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vs【溶獄】ほんもの

 ――ガロウナムスより西――


「ねー、逃げてばかりでつまんなーい」


 不機嫌そうに、魔人は鞭を振り回している。

 私はその規則性もない鞭の伸縮と溶解液の雨を避けるだけで手一杯だった。


 接近戦に持ち込もうとしても神器(クロノス)を使わなければ近づけない。

 使って近づいたとしても、決定打は与えられない。その上、使用中は時間が進まない。だから、使うだけ無駄。


「ちゃんと遊んでくれないなら、もういいや」

「ちょっ、待ちなさいっ」


 突然鞭を振り回すのをやめたかと思えば、魔人はガロウナムスに向かって歩き始めた。


「無視すんじゃないわよ!」


 私はそんな魔人の前に回り込む。

 そして、服の中に仕込んでいた投擲型魔力起動式範囲爆弾の一つを手に取り、魔力を流して地面に放った。

 さらに、クロノスに魔力を流して時を止め、私は後退しながら同様の爆弾に魔力を込めて放る。


 時が進み始めた瞬間、二つの爆弾が同時に起爆される。爆煙が晴れると、そこに魔人はいなかった。


「そんなの隠してたんだ」

「――っ、くっ」


 足元の地面から体を液状化させた魔人が染み出す。反応が遅れた私は、咄嗟に思いっきり上に跳んだ。

 魔人は下で待ち構えるように私を見ている。このまま落下すれば、運が良くても致命傷は免れない。


 クロノスに魔力を流して時を止め、灰色の世界で独り、私は重力に従って落下しながら足を振り上げる。


 避けられないならぶっ飛ばす。


 色が戻った世界で、脳天を砕く勢いで振り下ろした踵は確かに魔人を捉えていた。

 魔人が四散する。振り下ろした足は地面に浅く埋まる。その衝撃で放射状に地面が割れ、砂塵が高く舞う。


 硬い地面の手応えしか感じなかった。


「ざーんねーん!」


 背後から声が聞こえ、振り返る勢いで右の拳を突き出す。


 ――右腕の肘から先がなくなった。


 正しくは、切断された。魔人の神器で、一瞬で溶かし切られた。

 私は体勢を立て直すために後方に跳ぶ。魔人は気味の悪い笑みを浮かべるだけで、追撃はしてこない。


 右足が地面に着くと、重心が左に傾き尻餅をついてしまう。そこでようやく気がついた。左足の(もも)の途中から()()()()()()()()()()()()()()()()ことに。


「気持ち悪ーい!」

「……聞き飽きたわよ、その台詞」


 私の体内は人に備わっているべきものが何一つない。血も肉もなく、あるのは無数の歯車だけ。

 歯車は回っていない。ただそこに在るだけ。削れても、消失しても、時間が経てば外装ごと再生する。

 私に触覚は備わっていても、痛覚はない。だから、今みたいに無くなっていることに気づくのも遅れてしまう。


 動かない私に魔人が歩み寄る。そして、目の前で立ち止まった。


「壊したいならさっさと壊しなさいよ」

「その前に、見ーせーてっ」


 魔人は私の服の胸元を両手で掴み、意気揚々と左右に引き裂いた。

 ――体に直接巻き付けていた残りの手投げ爆弾が、白日の下に晒される。


「やっぱり。危ないなーもう」


 魔人は腰に手を当てて、頰を膨らませる。


 爆弾の存在に気づかれていたことは分かっていた。この手は初めて使う手ではないから。

 私はこの後、どう動くか考える。方法は二つ。クロノスを使って距離を取るか、爆弾を起動させて全て吹き飛ばすか。


 まず、前者。距離を取った後、さっきのように爆弾を使って時間を稼ぐのを継続する。けれど、片腕片足で魔人の攻撃を躱し続けるのは極めて困難。


 次に後者。この爆弾全ての爆発でこの魔人を仕留められるかどうか……そこが問題。

 この爆弾は魔人に全く効かない訳ではなくても、神器には当然劣る。加えて、これで仕留められなかったらそこで終わりだ。


 ……ここは一度距離を取るのが妥当だろう。無理をしても得られるものが少なすぎる。


「じゃあ、壊れ――」


 瞬間、私に手を伸ばした魔人が氷像と化し、私は誰かに体を抱えられる。


「……南は?」

「終わったからここにいる。爆弾は起動させるなよ」


 私を抱えていたのは、真っ白な白衣を纏うエルフの女。現【人類最強】、【氷聖】グラス・フィンブルだった。


「とりあえず、間に合って良かった」

「手間かけさせて悪いわね」

「いつものことだろ」


 私を抱えて魔人から距離を取り始めるグラスと、淡々と言葉を交わす。

 ……私は心の中で安堵していた。人任せなのは分かっているけれど、後はグラスがやってくれるだろうから。


「邪魔しないでよー!」


 憤る声と、氷が急速に溶ける音。

 グラスは効かないことが分かっていたのだろう。彼女は驚く様子もなく、魔人から離れながら詠唱を始めた。


「〈憤怒の炎に薪など要らず、憎悪の炎は消えることなし。蒼き大海をも紅蓮に染める灯火をここに〉――『シーフレイザー』」


 グラスを中心に炎が燃え広がる。一面の荒野が、ものの数秒で炎の世界に成り果てた。


「相変わらず出鱈目よね」

「エクレールと比べたらまだ足りない」

「……それもそうね」


 グラスの言葉は謙遜なんかじゃなく、紛れもない事実。あの【雷聖】はグラス以上に出鱈目だった。

 炎海に変わり果てた荒野を見ながら、私はあることを思い出す。


「ねえ、第一部隊も一応後ろにいるんだけど」

「あいつらは先に北に向かわせた。誰も巻き込まれないから安心しろ」

「私は?」

「弱火だ。使徒ならこれぐらいの熱、平気だろ」


 ……まあ、平気だけど。【人類最強】様はよく分かってらっしゃる。数百年の腐れ縁は伊達じゃない。


「お姉さんは呼んでなーい!」


 自力で拘束を解いた魔人は液状化してグラスに体当たりを仕掛けるが、グラスはその場で突然止まり、高く宙返りしてそれを避ける。

 その拍子に私の左足、剥き出しだった歯車がこの運動に耐えきれずボロボロと崩れていく。


 それすら気にも留めないグラスは、魔人を見据えたまま別の詠唱を始めた。


「〈我、望むは蒼天蒼海(そうてんそうかい)。天の雫よ、荒れた大地に自然の恵みを。海の雫よ、静謐(せいひつ)なる地に混沌を〉――『ブレ・カ・ドロ』」


 私を抱えながら、器用にグラスは片手を突き出す。その手から小さな水の球体が放たれ、上昇する。

 そして、破裂した。すると、先程の小さな球体からは想像もつかない量の水が、噴水のように辺り一帯の炎海に降り注ぐ。


 降り注ぐ水は炎海を鎮火しながら、日光さえ遮る水蒸気となって空に舞った。

 視界が悪く、数メートル先すら分からない。グラスはそんな極悪の環境下から全く動こうとしない。


「目眩ししたって無駄だよー!」

「『神器解放』」


 ――世界が白く染まった。

 そんな錯覚に襲われた。先程まで水蒸気が視界を塞ぎ、右も左も分からない環境。それが瞬きの間に全て凍ってしまったのだ。

 水蒸気も消え、既に凍りついた魔人が私達の目前に迫っていたことにようやく気づく。


「ウリエーミャ、巻き込まれてないか?」

「平気よ。これ、終わったの?」

「ああ、最後は任せる」


 腕から下ろされた私は、グラスに肩を貸してもらいながら凍って動かない魔人に近づく。


 グラスの肩から手を離し、まだ健在の左拳で思いっきり地面を叩く。

 凍っていた世界にヒビが入り、魔人も魔物も、凍りつく全てが等しく粉々に砕け散った。


 私はそのまま地面に転がり、グラスを見上げる。


「これ、どういう理屈よ。最初は効かなかったじゃない」

「凍りやすい環境を作っただけだ。それに、本来ならこの程度で魔人は倒せない」

「……確かにそうよね」


 私が何千年かけても、魔人は一体も殺せていない。そんな怪物がこんな呆気なく死ぬ筈がない。


「なら、今のは偽物ってこと?」

「多分な」


 何千年と戦ってきて、魔人が偽物を作れるなんて初めて知った。

 ……今まではできなかったのか、やらなかっただけなのか。前者ならいい。でも、もし後者だとすれば、今回私達に手の内を明かした理由が分からない。


「『氷結晶』」


 グラスが私のまだ再生していない左足に手を翳し、魔法で氷の義足を生み出す。


「ありがと」

「ウリエーミャ、魔力は残ってるか?」

「北ならギリギリ送れると思うわ」

「なら、頼む」


 グラスに差し伸べられた手を取って立ち上がり、まずは義足の調子を確かめる。

 その後、腕をグラスの背中に回して体を密着させる。そのままクロノスに魔力を込めれば、私とグラス以外の全てが灰色に変わった。


 グラスが後ろから私の両肩を掴み、手が離れないように凍らせる。

 私は右足で踏み込んで、思いっきり跳んだ――。




 ▼ ▼ ▼ ▼




 ――ガロウナムスより北――


 無形の溶解液が、鞭の神器と混ざるように変則的な動きで襲いかかる。

 俺はアイギスを最大限に利用して、神器の攻撃のみを選んで防ぐ。

 無形の溶解液はシンシアが[錬成]で地形を操って壁にしたり、グラディスが燃やすことで防ぐことができていた。


 それでも、ギリギリだった。一瞬でも気を抜けば、この均衡はたちまち崩れる。


「なっ、今かよ!?」


 ――追い打ちをかけるように、アイギスの活動限界が訪れた。

 今まで神器の攻撃を防いでくれていた盾が、小さな記章に戻ってしまう。


「あはっ、もう限界なんだ。それなら、壊れちゃえ!」


 神器が使えなくなった瞬間、鞭の神器は槍の如く一直線に俺に向かってくる。


「「「団長!」」」「テトっ」「テトさん!」


 皆の声が聞こえる。

 俺は動けなかった。動かさなきゃ死ぬのは分かっているのに、膝が笑って力が入らない。


「伏せろ!」


 ――この場にいない筈の人物の声。その人物の、聞き慣れた指示に俺の体は反射的に動く。


「おらああああああ!!」


 まるで巨大な質量の何かがぶつかったような轟音が鳴る。顔を上げた俺はその人物の名前を呼んだ。


「コンビニさん!?」

「お前らがヤバいって、団員達から何個も通信が届いたんだよ。頼りにならないかも知れねえが、手を貸させろ」

「……コンビニさんがいてくれたら百人力っすよ」

「それは盛りすぎだろ」


 魔人の鞭を大剣で弾き飛ばしたコンビニさんは、魔人を見据えて煽るように言った。


「おい、魔人。頑丈さだけが取り柄のこの(なまくら)に弾かれた気分はどうだ?」

「……壊す」


 真顔で一言だけ発した魔人は、再び鞭を振るう。

 ――その時、一筋の光が魔人を側面から吹き飛ばした。


「壊させはしないぞ」


 俺達の前に、蝙蝠の翼を生やした血塗れの女が降り立つ。そして、手には神々しい光を放つ弓。


「ラミア……」

「少々、待たせ過ぎたな」


 彼女は俺達に笑みを浮かべると、魔人に向き直る。

 こんな状況でも安心感を覚えてしまうほど、その華奢な後ろ姿は、とても頼もしいものだった。

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