針鼠とハプニング
「「「「「ピギィィイイ!!」」」」」
針鼠達は、僕達に向かって無数の針を飛ばしてくる。
フルミネはその針を左腕の盾で全て捌き、右腕の針金を一匹に向かって伸ばした。
しかし、針鼠は自分の針を伸ばしてそのワイヤーを弾く……え。伸ばす?
「今、針飛ばしてたよな……!?」
「あの針鼠達も魔獣。針は魔力で再生力上げて生やしてるから、魔力が空になるまで生え続けるの」
「……それってどのくらい?」
「長くて半日……私も耐久勝負じゃ勝てな――っ!」
フルミネは再び飛んできた針に素早く反応し、それを全て盾で弾く。
「フルミネ! 僕は気にしなくていいから!」
僕は叫んだ。自分が足手まといであることは分かっていたから。それに、男が女の子に守られるのが嫌だった、というのもある。
「……ごめんっ、すぐ終わらせるからっ!『両足:剛脚』『左腕:魔銃』っ」
フルミネの足はバッタの足のように変型する。左腕は右腕と同じように砲身の形に変形するが、針金のようなものは出ていない。
フルミネから浮力が消え、足が水面に着こうとした瞬間――。
「『両足:魔力回路、瞬間集中』!」
大きな水飛沫が立ち上り、弾丸のように針鼠達に突っ込んだ。
そして、守ってくれていたフルミネが離れた途端に、僕にも無数の針が襲いかかる。
けれど、焦ることはない。こんなの、いつものことだ。
「『D極』」
能力改変を使い、半身に構える。
そして、向かってくる針の直撃は避け、幾本もの針をかすらせながらも受け流す。これぐらいなら大丈夫そうだ。
ローブはボロボロになるかもしれないけど、その時は謝ろう。そして、僕は陸に上がるために足を進ませた――。
▼ ▼ ▼ ▼
針鼠達との距離が縮まるにつれて、襲いかかる針の量も増えていく。
「やぁっ!」
その針を、右腕から射出したワイヤーで薙ぎ払う。しかし、全てを迎撃することはできず、打ち漏らした針が私に襲いかかってくる。
「『魔装』っ」
[魔力操作]を使い、魔力で体の外側をコーティングするように身に纏う。
そして、身を屈めることで被弾率を下げようと試みた。
「っ……!」
数本の針に突き刺さるように体を捉えるが、それらは全て『魔装』によって弾かれる。
しかし、『魔装』はパリッと音を立てて解除されてしまった。
右腕の魔道具を横目で見る。
でも、これは駄目。できれば、シンの前では使いたくない。だから、これはどうにもならなかった最後の手段。
すぐに右腕から目を逸らし、針鼠達の針から逃げるように上に跳ぶ。
「ピギィ!」
針鼠の一匹が私を追うように跳び、体を丸めて突撃してくる。
――かかった。
空中で身を翻して、私は迫ってくる針鼠に向けて左腕の砲身を突きつけた。
「『魔弾:貫』」
砲身から放たれる、細長い白い弾丸。私の魔道具と[魔力操作]が作り出すことを可能にした、変形した魔力の塊。
「ピギッ!?」
その弾丸は金属質な針をいとも容易く砕き、そのまま針鼠の体を貫通する。
体を貫かれた針鼠は当たりどころが悪かったのか、その部分から大量の血を吹き出して絶命した。
「……ごめん。使わせて」
私はその絶命した針鼠に謝り、右腕のワイヤーを伸ばす。そして、針鼠の体にワイヤーを巻きつけ、重力に従って一緒に地面に落下していく。
「「「「ピギィィイイ!!」」」」
この針鼠の魔獣は、仲間意識のようなものが残っている。
仲間が殺されたことに怒ったのか、針鼠達は私に向かって集中的に針を飛ばしてきた。
「『魔弾:散』」
左腕から、無数の弾丸が拡散するように飛ぶ魔力を放つ。その弾丸は、飛ばされてきた全ての針を相殺した。
「ごめんっ……」
「ピギィッ!?」
四匹を今の状況で相手にするには、手数が足りない。
だから私は右腕を振りかぶり、ワイヤーで巻きつけた死骸を別の針鼠にぶつけて吹っ飛ばした。
「「「ピギィィイイ!」」」
着地した矢先、三匹の針鼠は私を取り囲んだ上で針を伸ばしてくる。
「『右腕:剣』」
死骸を手放し、今度は右腕を両刃の剣に変型させる。
そして、取り囲む針鼠の一匹に向かって左腕を突きつけながら、別の一匹に向かって突撃する。
「『魔弾:貫×連』!」
「ピギッ、ギィッ!?」
伸ばされる針を右腕の剣で切り砕いて突き進みながら、先程、一匹の針鼠を一撃で絶命させた弾丸を連射する。
当然、針鼠は防ぐこともできずに体を穴だらけにして絶命した。
しかし、前とは別に、もう一方の方向から私に襲いかかる針。
「『右足:魔力回路、瞬間集中』」
その針から逃れるために、迫る針以上のスピードで目の前の針鼠に突っ込む。
「『魔弾:散×貫』!」
ゼロ距離で、散らばるように放たれた弾丸が、針鼠の体を粉々にするように貫いた。
「あと二匹……――っ!?」
そこで、私にとって予想外のことが起きた。
死骸をぶつけて吹き飛ばした針鼠が、シンを威嚇するように、シンの目の前に立ち塞がっていたのだ。
「シンっ!」
急いでシンの元に向かおうとする私の行く手を阻むように、もう一匹の針鼠が立ち塞がる。
「邪魔! 『魔弾:散×貫×連』!」
「ギギギギィ!?」
私は躊躇することなく放った。放射状に、広範囲に飛ぶ明確な殺意の塊を。
私に立ち塞がっていた針鼠は一瞬で針を砕かれ、体を貫かれ、針鼠だったものに変質し、全身から血を吹き出して絶命する。
そして、そのまま、針鼠を貫いた弾丸は――。
「え?」「ピギッ?」
「あっ」
射線上の僕ともう一匹の針鼠を容赦なく襲った。
そんな貫通力のある弾を射線を考えずに連射したのだから、当然と言えば当然の結果だった。
「『通常』っ」
シンは多分、スキルを使ったんだと思う。そして、必要最小限の動きで私の『魔弾』を避けていく。
「――――」
針鼠は声すら出すことも許されず、そのまま流れ弾の餌食になる。その最期は、私のせいではあるのだけど、とても惨たらしいものだった。
――それから数秒間に渡る『魔弾』の嵐は止むと、私は思わず口から言葉を漏らさざるを得なかった。
「凄い……」
シンは、私の『魔弾』を全て避けてしまったのだ。一発も当たることなく。
焦ってて加減なんてしなかったから、そこそこの密度の弾幕だったのにも関わらず。
しかし、シンの体は不意にゆらゆらと揺れて――後ろから倒れた。
「シンっ!?」
もしかして、本当はどこかに当たってた!?
私は急いで駆け寄る。私のせいで怪我をさせてしまった。しかも、倒れてしまうほどの怪我を。
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 謝って許されることじゃないのは分かるけどっ、ごめんなさいっ!」
「……フルミネ、落ち着いて。大丈夫、少し疲れただけ。髪の毛掠めたけど、なんとか生きてるから」
「え? あっ……」
シンのローブは所々が破けてはいても、血が流れているような箇所は見当たらない。良かった、当たってなかったんだ……。
「でも、ごめんね。シンが避けてくれたからよかったけど」
「眼前に弾が飛んできた時は、流石に死んだかと思った」
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
「わざとじゃないのは分かってるからもういいって。それより、どうする?」
私は自分のローブを見下ろす。そして、少しベタついたような嫌な感覚を自覚した。
「もう一回、入り直そっか……」
「……だよね」
沐浴中に起こった不意の戦闘だったため、私は汗をかいてしまっていた。シンも額に少し汗をかいている。
「シン、はい……あ、そうだ」
私はシンに手を差し伸べて、変型を解いていなかったことに気づく。
――そして、その変型を解こうとした時、それは起きた。
「『四肢:解除』」
ビリっ。
「えっ」
「えっ、あっ、やっ……!?」
何かが破れるような音。
私のローブは、針鼠との戦闘で数ヵ所切れていた。その切り跡から飛び出ていた糸のほつれが、足の魔道具に引っ掛かっていたらしい。
そして、そのまま変型を解除したために、その糸が引っ張られてローブの前が裂けるように破れていく。
裸なんて既に見られてる。でも、恥ずかしいものは恥ずかしい。私が慌てて両手で大事なところを隠そうとした時――。
「……今日は頼んだ」
そう言い残して、シンは自らの後頭部を思いっきり地面に打ちつける。
「シン!?」
私は突然のシンの奇行に驚き、呼びかける。しかし、反応は何も返ってこない。
――シンは、白目を剥いて完全に気を失っていた。
「え、え、えぇぇ……?」
一人残された私は、行き場のない羞恥心に困惑するしかなかった。
そして、このままシンを放置する訳にもいかず、ローブもボロボロになってしまったので、仕方なくシンを背負って帰途についた。
この帰り道のお話、希望があればいつかサイドストーリーで書くかもしれない。




