vs【溶獄】ほうかい
「『雷槍』」
フルミネは次々にスライムの核を貫き、数を減らしていく。
僕も遅れを取らないように魔物に斬りかかるが、一体に対して彼女の倍以上の時間がかかってしまう。
「よっ、坊主」
「あ、どうも」
前に大浴場で挨拶した男性から声をかけられる。僕はスライムの攻撃を避けながら軽く会釈する。
彼は右手に長剣、左手に盾を持ち、僕と同じようにスライムを相手にしながらこちらに話しかけてきた。
「坊主、刀使うんだな」
「まだ練習中ですけど、一応……うわっと」
「だろうな」
すれ違いざまに刀を振るい、核を斬る。彼が納得したのも、僕が刀を鞘に納めずに振っているからだろう。
こうして話しながら戦えるのも、スライム達の勢いが弱まっているからだ。他の騎士団員達にも余裕が見られる。
「あの子が【雷聖】だろ? 小さいのに凄いな」
「それ本人に言わないでくださいね。気にしてると思いますから」
「話す話題も機会もないから安心しろ」
彼は笑いながら、妙に安心できない言い方をする。
もう一体、追加でスライムを倒した僕は、緑光を放ちながら動き続けるフルミネに視線を向ける。
「……遠いな……」
実力不足。一朝一夕でどうにかなるものでもないことは重々承知している。
それでも、彼女の隣に立てるような人間……人になりたい。ならなくてはいけない。
「坊主、ボサッとすんな」
「……はい。すみません」
軽く背中を叩かれる。
切り替えよう。そして、一匹でも多くの魔物を倒そう。
――そう決意した直後、背筋がゾッとするような感覚に襲われた。
「すみませんっ!」
「うおぅ!?」
僕は会話をしていた男性を巻き込むように横に跳び、転がる。
「ばーん! ……あれ? 避けられちゃった」
僕の直感は間違っていなかったようだ。
声のする方を振り向けば、桃色の液体は僕達が立っていた地面に広がり、パチパチと焼くような音を響かせる。
その液体の中心には大きなリボンが頭に飾られ、桃色髪で黒い肌、白い角を頭から生やす少女。
黒い肌にはドロドロとした桃色の粘液が付着していて、それが地面に零れ落ちる度に"ジュッ"という音を出している。
「魔人……!?」
「どうしてここに!?」
「団長達はどうした!? まさかっ……」
「そんな訳ない……とも言い切れないよな。あの団長は……」
「や、やめろよそんなこと言うのはっ」
場は一気に大混乱に陥る中、僕はフルミネを探した。しかし、右を向いても左を向いても、 フルミネが見当たらない。
彼女がもしこの魔人を目にしたら、どうなるか分からない。一刻も早く見つけないと……。
「一回目ぐらいは綺麗に壊したかったのにー……次はちゃんと当たってくれるよね」
魔人の体は桃色の液体となり、一番近くにいた僕に襲いかかる。
「『神器解放』!」
その時、黒雷が桃色の液体を横から押し出すようにぶつかる。
液体は再び少女の姿に戻り、驚くように声をあげた。
「あー! あなた、生きてたんだ!」
「はぁ……はぁ……」
フルミネは槍の神器――ヘレグローザを構えて魔人を見据えている。
彼女の顔からは血の気が引いていて、左手で胸を押さえながら呼吸を荒くしている。
「坊主、あの嬢ちゃん連れて離れてろ。ありゃ無理だ」
「すみません……名前知りませんでしたっ、『運搬』!」
「ジョニーだ!」
彼の名前を頭に留めながら、僕は急いでフルミネの元へ駆け寄る。
「させないよー」
「『風刃』!」
魔人が酸を飛ばしてくるも、ジョニーさんの援護によって無事にフルミネの元に辿り着く。
「邪魔しないでよー」
「まずは第四部隊長のこの俺から手合わせ願おうか!」
「俺も混ぜろ!」
「私も混ぜてくださいな」
「部隊長、勢揃いだなぁ」
他の部隊の隊長と思われる人々が、次々に集まり始める。流石は部隊長といったところだ。行動が早い。
ジョニーさんが部隊長という新事実には驚いたが、そのおかげで救われた。
僕は真っ青のフルミネを抱きかかえて、前線から離れるために移動する。
フルミネの右腕から漏れ出る黒雷が僕の腕に触れ、静電気に似た痛みを強く感じる。
彼女は過去に"神器は感情に左右されるところがある"と言っていた。きっと、これも抑えられないのだろう。だから、僕が我慢するしかない。
「ご、ごめっ……ごめん、なさいっ……」
「大丈夫、大丈夫だから。あとは皆を信じよう?」
フルミネは震えた声で謝り、ポロポロと涙を流し始める。
むしろ、彼女はよく頑張った方だ。誰よりも早く、真っ先にぶつかるなんて思わなかった。
団長達の連絡を取るために僕は通信魔道具を使おうとして、気づく。手が塞がっていて、通信が使えない。
「フルミネ、ごめん。代わりに団長に通信繋げて」
「……私、使い方知らない……」
「……僕もだ」
使い方を教わり忘れた。一番使いたい時に使えないとか、この魔道具持ってる意味ないじゃんか。
「とにかく離れよ――うわっ!?」
「ばーん!」
咄嗟に横に跳ぶが、左足に液体がかかってしまう。
激痛が走り、片膝を着く。左足に力が入らない。
「ジョニーさん達は……!?」
「脆くてつまんなかったー」
振り返ると、部隊長達は倒れていて動かない。
桃色の液体と血が混じり、異臭がこちらまで漂ってくる。
「……殺したのか」
「知らなーい。でも、どうせ後で全部壊すから、変わらないよ?」
僕は努めて冷静に訊ねると、魔人は興味なさそうにしながらも答えた。
部隊長達の生死は確認できない。確認する余裕なんてない。
僕はどうするべきか。ここで逃げたところで、魔人が逃がしてくれるとも思えない。
なら、やるべきことは決まってる。選択肢なんて最初からなかった。
「フルミネ、ちょっと下ろすね」
「シン……?」
「逃げて」
「え……い、嫌っ」
「逃げろ」
フルミネを無視して地面に下ろす。
僕には誰かを守りながら戦うなんてできない。でも、一対一なら時間は稼げる筈。避けるだけなら、フルミネと出会ってからの半年間で散々やってきたから。
「まだ終わっちゃいねえぞっ!!」
ジョニーさんが、魔人の背後から斬りかかる。
「邪魔しないで?」
――少女らしからぬ、底冷えするような声だった。
魔人はリボンに手を伸ばすと、それは細い鞭に変化する。
そして、彼女は後ろを振り返ることなく鞭を振るうと、ジョニーさんの片腕を切断した。
「う――ぐぅぅぁぁあああああああ!!?!」
「ジョニーさん!」
「あなたも、壊してあげるね」
僕はその凶行に反応することしかできなかった。止めることが、できなかった。
その場に蹲るジョニーさんに目もくれず、魔人は僕に視線を向ける。
「『特避』!」
足枷になると思われた刀と鞘を地面に落とし、僕は魔人の側面に回り込む。
左足も痛いし、体もいつもより重く感じる……けれど、動くなら問題ない。
「わー、はやーい!」
「『運搬』!」
僕は魔人に向かって突っ込む――ように見せかけて、ジョニーさんを回収する。
「でも、まだ目で追えるね」
すれ違いざまに、魔人は呟く。僕はそれを無視して、彼女から距離を取る。
わざと見逃されたのは分かっている。殺そうと思えば殺せたのに、彼女は動かなかった。その気まぐれだけには、感謝しよう。
「ジョニーさん、大丈夫……じゃないですよね」
「ぐ、うぅっ……クソ痛いっつの……坊主は早く逃げろっ」
ジョニーさんの、腕のあった場所を見る。
切断面を見た僕は、込み上げる吐き気を飲み込む代わりに軽く息を吐いた。
本当に、僕はこの世界に来てから恵まれてばかりだ。この世界で出会った人達は良い人ばかりで、いつも必ず、誰かに助けられてきた。
なら、僕はその恩に釣り合う無茶をしないと。例え気合いでどうにもならないと分かっていても。
……そうでもしないと、僕は僕を肯定できなくなるから。
「すみません」
「あ、おいっ」
僕一人で成し遂げたことなんて一つもない。異世界チートとか、無双とか、そんな力があればどんなに良かったか。
……無謀無茶は基本やりたくない主義だけど、やっぱりこうなるのか。
「フルミネ、この人のことお願いね」
「あっ……」
「おいっ、やめろ!」
フルミネの側にジョニーさんを運び、フルミネに頼む。グロいのは、耐えてほしい。
「むー、まとめて壊れちゃえ!」
「『M極』――ぐっ……」
魔人の鞭は蛇のようにうねりながら、僕の腹に突き刺さる。
――それでも、貫通はしなかった。
「あれ?」
魔人は目を見開いて、ぱちくりしている。僕も驚いて声が出ない。いや、貫通するのも駄目なんだけれど。
鞭から漏れている液体も、僕を溶かすことなく体を伝って下に落ちていく。ヌルヌルしていて気持ち悪い。
ここで僕はある可能性に辿り着いた。それは"【溶獄】は【煉獄】より弱い"という可能性。
「おっかしいなー」
「ぐふっ」
鞭が体の中でゆっくりと動き始めた。
僕は口から血を吹き出す。痛い。早くこの鞭抜けよ。なんで勝手に動く……ああ、そっか。フルミネの神器も勝手に動いたっけ……。
「やめてっ!」
「わっ、危なーい」
鞭が引き抜かれ、僕は腹を押さえながら前のめりに倒れる。
魔人にぶつかっていたのは、右腕を、肩まで黒く染めたフルミネだった。
「あなたから壊してほしいの?」
「ヘレグローザ!」
フルミネの右腕の黒雷が槍を三本生み出し、魔人に向けて放たれる。
魔人が後退してそれを避けるが、槍はそれを許さない。追尾性を持った黒雷が、魔人を串刺しにして共に弾ける。
しかし、弾けた筈の魔人は何事もなかったかのように再生した。
「なんでっ……!」
「ふふっ、あなたはこうやって壊した方が面白そう」
動揺するフルミネに対し、魔人は微笑を浮かべて語り始める。
「あなたのせいで死んだ人だっているんだよ」
その一言が、フルミネの動きを止めさせた。
「何の、話……?」
「狐が二匹、あなたのために犠牲にな――」
魔人は体を撃ち抜かれ、爆ぜる。それによって、言葉は遮られた。
「手の空いてる者は負傷者をすぐに治療できる場所に運んでください! 魔人は私達が引き受けます!」
シンシアさんが混乱している団員達に指示を飛ばす。
テトさんはジョニーさんに駆け寄り声をかけた。
「ジョニーさんっ……遅れてすみません……」
「おいおい……団長がそんな顔すんじゃねえ。お前にはやることがまだあんだろ」
「……はいっ。シン、キツいだろうけど、ジョニーさんを頼んでいいか?」
「それぐらいなら、任せてください」
テトさんは盾の神器を前に構えて、爆ぜた魔人に相対する。
「フルミネ、後は俺達に任せろ」
「頑張った」
「……ぁ……」
グラディスさんが頼もしい言葉を、レティは珍しく労いの言葉をフルミネにかける。すると、フルミネは力が抜けたように体勢を崩し、レティに支えられる。
安心、したのだろう。フルミネは意識を失ってしまったようだ。でも、彼女の精神の弱さや負担を考えると、仕方ないのかもしれない。
レティは彼女を抱きかかえると、ゆっくりこちらに運んでくる。僕の側に彼女を下ろす時、ぼそっと呟くようにレティは言った。
「シン、離す、駄目」
「分かってる……ありがとう」
レティはテトさんの隣に並ぶ。僕達を守るように。
その間に、爆ぜた筈の魔人は再び体を再生し終えていた。
「横入りなんてひどーい」
「黙って」
問答無用でレティは魔人の体を撃ち抜くが、今度は爆ぜるどころか魔力弾が魔人の体の中に取り込まれる。
「……あれ? もしかして……ふふっ、おもしろーい!」
そして、レティを見て独り言を言いながら、不気味に笑った。
「あなたの親を壊したの、私だよ」
今度は魔人の額に撃ち込まれるが、先程同様取り込まれてしまう。
「レティ、落ち着けっ」
「落ち着いてる」
「嘘つけっ」
レティはテトさんの言葉に答えながら、また一発、今度は魔人の腕に撃ち込む。
「でも、あなたの両親が死んだのって、その子のせいなんだよー」
「それ、どういう意味ですか」
シンシアさんも駆けつけ、遊撃部隊がこの場に全員揃う。
魔人は彼女の方を一瞥した後、レティに向かって――。
「【氷聖】は狐二匹を見捨ててその子を救うことを選んだの。これだけ言えば、分かるでしょ?」
最大の爆弾を投下した。
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