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別れは突然に

「負けちゃった……」


 フルミネは仰向けに倒れたまま、今にも泣きそうな顔で呟く。


「そんなにへこまれると、素直に喜べないんだけど……」


 ――そう言った矢先、フルミネの右目から一筋の涙が顔を伝うように落ちた。


「……って、えっ!? ごめんっ! そこまでショックだとは思わなかったっ!」

「ううん、ごめんね。そうじゃないの。もう、シンはこの森を出ていっちゃうのかなって……」

「あっ」


 この森を出る最低合格ラインは、この森の全ての種類の魔獣を倒せるようになることと、戦闘訓練でフルミネに一勝でもすること。


 そして、今回で僕はそれらを全てクリアしたことになる。

 だから、当初の予定では、その後は王都に行ってステータスカードを直してもらうことだった。


「シンも、行っちゃうのかぁ……」


 別れを惜しむように泣き笑いを浮かべるフルミネ。


「まだ、分からない」


 ――気づくと、自然と口に出していた。


「……え? 分からないって……?」


 フルミネは驚いた様子で、体を起こして僕を見る。しかし、僕は答えることができなかった。

 自分でも、どうしてこんな言葉が出たのか分からなかったからだ。


 ……ただ、モヤモヤとした気持ちが胸の中に渦巻いていた。それは、耳に水が入ったようにスッキリしない、気持ち悪い感覚。


「少し、考えてもいい?」


 僕が頼むと、フルミネはゆっくり頷いた。




 * * * *




 その日の夜、僕はなかなか寝つけずにいた。

 フルミネは既に眠っている。しかし、いつもと違うこともある。


「……ししょお…………いっちゃ……やだよ……」


 それは、収まっていた筈のフルミネの寝言だった。

 この変化が戦闘訓練後の話が原因であることは、僕にも容易に想像がつく。


 王都に行ってステータスカードを直してくるのは、絶対にやらないといけないことじゃない。

 今の状態のフルミネを一人にさせたくない。寂しい思いをさせたくないし、泣き顔も見たくなかった。


 ――なら、ここに残るべきか。


 その結論に行き着いても、胸のモヤモヤは晴れない。


「これは、フルミネのためになるのか……?」


 自分に問いかけてみても答えなんて返ってこない。答えられないんだから当然だ。


 ……どうして、フルミネのことばかり考えてるんだろう


 これからどうするかなんて自分次第。フルミネは関係ない。

 それなのに、最初からフルミネの心配ばかりしている自分に違和感を覚えた。


「好きだから、とか……まさかね」


 冗談っぽく声に出してから、自らそれを否定する。


「……あれ?」


 そこで、僕は顔が熱くなってくるのを自覚した。

 ――その原因は何か。僕は、今、何と言ったのか。


「そっか」


 不思議なことに、その結論に違和感は覚えなかった。

 さらに、胸のモヤモヤも消えて、パズルのピースが当てはまった時のようにスッキリしてしまっている。


「好き、か」


 寝ているフルミネを見ると、僕の尻尾を強く抱き締めている。離さないと言わんばかりに。


「……このままじゃ、駄目だよな」


 そして、僕は覚悟を決めた。




 * * * *




「本当に急だね……」

「ごめん。色々とありがとう」


 結局、当初の予定通り、僕はこの森を出ることにした。


「でも、さっきの話って本当?」

「うん。ステータスカードを直して戻ってくるから。このローブを返しにね」


 僕は自分が着ているローブの襟元を軽く引っ張る。


 この世界に来た時に着ていた服は、血や塩水を大量に浴びたためか、既に着れなくなってしまっていた。だから、現在、僕はフルミネから服を借りている状態だ。

 でも、これは僕にとって都合が良かった。ここに戻ってくる口実ができたから。


「ローブなんて、いちいち返さなくても大丈夫なのに」

「ありがとう。それと、フルミネ……やっぱり何でもない」

「……言ってくれないの?」

「帰ってきたら言うよ」


 そして、僕には一つ、ある目標ができていた。それは、フルミネをこの森の外へ連れ出すこと。

 外が欲にまみれた酷い世界とかなら連れ出さないけど、それはこの旅次第だ。


 本当は、今この瞬間に告白しようとも考えていた僕だったが、それは卑怯な気がしたので止めた。

 告白をしてOKをもらえた前提の話になるが、フルミネは自分に依存してしまうのではないか。そんな考えが頭を離れなかったから。


 半年間、彼女を見てきて、僕にも分かっていることがある。それは、彼女の精神面が不安定なこと。

 僕がこの森を出るかもしれないと言ったその日の夜に、あの寝言が再発してしまうぐらいに。


 そんな彼女に告白するなど、できる筈もなかった。


 ――でも、単純に振られるのが怖いというのもある。

 今まで、告白が成功したらの話を考えていたが、振られたら話は別だ。

 もし、そんなことになってしまったら、多分帰ってこれる気がしない。そこまで強靭なメンタルなど持ち合わせていない。


 ……まあ、今はそのことはどうでもいい。

 頭を切り替えて、当面の目標を確認しよう。


 まずはステータスカードを直して、ここに帰ってくる。

 帰ってきたら、フルミネに外の世界の楽しいことを教えたりして外の世界に興味を持たせる。

 最終的には、彼女を外の世界に触れさせる。


 フルミネがこの森に留まり続ける理由を僕は知らない。

 寝言に出てくる"師匠"とやらの話も、フルミネに直接聞いたことはない。


 けれど、理由を知らなければ、きっとフルミネを外に連れ出すことはできない。そう考え、僕は決めた。


 ――ここに戻ってきた時に聞いてみよう、と。


 彼女の過去に土足で踏み込むことになるかもしれない。

 他人には話したくないことかもしれない。それでも、きっと、必要なことだと信じて。


「じゃあ、行ってきます」


 僕が手を振ると、フルミネは一言も言葉を発することなく手を振り返した。

 本当は"いってらっしゃい"の言葉が欲しかったけど、求めすぎるのもよくないか。


 僕はこれ以上フルミネに声をかけることはせず、背を向けて歩き始める。このままでは、僕自身の心も揺らいでしまいそうだったから。




 ▼ ▼ ▼ ▼




 シンの背中が見えなくなる。


 ――限界だった。


「……ぅぅ、ぅぁぁ、あ、ああ……」


 みっともない――そう思っても、涙が止まらない。

 たった半年間、一緒にいただけ。それだけの時間も、私にとってはかけがえのない時間。


 誰かと一緒に食べるご飯は美味しかった。

 誰かと一緒に体を動かすのは楽しかった。

 誰かと一緒に寝るのは気恥ずかしさがあったけど……とても温かかった。


 ――誰かに優しくされるのは、幸せだった。


 忘れていたものを、シンは思い出させてくれた。そんな彼が、突然私の元から離れてしまう。

 仕方のないことなのは分かっている。それがどうしようもなく悲しくて、寂しくて……"戻ってくる"という言葉を聞いて、不安も抱いてしまう。


 ――本当に戻ってきてくれるの?


 その言葉を疑うつもりはない。

 でも、同じような約束をして、戻ってこない人を私は知っている。


「……違うっ」


 私は自分の頬を叩いて、後ろ向きなな考えを振り払う。


「ちゃんと、信じなきゃ……――っ!」


 不意に突風が吹き荒れ、私の髪やローブを揺らした。


 この森でこんなに強い風が吹くなんて、滅多にないことだった。

 そして、それは私の不安を助長させていく。


「戻ってきて、くれるよね……?」

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