居候(半強制)
「立って」
「はい」
命令を受けたので、僕は素直に土下座をやめてその場に立ち上がる。
「それで、このスキルのことなんだけど」
「……あれ?」
「……何?」
僕が首を傾げてしまったのも無理はないと思う。フルミネは先程の僕の行動をまるで無かったことのように話し始めたのだから。
「……怒らないの?」
「怒るも何も……そもそも、何でシンは謝ったの?」
「壊れてたの忘れて渡しちゃったことと、今まで僕がフルミネに対してやっちゃったこと」
「そんなの気にしてな……いや、うん、そうだね。でも、あのことに関しては忘れて……」
フルミネは再び顔を赤らめながら、片腕で自分の体を抱く。
……また要らないことを言ってしまった。ちょっと黙っていよう。
――そして、お互い沈黙すること数秒。
「……そんなことより、これ!」
フルミネはその数秒の沈黙にすら堪えきれなかったようで、僕にステータスカードを突きつける。
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「このスキルがシンが魔獣を食べれることに関係してると思う。今は読めないけど、ステータスカードは王都で直せるから」
「ステータスカードって直せるの?」
「うん。王都にそういうスキルを持ってる人がいるの。五年前のことだから今もいるかは分からないけど、お金を払えば直してもらえるよ」
なるほど。それなら、第一目標は王都か。
「……今すぐ行くの?」
僕が何を考えていることが分かったのか、フルミネが問いかけてくる。そこで、僕はこの森を出るためには必ずぶつかってしまう問題を思い出した。
「結界……抜け穴とかあるかな……?」
「結界は私がゲンさんに頼めばどうにかなると思う」
「そうなの!?」
てっきり、フルミネから否定の言葉が返ってくると思っていたので、あっさり解決の糸口が見つかったことに驚いてしまった。
「でも、駄目」
しかし、思わぬところでフルミネから止められる。
「この森を出ても今のシンだと死んじゃうと思う。溺れて死にかけてたぐらいだし」
「うぐっ」
その言葉は僕の心に突き刺さった。特に後半部分。
「だから、私がシンを鍛える。それに、さっきのシンの話が本当なら住む場所も無いんでしょ? その間は私の家に泊まっていいから」
それは僕にとって、とてもありがたい話だった。しかし、またしてもここで一つ、さらなる問題が生じてくる。
「鍛えてくれるのは嬉しいけど……ここに泊まるのは遠慮しておくよ。あと、フルミネはもう少し自分の容姿を自覚してほしい」
フルミネは間違いなく美少女と呼ばれる部類だ。少なくとも僕から見たら。
だから、そんな彼女と1つ屋根の下で一緒に生活するのは精神的に危ないと考え、その厚意を断った。
「あ……ごめんね。嫌だよね、こんな変な体の私なんて。自分の容姿、考えてなかった。本当にごめんね。でも、やっぱり野宿は駄目だよ……」
卑屈すぎるし見当違い甚だしいな!?
僕はフルミネの超解釈を慌てて訂正する。しなければならないと思った。
「逆だよ、逆。フルミネは可愛いから僕みたいな素性も分からない男に簡単に泊まって、とか言わない方がいいってこと。それに、フルミネは変じゃない。あと、可愛いと思う。もう一度言っておくよ? フルミネはかわ「も、もういいから!」……言いたいことは分かった?」
フルミネは僕の言葉に対して、顔を真っ赤にしながらコクコクと頷いている。
――正直、これに関しては直球すぎた自覚はある。勢いで言ってしまったこととはいえ、あまりに歯に浮いた台詞を言ってしまった。顔に熱が込み上げる。
"可愛い"という言葉を、思うだけと実際に言うのとではここまで違うものなんだなということが分かった。
そして、こんな言葉を平気な顔して言える人を心から尊敬した。
「それでも、野宿は駄目。だったら私が野宿する。シンはこの家使っていいから」
「いや、それこそ駄目でしょ。僕は大丈夫。野宿するよ」
「……じゃあ、私も野宿する」
あれ? これを続ければ押し通せる?
フルミネが一歩だけ譲ってくれたので、僕は一瞬だけそんなことを考えたが、そもそもフルミネを野宿させてはいけないという根本的なことに気づく。
「シン、お願いだから野宿はしないで。危ないから、私の家に泊まって……?」
ついには、フルミネに僕の両手を握られ、懇願されてしまう。そこまで言われてしまうと、僕もその厚意を無下にはできなかった。
「……暫く、お世話になります」
僕が観念すると、フルミネの顔がパァっと明るくなる。それは花が咲いたような、見た目相応の可愛らしい笑顔だった。
「よろしく、シン」
こうして、僕の居候生活が始まった――。