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正直者

「うぅ……んぁ……」


 窓から日が射し込み、私はその光の眩しさで目を覚ました。

 体を起こしてからしばらくボーッとしていると、体がスースーすることに気づく。


 襟元を引っ張ってローブの中を覗くと、私は下に何も身に付けていなかった。

 そして、昨日の記憶を辿ろうとして、部屋を見回したところで――。


「あっ」


 魔道具の散乱した床の上で、シンが仰向けになって寝ていた。それを見た私は、そこでようやく彼が泊まることになったことを思い出す。


 ……けれど、何でシンが床の上で寝てるんだろう。

 昨日、私はシンをベッドで寝かせて自分は床で寝ようと考えていたのに、今は真逆の状況になっている。

 とりあえず、風邪をひかないようにシンの体の上に布団をかける。


 そして、昨夜、自分が寝るまでの記憶を声に出して辿っていく。


「ご飯食べて、水浴びをしに湖に行って……そうだ、のぼせちゃったんだ」


 それで、おぶられて帰ってきたんだ。私の体、魔道具だから重かっただろうに……シン、ごめん。


「……あれ?」


 私はそこで違和感に気づく。今、私が着用しているローブには水滴一つ残っていないのだ。

 残っているのは精々湿り気ぐらいだが、それは私の寝汗であって湖のものではない。

 自分が寝ていたベッドも見てみても、そこにもやはり水で濡れたような痕跡は無かった。


 ――私は()()()()を確かめるために急いで外に出る。


「増えてる」


 竿に掛かっているローブの数が二着増えていた。

 片方はシンが着ていたもので、もう片方は自分が着ていたものということは、サイズを見れば分かる。


「ってことは……〜〜っ!?」


 顔が熱くなる。恥ずかしくて、頭がどうにかなりそうだった。

 それでも、私はどうにか冷静になろうと頭の中を整理する。


 私の体に何かされた形跡は無い。だから、多分、シンが着替えさせてくれたのは私が風邪を引かないようにするためで、善意。

 ……そもそも、私の貧相な体で欲情なんてする筈ない。


「すぅ、はぁ……」


 一旦、胸に手を当てて深呼吸をする。


 ……そうだよ。こんな変な体で、しかもこんな体型の私が性的な目で見られることなんてある訳ない。

 そう、見られてない。だから、何も恥ずかしがることなんてない。


「――見られてっ、ない訳っ、ないじゃんっ!?」


 思わず叫んでしまい、落ち着きを取り戻しつつあった私の心拍数ははね上がる。

 どんなに動機や過程を考えた(ねじ曲げた)としても、結論が変わらないのは当たり前なのだ。


 そして、私はその場で振り返る。


「……すー…………すー……」

「…………はぁ……」


 気持ち良さそうに、規則正しい寝息を立てているシンの寝顔。ちょっと可愛い……なんて思ってしまった。


 とりあえず、シンが起きる前にやらなきゃいけないことはやっておこう。


「朝ごはんと水、取ってこなきゃ……」




 * * * *


 ▼ ▼ ▼ ▼




 パチッと目が覚め、起き上がる。そして、僕は頭を抱えた。


 その原因は昨夜の出来事の記憶。脳裏に焼き付いてしまったフルミネの体。

 一晩寝れば忘れるだろうという僕の考えは浅はかだった。顔、合わせられるかな……。


 たとえ手足が義手義足で子供のような体型だとしても、体を拭くために必要だったことだとしても、フルミネは自分より年上。それだけで、僕が頭を悩ませる理由としては十分だった。

 これで小、中学生までぐらい年齢なら、僕も彼女をそんな目で見ることはなかった。


 ……とにかく、今はフルミネに謝らなきゃいけない。


 そう考えた僕は立ち上がり、ゆっくりと足を踏み出して外に出た――。


「……(ザクッ)……(ブシュッ)……(ザクッ)……(ブシャー)」


 そこには、切り刻まれて無惨な肉塊となった猪の魔獣と、返り血を浴びて灰色のローブを真っ赤に染めたフルミネ。

 彼女の両腕は、刃物のような鋭利な形状へと変型していた。

 変型はカッコいいと思ったけど、返り血のせいで今は滅茶苦茶怖い。殺られるのかな、僕。


 そっと心の中で自分の冥福を祈りながら、覚悟を決めて(半ば諦めて)声をかけることにする。


「おはよう」


 フルミネはピタリと肉塊を切り刻むのを止めて振り返った。


「『両腕:解除』……お、おはよ……」


 フルミネの腕が元に戻しつつ挨拶を返してくれたが、その挨拶はぎこちない。そんな彼女に、僕は早速本題を切り出した。


「ごめん」

「……!? な、なな、何の話っ……?」

「昨日、フルミネの体……見た。びしょ濡れのまま寝かせる訳にもいかなかったから……けど、それでも、ごめん」


 僕は頭を下げる。

 ……当然、この体勢ではフルミネがどんな表情をしているのか見える筈もない。だから、正直不安しかない。


 怒っているのかもしれない。泣いてしまうかもしれない。

 殴られるかもしれないし、それだけでは済まないかもしれない。

 昨日、フルミネは泊めてくれると言っていたが、追い出されるかもしれない。


 あらゆる可能性を覚悟して、フルミネが口を開くのを待つ。


「別にいいよ」


 しかし、返ってきたのは至極あっさりとした言葉だった。


「信じるから、この話はこれでおしまい」

「……い、いい、の……?」


 声が震えてしまう。まさか、何も言われずに許されるなんて思ってもいなかったから。


「そんな理由だろうなって、分かってたから。元はと言えば私がのぼせちゃったのが悪いんだもん。だから、知らない振りしてあげようと思ってたのに……自分から言ってくるなんて、思いもしなかったよ?」

「……ごめん」

「でも、正直に言ってくれて嬉しかった。シンのこと、信じられそうで良かった」


 ――()()()()()()

 その言葉が一体何を表すのか、僕には分からない。

 けれど、その言葉は胸の奥にじんわりと入り込み――チクチクと、針でつつかれたような気分になった。


「……? シン?」

「あ、ごめん……ありがとう。じゃあ、朝ごはんは焼いておくから、フルミネは……その血、洗い落とした方がいいんじゃない? 落ちるか分からないけど」

「う゛っ……じゃあ、お言葉に甘えて、そうさせてもらうね……」


 そう言って、フルミネはそそくさと家の裏手――昨夜使った放水魔道具のある場所に向かい、僕はその小さな背中を見送る。


 そして、誰にも聞こえないぐらいの声量で、そっと呟いた。


「信じられそう、か……」

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