長湯に注意
~フルミネの説明time〈part2〉~
この世界は、大きく分けても人間、獣人、魚人、エルフやドワーフ等の様々な種族がいる。これらを一括りに"人"と言う。
――人の敵対種族、魔人。
魔人は魔物を使役して人の街を襲ってくるらしい。魔物というのは魔獣とは違って、自然発生はせず姿も魔獣のような動物ではない。
人間と違う点を挙げるとすると、肌が黒く頭に白い角を二本生やしていること。そして、戦闘能力も魔力も高いことだ。
魔人は"三獄"の三人と【魔王】の四人しかいないとされている。人の街を襲うのは基本的に三獄で、【魔王】を実際に見た者はいないため存在すら疑われているが、その強さは三獄を上回るとも言われている。
その四人とも、"神器"と呼ばれるものを所持している。
神器というのは、普段は指輪やネックレス等のアクセサリーの形をしている強力な力を持った武器である。
神器は『神器解放』と宣言することで武器に形を変える。『神器解放』には多くの魔力が必要で、それ以前に適性を持っていなければ神器が武器に形を変えることはない。
人側には神器が七つある。その神器を持つ選ばれし六人を総称で"七聖"と呼ぶ。現在は王都に三人、ガロウナムスという魔人の襲撃率が高い街に二人、残りの一人は不明である。
――そして、"四帝"。
四帝は人ではない、どちらかと言えば魔獣に近しい姿である。人の味方でも魔人の味方でもない。
だが、その強さは三獄や七聖に匹敵すると言われている。その四帝の中の一体がこの森を守る【水帝】である。
お金に関しては次のようになる。
銅貨十枚→小銀貨一枚
小銀貨十枚→ 銀貨一枚
銀貨十枚→小金貨一枚
小金貨十枚→ 金貨一枚
金貨十枚→白金貨一枚
「大体こんな感じかな」
夕食後、フルミネはこの世界のことを僕に説明してくれた。
「【水帝】が話し相手って、フルミネって結構凄い人だったり?」
「あはは……話す人がいなかっただけだよ。この森を荒らしたりしなければ追い出されることも無いし」
そう言って、フルミネは僕から目を逸らす。
何か後ろめたい事情でもあるのだろうか。気にはなったが、深くは踏み込まずに別の話に切り替えることにした。
「フルミネ、この後って何かすることある?」
「…………ああっ!?」
突然、フルミネは何かを思い出したように声をあげる。
「も、もしかして、大事な用事とかあった……?」
「………………」
フルミネは無言で首を横に振る。彼女の頬は、何故かほんのり赤みを帯びていた。
これは聞いてもいい内容なのか、僕には判断がつかない。
しかし、聞かない限り話が進みそうにないので、もう一度フルミネに訊ねてみることにする。
「えっと……じゃあ、どうしたの?」
「………………」
それでも、フルミネは何も答えない。なので、僕は彼女の次の言葉を待つことにした。
――そして、ようやくフルミネは口を開く。
「この家……お風呂、無いの。だから、いつも湖に行って沐浴してるんだけど……」
「うん、それで?」
「だ、だからっ…………どうしようって……」
もごもごと喋るフルミネの言葉を聞き取ることはできたが、言葉の意味を理解することはできなかった。
「シンを一人で行かせる訳にはいかないし……」
その言葉で、やっと理解が追いつく。
……確かに、それは由々しき事態だ。まとめると、こうなる。
・湖に行くということは、魔獣のいる森に入ることになる。
・道中や湖の沐浴中は襲われる危険がある。
・僕が一人で行くのは危険。
・しかし、二人で行くとなると"一緒に入る"ということになる。
昼間に出会ったあの巨大亀が脳裏によぎる。あの時は事故が重なってフルミネが助けてくれたからたまたま逃げられた。
でも、次に会ったら今度こそ殺される。
僕が一人で行くとなるとその危険性が確実に存在することになる。
フルミネがどのくらい強いのかは分からないが、少なくとも猪の魔獣に遅れを取らないほど強いのは確かだ。
女の子に頼るのは僕としてもできればしたくない。けれど、自分だけではどうにもならないのも事実だった。
……それでも、一緒に行くのは倫理的に駄目な気がする。
「僕はいいや。フルミネだけで行ってきて」
「それは私がちょっと嫌かな……不衛生だし」
「うぐっ」
提案を即座に却下された上、"不衛生"という言葉が心に突き刺さる。
「……あ、そうだっ」
けれど、フルミネは何かを思いついたように声を出すと――。
「やっぱり、大丈夫かも! 一緒に行こ!」
――僕を沐浴に誘ったのだった。
* * * *
「はふぅ……あったかい……」
フルミネの顔は緩みきっている。
その湖は温泉みたいに温かく、水位も膝辺りまでしかないため溺れる心配も無い。
現在、僕はフルミネと一緒に湖のお湯に浸かっている。
――ただし、ローブは着たままで。これならお互いに恥ずかしいこともなく何も気にせずにくつろげる、ということだった。
お湯に浸かりながら、フルミネに話しかけた。
「それにしても、綺麗だね」
「うぇっ!?」
「……ごめん、いきなり話しかけて」
驚かせてしまったようで、少し申し訳なくなる。ゆっくりくつろいでいたのにごめん。
……でも、この湖、本当に綺麗なのだ。
この湖のお湯は透き通っていて、そのお湯に月の光が反射している。それはまるで夜空の星のように、キラキラと輝いていた。
一言で言うなれば、幻想的な景色――。
「き、きき、綺麗なんて……そんなこと、ないよ……」
「そんなに照れなくてもいいと思う」
「ぅぅぅ……」
フルミネの顔が茹で蛸みたいに真っ赤に染まる。そこまで恥ずかしがることだろうか。
……それにしても、フルミネも綺麗な髪だ。多分、地毛なのだろう。月の光が反射してキラキラしている。気恥ずかしいから口には出せないけど。
――僕は今考えていたことを振り払った。ずっと考えていたら、フルミネと目を合わせることもできなくなりそうだったから。
その分、この湖のことを褒めることにしよう。
「こんな綺麗な場所に毎日通えるなんて羨ましいな」
「…………え?」
……何だろう、この反応。会話が噛み合ってないような、変な感覚。
「どうし「なんでもないからっ!」あ、はい、ごめんなさい」
フルミネは体ごと顔を背けてしまった。
そして、強い口調で言葉を遮られた僕は、何を話していいか分からず黙り込むしかなかった。
* * * *
――そして、お互いが黙り込んでから五分ほど経った頃。
「そろそろ帰る……?」
フルミネは背を向けたまま訊ねてきた。そろそろ体も温まったし、調度良い時間だ。
「そうだね。あと、さっきはごめん。何か気に触ったこと言っちゃったみたいで」
「し、シンが謝らないで。怒ってた訳じゃないから……」
「そうなの? よかった……」
「……じゃあ、かえろっか」
僕は安心してホッと一息吐き、フルミネは湖から出るために立ち上がる――。
「ぅあっ……」
「フルミネ!?」
彼女は急にバランスを崩して倒れかけ、僕はそれを咄嗟に支える――ちょっと待って重い。
それでもなんとかフルミネの体を支えた僕は彼女を見る。顔は赤く火照り、息は荒い。
僕はこの状態に見覚えがあった。
「もしかして、のぼせた?」
「いつも……ながゆ、しないから……」
"長湯"と言っても、お風呂に浸かって十分も経っていない気がする。
どうやら、フルミネはいつもはもっと短い時間しか浸かっていないようだ。
「歩ける?」
「たぶん、だいじょうぶ……」
フルミネはそう言うが、完全に僕に体を預けている。目も開いておらず、このまま歩かせることはできないのは一目瞭然だった。
……失礼なのは重々承知しているが、『S三倍』にしたままなのに重みを感じる。魔道具ってこんなに重いのか。
「よいしょっ……とっ」
僕は帰るために、フルミネをおぶって歩き始めるが……。
背中に、微かな柔らかい感触。
フルミネは下着を外してから来ている。だから、ローブ――薄い布切れ一枚しか間を遮っていない……考えるな。そうだ、こういう時は素数を数えよう……1、3、5、7、11、13……違う、これは奇数だ。
「ぅぅ、ん……」
「――っ!?」
煩悩を振り払おうと必死な僕に、追い打ちをかけるようにフルミネのしがみつく力が強くなる。
そして、それに比例するように背中の感触も強くなる。
――その後、僕は理性と戦いながら帰途についた。
その帰り道に魔獣は出なかった、とだけ言っておくことにする。
日本円に直すと
銅貨 = 十円
小銀貨 = 百円
銀貨 = 千円
小金貨 = 一万円
金貨 = 十万円
白金貨 = 百万円
ぐらいの感覚でお願いします。