってるご褒美に、一つ、何でもお願い聞いてあげるっ」
……ご褒美?
「あっ、私にできる範囲内で、だからね?」
すぐさまフルミネは訂正を入れたが、僕の答えは既に決まっていた。
「魔法、もっと見せて」
「……それだけ?」
「うん」
異世界に来て、初めて見たフルミネの魔法。化学的な概念を吹き飛ばす超常現象。
ゲンブさんには悪いけど、緑光を放つフルミネの[雷魔法]は綺麗だった。できることなら、もう一度見たい。
「なら、狩りの時に見せてあげる」
「やったっ」
僕は片手でガッツポーズをする。
そして、わくわくを胸に、朝食を食べ進めるのだった。
* * * *
▼ ▼ ▼ ▼
――夕刻。太陽は沈み始め、部屋の中が少しずつ暗くなっていく。
「はあ……」
私は一人、ベッドに横たわっていた。
足を動かすために魔力を込めようとしても、その魔道具に魔力が入ることはない。内蔵の魔道具がそれを阻み、吸収してしまう。
「ちょっと、調子に乗りすぎちゃったなぁ」
私はベッドに横たわったまま、今日の魔獣狩りを振り返る。
始めは、シンとの約束通り魔法を使って魔獣狩りをしていた。
でも、無駄に魔獣を狩りすぎる訳にもいかない。保存できる量にも限度はある。
そこで、私はシンにもっと魔法を見たいかどうかを問いかけた。
その問いかけに対してシンは「見たい」と即答。
それ以降木に向かって魔法を放つというただの魔法見学になってしまい、それは私が大量に魔力を消耗して地面に突っ伏すまで続いてしまった、という訳である。
……私は、そこまで魔力を消耗する前に、切り上げようとはしていた。
けれど、シンの新鮮な反応を見ていると、それが嬉しくて、楽しくて……どうしても自分から切り上げることができなかった。
「子供みたいにはしゃいで……私、馬鹿だなぁ……」
「フルミネ、起きてる?」
「あ、うん」
シンが皿にお肉を積み上げて外から戻ってきた。
机の上にお肉の乗った皿を置いて、ベッドの横にその机と小さめの椅子を持ってくる。
シンが椅子に腰をかけたタイミングで、私は口を開く。
「迷惑かけて、ごめんね」
「いや、こっちも気づかなかったから……無理させてごめん」
「「………………」」
お互いに謝ると、沈黙が流れた。
「……食べよっか。お腹空いたでしょ?」
「……うん。ありがと」
「体、起こせる?」
そのシンの言葉に対して、私は体に力を入れようと試みる。でも、体はピクリとも動かず、持ち上がったのは頭だけ。
「ちょっと、お願いしてもいい……?」
「分かった」
シンは私の体を起こそうと、まず、背中に片手を差し込む。
「んっ……」
その手が少しくすぐったくて、声を漏らしてしまう。
けれど、シンはそれを気にした様子もなく、一気に上半身を抱えるようにして持ち上げた。
「よい、しょっ……!」
ちょっとだけ、重そうに。
「ご、ごめんね。重いよね」
「大丈夫」
シンはそう言ったけど、多分嘘だ。
私の体の魔道具は全部で百キロを越えている。シンはスキルがあるから私を持ち上げられてるけど、スキルが無かったら絶対に持ち上げられてないと思う。
……少し悲しくなった。
「それより、食べよう?」
「……うん」
体重に関しては、私にもどうにもならない。だから、気にしていても仕方がない。切り換えよう。
「……あれ?」
私はここであることに気づく。
机の上に並べられているのは、山盛りの肉が乗った皿、空の皿、一組の箸――。
「……箸、足りなくない?」
「フルミネ、箸持てないでしょ?」
「あ、そっか」
私が箸を持てないから、シンは空の皿に一枚の肉を取ってほぐし、そのほぐした肉を箸で掴んで私の口に――。
「口開けて」
「…………」
口に?
「フルミネ?」
「――っ、う、うん。あー……」
私は我に帰って、言われるがまま口を開いた。
「あーん」
「あむ……ん……」
シンが運んでくれたお肉を咀嚼する。
……どうしてこうなってるのっ!?
シンを見ても、彼が特に恥ずかしがっている様子はない。それどころか、自分も食べ始めている。
――同じ箸で。
「ほふぁ!?」
「うわっ、ビックリした……」
声を出してしまった私は悪くないと思う。
「あ、もしかして、これ?」
そう言って、シンは箸を私に見せた。
私は声を発することができずに、それでも伝えようと必死で何回も頷く。
「分かった、分かったからちょっと待って……はい、あーん」
「――!?」
全然伝わってない!? なんで!? なんでそうなるの……!?
私は口を開くことなく、今度は首を横に振った。口を開いたらそのままお肉を突っ込まれかねなかったから。
「僕はそんなこと気にしないって」
「――――」
ちょっと、気持ち的な問題で色々と限界だった。
私は先程の一口で得た魔力を絞り出し、シンの顎に握りこぶしを向けて叫ぶ。
「『右腕:射出』っ!!」
「がっ!?」
顎に向けて放たれた私の右腕は、シンの意識を一撃で刈り取る。そして、撃ち出された右腕は動力を失って床に落ちた。
「デリカシー無さすぎるよ…………ひゃっ」
私も、ただでさえ少ない魔力を消耗させてしまったため、力が入らなくなってベッドに転がる。
――シンの意識は翌日まで戻ることはなく、その夜、私は羞恥やら空腹やらで、あまり眠れなかった。