速ければ良いというものではない
師匠と過ごす日々。
師匠が新しい魔道具の開発に私を無理矢理付き合わせて、失敗ばっかりだったけど、そんな日々が楽しかった。
――でも、楽しい時間には必ず終わりが来る。
「フルミネ、あたしはたくさんの人を守るために戻らなきゃいけない。フルミネはどうしたい?」
「……怖い、戻りたくないよぉ」
私がそう言うと、師匠は優しく頭を撫でてきた。
「分かった。じゃあフルミネ、お留守番できるか?」
「お留守番?」
「悪い魔人を全部倒してくる。だから、いつ帰ってこれるかは分からない。でも、あたしは絶対にここに帰ってくる。それまで、ここで待っててほしいんだ」
「師匠は行っちゃうの?」
「……ああ、ごめんな」
「嫌だ! 師匠もいて! いなくならないで!」
泣きながら私はそんなことを言った。こんなの我が儘だって分かってる。師匠と離れたくない、それだけだった。
……けれど、戻るのはもっと嫌だ。だから、私に選択肢なんて最初から無かった。
「ごめんな……本当に、ごめんなぁ……」
師匠が何度も謝りながら、私を抱きしめる。私も師匠に抱きつく。そうして、私は大声で泣き続けた――。
* * * *
スッと自然と瞼が持ち上がり、もう見慣れてしまった天井が視界に入る。
……最近は見てなかったのに。
あれは、私の過去の夢だ。私が師匠を最後に見た、五年前の夢。
まだ起きる気にもなれず、顔を埋める。そして、擦り付ける。
久々に感じたぬくもり。
「おはよう」
――その声に、私は固まった。
ちょっと待って。私、今、何に顔埋めてたの? 何に擦り付けてたの?
ゆっくりと見上げる。
「フルミネ?」
目の前にはシンの顔。
ようやく、私は自分が抱きついているものを確認する。
「――ひゃあ!?」
「ぐふっ!?」
そして、思いっきりシンを突き飛ばした。
うん、ごめんなさい。耐性無くて、本当にごめんなさい。
* * * *
▼ ▼ ▼ ▼
その後、少しごたごたとしながらも、朝食をとって魔獣狩りに出発。今日は蛇の魔獣に遭遇した。
フルミネ曰く、猪の魔獣より強いが美味しいらしい。
彼女が笑顔で魔獣を仕留める姿に、僕は少しばかり戦慄した。
昼食の時にその蛇の魔物を食べた。鰻の蒲焼きのような味だった。
この世界に来て初めての美味しい食事だったので少し涙が出そうになった。
「美味しいぃぃぃぃぃ……」
そして、フルミネは泣いていた。この魔物は滅多に出てこないとか。それを聞くと少し残念だ。
昼食後、時間を置いて昨日と同じように戦闘訓練を行う。
今日は開始直後に[能力改変]、その後ひたすら回避、隙を探して反撃、この三つを目標にしてみよう。
* * * *
「だ、大丈夫?」
フルミネが僕の顔を覗き込んでくる。そして、水で湿らせた布を額に乗せてくれた。
――僕は現在ベッドの上に横になっている。その理由は戦闘訓練である。
僕は昨日の反省を生かし、開始直後の[能力改変]も成功したのだ。
しかし、問題はその後だった。フルミネの攻撃を横に避けようとしたら、速さの制御ができずに木に激突――そのまま気絶した。
……そう。大変恥ずかしいことに、自爆したのである。
「フルミネ、もう一回お願いできる?」
夕食の時間まで、まだまだ時間が空いている。今後もこんなことにならないために、もっとスキルを使いこなせるようになりたい。
「今日はもう終わりでいいよ?」
「今度は気絶しないようにするから、お願いっ」
「……うん、分かった。でも、ちょっと干してる服乾いてくるか見てくるから、先に外で待ってるね。ゆっくりでいいから」
「分かった」
そう言って、フルミネは外に出ていく。それを見送った僕もゆっくり立ち上がり、外に出ようと歩く。
「――ごはっ!?」
そして、閉まっていたドアに激突した。[能力改変]が『A極』のままだったことを忘れていた。
でも、今度は気絶はしない。僕は成長するのだ。こんな激痛、のたうちまわる程度で済ましてやる。
その決意通り、ゴロゴロと床でのたうちまわる。痛いものは痛い。全身が超痛い。
そして、ギイっと音を立てながらドアが開く。
「シンっ、凄い音したけど大丈夫……って、どうしたの!?」
僕はそっと、自分の顔を両手で隠した。
* * * *
その後、どうにか復帰して戦闘訓練を行ったのだが、自分のスキルに振り回されっぱなしだった。
そのせいで、体はすり傷や切り傷だらけになってしまっていた。
こればっかりは人狼の再生力を信じよう。あるかは分からないけど、信じよう。
そんなことを考える僕の目の前に広がっている、幻想的な景色。
――今、僕達は湖に沐浴に来ていた。
「相変わらず、綺麗な所だな……」
「ちゃんとそう言えば、私も勘違いしなかったのに……」
「ん? 何か言った?」
「う、ううん。何でもないっ」
勘違いって何の話だろうとか思ったりはしたが、言及はしなかった。それにしても……。
「傷が沁みる……」
「震えるほど痛いなら無理しなくてもいいよ?」
「んー……いや、大丈夫」
フルミネは心配してくれたが、僕はまだまだ浸かっているつもりだった。まだ入り初めて五分も経っていないし、体も温まっていない。
「シンはもう少し浸かってるよね。私は少し涼んでるから」
「ああ、うん」
フルミネは湖から出てローブの裾を雑巾のように絞る。ローブは彼女の肌にぴったりと張り付いていた。
僕は彼女から目を逸らす。見ていたい願望はあったが、僕にそんな図太さはない。
「――っ!『両足:ホバー』『左腕:盾』『右腕:ワイヤー』!」
――刹那、そんな声と共に耳に入る金属音。
振り向くとそこには、僕を守るように水面ギリギリを浮いているフルミネ。
両足は、UFOのような円盤状。
左腕は、大きな盾。
右腕は、例えるなら大砲の砲身。しかし、その砲身からは針金のようなものが飛び出していた。
「シンっ、魔獣! しかも、よりにもよって……!」
フルミネの焦り混じりの声にただ事ではないことが分かり、僕も彼女の視線の先を見る。
そこにいたのは、猪と同じぐらいの大きさの全身が金属質な針鼠。それが五匹も、こちらを睨み付けていたのだった――。