バーニング生肉
「うひゃあっ!? シンっ! どうしようっ、燃えてる!」
日もすっかり沈み、夕食作りを開始した僕達だったが、フルミネの手にはバーニング生肉が握られている。
「直接火に肉を突っ込むな! 鉄板とか無いの!? あと水っ!」
「鉄板は多分家の中に落ちてると思う! 水はそっち!」
「いや、その水で火を消して!? 今までどうしてたんだよ!?」
「今までは生で食べてたんだもん! 料理なんてしたこと無いよ!」
さりげなくフルミネから衝撃のカミングアウトをされたが、今はそれをスルーして家の中に鉄板を探しに行く。
――どうして外で夕食作りをしているのか。
それは、家が木でできていたり、そもそも調理場が無かったり、部屋中に魔道具が散らかっていたり……等の、環境面の理由だった。
因みに、僕はその時、魔力の込め方と調理用の魔道具の機能を教えてもらっている。
「あ、あるじゃん。フライパン」
僕は魔道具に埋もれていたフライパンを引っ張り出し、それを持って外に出る。
――ゴォォー。
巨大猪は大きな火を吹いて燃え盛る。フルミネは燃えている猪の前に立ち尽くしている。
僕はそっと家の中に戻った。
「……ふぅ」
一息入れて、もう一度外に出る。
――ゴオオォォオオオオ。
しかし、先程と変わらない――むしろ火力が増しているような光景が、無情にも視界に広がる。
「フルミネ」
「ひゃいっ……!?」
「誰が丸焼きにしろと言った?」
「し、シンが直接焼くなって言ったから、皮の上から焼けば大丈夫かなって……」
フルミネの手に握られているのは、着火用の魔道具――日本で言うところの、ガスバーナー。
「それで、魔道具を手に持って猪を火だるまにしたと……?」
皮の上からやっても、直火には変わりないと思うんだ。
「ごめんなさい……」
フルミネは親に怒られた子供のようにしゅんとする。しかし、彼女を説教したり慰めたりする前に、今は先にすべきことがある。
「まずは火を消そう」
「……うん」
とりあえず、この業火をどうにかしないと。
* * * *
――それから数十分かけて、無事に消火用の魔道具で鎮火に成功した。
幸いだったのが、その燃え盛る猪の周りの草木やもう一頭の猪が燃えにくかったのか、火が移らなかったことだ。あと、木造の家も無事だった。
「フルミネは部屋の掃除してて、僕が作るから」
「はい……」
消火を終えて、フルミネに指示を回す。
落ち込みながら家の中に戻っていく彼女を見て少し心苦しい気持ちになるが、残りも炭にされたら流石に困る。だから、そこは僕も心を鬼にした。
フルミネが家の中に入っていくのを見届けた僕は、調理の準備をする。焼くだけなんだけど。
残念ながら、ここには味付けをするための調味料が無かったのだ。
だから、せめて焼くだけでもと僕が提案して開始した夕食作りだったのだが、焼くだけでこんなことになるとは思いもしなかった。
猪の皮を剥ぐために[能力改変]に一つ枠を追加する。この家には包丁が無かったので、素手でやるしかない。
「『S三倍』」
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STR:15
DEF:12
INT:1
MEN:12
AGI:5
CON:5
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持ってきたフライパンを洗い、魔道具を点検する。
火はちゃんと付くし、水も出る……手を洗って……よし、焼こう――。
* * * *
――それから三十分後。
「焼くだけでも、変わるものなんだね……」
「あんまり美味しくないのは変わらないけどね」
「……でも、私はこっちの方が好き」
「それは同感」
僕達は、まるで今までの事故が無かったかのように、和やかに夕食を囲んでいた。
そして、僕は少し唖然としていた。
僕の向かい側に座っているフルミネは、手を止めることなくパクパクと食べ進めているのだ。
そのため、フルミネの皿にこれでもかと乗っていた筈の山盛りの肉が、既に無くなりかけている。
……その体のどこに入るんだろう。
明らかに胃袋の大きさ以上の量の肉を食べているフルミネ。
そんな僕の視線に気づいたのか、フルミネは顔を上げる。
「あんまりじっと見られると、気になるんだけど……」
「……ああ、ごめん。よくそんなに食べれるなーって思って」
「――っ!」
すると、フルミネは食べる手をピタッと止める。
「お腹いっぱい?」
「……うん」
「それ、残すの?」
「………………う、うんっ」
大食いは恥ずかしがることじゃないと思う。
それに、皿には一口分しか残っていない。俗に言う、"手遅れ"というやつである。本人が気づいているのかは分からない。
……少し意地悪になるが、仕方ない。
「じゃあ、貰ってもいい?」
「……え?」
フルミネの返答を待たずに、彼女の皿に乗った肉に箸を伸ばして――。
「あむっ」
――自分の口に放り込んだ。
「あ……」
フルミネは悲壮感を漂わせながら、僕の口元――喉――お腹の順に視線を動かす。
完全に肉を目で追っていた。
再び僕は自分の分を食べ進める。横目でフルミネを見ると、その姿はまるでおあずけをくらった犬のようだった。そんなに食べたいなら正直に言えばいいのに。
フルミネの視線を感じつつ、僕の手は止めない。そして、ついに自分の分も食べ終わった。それでも、彼女はまだ口を開かない。
僕は心の中でため息を吐きながら、その場に立ち上がった。
「もう少し焼いてくるね」
「え?」
フルミネは目をぱちくりさせて驚いている。
「足りないんでしょ」
「……何で分かったの?」
「流石に今のは誰だって気づくと思う。それで、どうする?」
フルミネは耳まで赤くさせて顔を俯かせる。
しかし体は正直で、フルミネは僕の言葉に答えるように頭をコクコクと動かした。
「じゃあ、行ってくるね」
――そんなこんなで、和やかな夕食の時間は過ぎていく。