特別な日
――居候生活が始まって五十日が経った日の夜のこと。
「このカレンダーって魔道具なんだよね?」
カレンダーには「リベー/74カ」と表示されている。
この世界の一年は400日。四季が順番にルプラ、レツ、ロトン、リベーの100日(=100カ)ずつで分かれている。
しかし、四季と言っても雪が降ったり気温が高くなったりすることはない。そのような変化は場所によるもので、四季とは名前だけのようだ。
「そうだけど、どうしたの?」
「いや、冷蔵庫みたいに定期的に魔力込めたりしないのかなって」
冷蔵庫も魔道具だが、10カ毎に冷却機能が切れる。そのため定期的に魔力を補充しなければならないのだ。
……しかし、時計の魔道具は居候が始まってから一度も魔力を補充しているところを僕は見ていない。
そんな僕の疑問に対し、フルミネはぽつりと呟いた。
「そのカレンダーに魔力補充したこと、ないかも」
「え? じゃあ、ずっと動いてるってこと……?」
「そうなる、ね……」
僕達はカレンダーの魔道具を見るが、今日の日付が表示されているだけで変わったところも特にない。
「……きっと、そういう魔道具なんだよ」
「だ、だよね」
その変化のなさが逆に不気味で、僕達は早々に話を切り上げた。
「「…………」」
そして、沈黙。
――その沈黙すら落ち着かず、先に口を開いたのはフルミネだった。
「シンの誕生日っていつ?」
「誕生日? ……ああ……ちょっと待ってて」
僕の誕生日は6月11日だ。
まず、こちらの世界に合わせるために90~100日は無いものだと考える。
そして、31日のある月も全ては覚えていなかったので、これらもカットして計算すると……。
「こっちの世界だと、レツの71カになると思う」
「"こっちの世界だと"ってことは、カレンダーもシンの世界と違うの?」
「そうそう。僕の世界だと――」
フルミネに僕の世界の"暦"について簡単に説明した。
「シンの世界って一年が少ないんだ。でも、季節によって色々変わるって、何か楽しそう……」
「季節によって変化するかしないかは地域によるけどね。そういえば、フルミネの誕生日は?」
何気なく、軽い気持ちでフルミネに聞き返す。
しかし、返ってきたのはフルミネの困ったような笑みだけだった。
「……フルミネ?」
「シンには言ってなかったよね、私、捨て子なんだ。だから自分の誕生日が分からないの。ごめんね、聞くだけ聞いて答えられなくて」
「――っ」
そうだ。その寝言に出てくるのはいつも"師匠"であって、"お母さん"や"お父さん"ではない。
「このお話はおしまい。今日はもう寝よ?」
「……分かった」
その日の夜、僕はあまり眠ることができなかった。
* * * *
――リベー/85カ――
いつもと変わらない一日を過ごす。フルミネはそう思っているだろう。
最近の魔獣狩りはフルミネと別行動ということもあって、僕は森の中を全力で駆け回っていた。ある計画のために。
「見つけた」
思いっきり跳躍してそれの頭を踏みつけた上で、殴る。
その一撃で絶命してしまったそれの肉を持って、すぐに冷蔵庫のある家に戻る。
――僕が調理(焼き)担当になってから、冷蔵庫の管理も僕がするようになっていた。
フルミネが冷蔵庫を開くことは基本的に無いが、見られてしまったら全てが水の泡になってしまう計画。
そうならないためにも、僕は奔走した。彼女の笑顔のために。
* * * *
――その日の夕食。
「し、シン、これ、どうしたの……!?」
フルミネは目を見開いて驚く。テーブルの上に焼いた"蛇肉"が所狭しと並べられていたからだろう。
この蛇肉は、あの誕生日の話をした次の日から僕が森を探し回って、密かに冷蔵庫に貯めていたものである。
フルミネに夕食の準備中は目隠しをしてもらい、今、それを外したところだった。
「蛇肉がこんなにっ、何でっ!? いつの間にっ!?」
「フルミネさ、この前、誕生日が無いって言ってたでしょ?」
「え、いや、うん、言ったけどっ」
「だから今日、フルミネを祝おうかなって」
「……どうして?」
見事に予想通りの反応が返ってきたために、僕は笑いそうになるのをなんとか堪える。
「僕の世界だと、今日はクリスマスなんだ」
「……くりすます?」
フルミネはコテンと首を傾げた。
そして、その反応を見た僕はホッと息を吐いた。もし、この世界にそれが存在していたら、このサプライズも失敗していた可能性が高かったからだ。
「クリスマスの夜、毎日良い子にしていた子供のところには、サンタクロースがプレゼントをあげにやって来るんだ。まあ、サンタクロースはいないから、これは僕からのプレゼントだよ……って、どうした!?」
僕は焦った。
「……え…………あっ……ごめんっ」
――クリスマスについて説明しただけで、フルミネが泣き出してしまったから。
フルミネは自分が涙を流していることすら気づかなかったようで、ゴシゴシと涙を拭う。
しかし、止めどなく溢れるそれは、拭っても拭っても止まる気配がない。
もしかして、誕生日は触れちゃいけない話題だった……!?
「フルミネ、ごめんっ! 勝手にこんなことして、クリスマスは忘れて「違うの」……え?」
僕の言葉を遮るように、フルミネは否定する。
「良い子って、私……?」
そして、弱々しい声で問いかけてくる。自信がなさそうに、恐る恐る、といったように。
「うん、そうだよ。これは僕を助けてくれたお礼も兼ねてたりするから。年上なのに子供扱いになっちゃったのはごめ――っ!」
言葉を再び遮るように、今度は、フルミネが胸に飛び込んでくる。僕はあまりに突然の彼女の行動に咄嗟の反応もできず、床に尻餅をついてしまった。
「もう一回」
「……?」
「もう一回、良い子って……言って……」
フルミネは顔を埋めながら、良い子の催促をする。
「良い子、良い子……」
「……っ……」
僕はフルミネの要望に応えながら、彼女の頭を撫でる。彼女は顔を埋めたまま、肩を震わせている。
フルミネが真正面から、子供みたいにこんなに甘えてくるのは初めてのことだった。
* * * *
「落ち着いた?」
「……うん、ごめんね。ありがと」
あれから、どれぐらい時間が過ぎたのか分からない。フルミネの右目の周りは少し赤くなっているが、涙はすっかり止まっていた。
僕は焼いた蛇肉に手を近づける。まだ少し温かかった。これなら温め直さなくても大丈夫そうだ。
「じゃあ、クリスマス再開。フルミネは先に食べてて」
僕は自分の分の猪肉を焼いてこようと席を立ち――何かを引っ張られるような感覚に襲われる。
「フルミネ?」
振り向くと、フルミネが僕のローブの裾を引っ張っていた。
「一緒に食べないの?」
「それはフルミネのために集めた肉だから、僕は大丈夫」
「……一緒に食べよ?」
「いや、だからそれは僕からのプレゼントで「じゃあ半分返す」えぇ……?」
返されてしまった。返却ってありなのか。
「私は、一緒に食べたい、な……」
――フルミネにはにかむような顔でお願いをされ、僕に断るという選択肢はなかった。
「……食べようか」
「うんっ!」
僕が了承すると、フルミネは花が咲いたように眩しい笑顔を見せてくる。
「――っ」
見たかったものを見ることができた筈なのに、思わず顔ごとフルミネから背ける。そして、両手で口元を隠す。
――ヤバい。どうしよう、戻らない。
口元のにやけが治まらない。体温が上がってる。なにより、自分の鼓動がうるさい。
こんな顔を彼女に見せる訳にもいかず僕は頬をぐりぐりとほぐして元の顔に戻そうと試みる。
「……どうしたの? 食べないなら全部食べちゃうよ?」
「ちょっ、ちょっと待ってっ……!」
フルミネは冗談めかしたような言葉に少し安心する。もう先程のようなことにはならなさそうだ。
「――よしっ」
ようやく元の顔に戻すことに成功した僕は、席に座って口を開いた。
「なんでもない。じゃあ、僕も張り切って食べようかな!」
「わっ!? シン、食べるの早いって!」
「ふぁふぁいほほふぁひ(早い者勝ち)!」
「ぷっ、詰め込みすぎ。喉に詰まらせないようにね?」
誤魔化すように肉を口一杯に詰め込んだ僕は、フルミネにクスクスと笑われながら心配される。
……うん。詰め込みすぎた。顎が動かしづらい。正直、ちょっと反省してる。
しかし、吐き出す訳にもいかないので、頑張って飲み込もう……。
そして、フルミネも肉を口に運ぶ。
「……美味しい……」
この後も、特に何かが起こることもなく、僕達はささやかなクリスマスを過ごしたのだった――。