遠征
――ロトン/80カ――
「シン、フルミネ、レティ、お前らに遠征頼んでもいいか?」
【溶獄】の襲来から月日が経ち、傷もすっかり癒えた頃。
食堂で朝食を取っていると、テトさんは軽い感じで話を切り出してきた。
「遠征?」
「二人はまだ行ったことないから知らないか。遠征っていうのはガロウナムス外から騎士団に回ってくる依頼のことだ。まあ、調査依頼が多いな」
「簡略、守人、尻拭い」
「そんなこと言うなって」
相変わらず片言ながら棘のある言葉を喋るレティを、テトさんが苦笑しながら窘める。
つまり、端的に言うなら騎士団に回されてきた守人の依頼か。
「因みに、その依頼内容は……?」
「森の調査と守人の捜索だな。特に期限もなし。森には魔獣もいるだろうから実戦のリハビリにもなるし、遠征に行ったことないなら良い経験になるかと思ったんだけど……どうだ?」
確かに。今度、いつ魔人が襲ってくるかも分からない。そのためにも実戦のリハビリは必要不可欠。
そして、フルミネはともかく、僕はあらゆる経験が圧倒的に足りていない。となると、答えは一つだ。
「分かりました、行きます」
「私もっ」
僕が答えると、フルミネも後に続くように答える。
「私、必要?」
その後に、レティから疑問の声があがった。
「ほら、二人って遠征初めてだし。ラミアは別の遠征に行くことになってて、俺とシンシアは今はガロウナムス離れられないから。レティ、二人の先輩として頼んでいいか?」
「ん」
"先輩"という言葉に反応して、レティの尻尾がふわりと揺れる。
普段から子供らしからぬ落ち着きを見せるレティだけれど、そういうところはやっぱり年相応だ。少し和む。
「ふふっ」
フルミネも僕と同じ感想を抱いたらしい。吹き出すように笑った。
すると、その声を聞き逃さなかったレティがフルミネにジト目を向ける。
「うぇっ、あ、ごっ、ごめんね!? 笑ったんじゃないよっ」
「それは無理あるだろ」
「うぅ」
テトさんが苦笑しながら突っ込むと、フルミネは申し訳なさそうに縮こまる。フルミネが笑ったのは事実だ。フォローのしようがない。
「あの、遠征の話に戻るんですけど、どこに向かえばいいんですかね」
とりあえず、それとなく話を逸らしておく。
「ああ、場所はガロウナムスから西……王都のある方向にグリモーって村があるんだけど、その近隣の森に調査に行ってほしい」
「……さっき言ってた捜索っていうのは?」
「そこに調査行かせてた守人達が帰ってこないらしいんだよ。ただ調査が長引いてるだけならいいんだけどな……」
「魔獣、ですか?」
言い淀むテトさんにフルミネが訊ねると、彼は頷き、言った。
「フルミネ」
「は、はい」
「今回の遠征、グラスから神器の使用許可貰ってる」
「……え?」
フルミネは驚いたように声を漏らす。そして、僕もレティも驚いていた。
フルミネの神器であるヘレグローザは【溶獄】との戦い以来、グラスさんから使用禁止命令が出されていた。それは、あまりにフルミネが不安定な状態だったから。
にも関わらず、グラスさんはこの遠征で使用許可を出したのだ。
「そんな、危険? 魔人?」
僕が訊ねる前に、レティがテトさんに訊ねた。
「いや、魔人も魔物も関係ねえよ。戦王から連絡来てないし、居るとして魔獣だろ」
「ん」
「そうですか……」
「あ、守人の捜索依頼が来てる時点で安全だなんて思うなよ? 魔人よりマシなのは確かだろうけどさ」
「ん」
「はい」
それはそうだ。"守人が帰らない"、それだけで森で何かあったのは確実だろう。油断しないに越したことはない。
……それでも、正直、ほっとした。レティも僕と同じなのか、ピンと立っていた尻尾がリラックスしたように下りている。
「お前ら揃って尻尾動くからすげー分かりやすいよな」
「「えっ」」
テトさんに言われて、僕達は自分の尻尾を両手で掴む。
どうやら、また感情が垂れ流しになっていたらしい。恥ずかし過ぎる。
「ふふっ」
フルミネにも笑われてしまった。
そんな彼女の反応に更に恥ずかしい気持ちになったけれど、安心もした。フルミネは以前に比べれば大分落ち着いているから。本当に良かったと思う。
「まあ、神器の使用許可出してもらった一番の理由はリハビリだよ。フルミネの神器はあれから暴発もしてないし、そろそろ必要だと思って」
「……そう、ですね」
テトさんの問いかけに、右腕を抱きながら答えるフルミネの表情は硬い。
フルミネは未だに、魔人に対して恐怖心を拭えないでいる。"神器"という言葉だけで、魔人のことを思い出してしまうぐらいには。
けれど、今後のことを考えれば神器は必要不可欠の存在。
それがなければ、魔人と戦う七聖として戦線には立てない。それはフルミネも理解している。
「フルミネ、今日の午後は鍛錬場来てくれるか」
「……? はい」
「遠征中にぶっつけ本番は不安だろ? だから今日、試しに神器使ってみてくれ。暴発したら俺が抑えてやるからさ」
「……! お、お願いしますっ」
「おう!」
フルミネの表情は僅かに和らぎ、テトさんは笑って答える。
……僕にはフルミネの神器、ヘレグローザは抑えられない。試したことはないけれど、僕の力じゃ無理なことぐらい分かる。
だから、「俺が抑えてやる」と軽く言い切れるテトさんが少し羨ましかった。