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誰が為の日々  作者: 織田
8/15

裏切り








 小学校の校舎端に花壇があって、小さな畑もあった。そこにはキャベツが育てられていたことを憶えている。モンシロチョウの幼虫を、ぼくは何度も友人と共に捕まえに行っては、(さなぎ)から(ちょう)へと羽ばたかせた。


 ある日、その日は友人が風邪をこじらせ休んだので、ぼくは例の如く一人でそこに足を向けた。普段はほとんど誰の姿を見ることもない場所。ぼくや友人のような暇人か、水遣りに来た先生か生徒くらいしか目にしない。先生はともかく、生徒は水遣りを命じられた生徒で、嫌々じょうろを傾けさせているだけの気の入っていない生徒だ。顔見知りではあっても、馬が合うことはない人だった。


 その誰でもない生徒が、花壇の真ん中でぽつんと立っていた。背格好を見る限り男の子で、ぼくと同じくらいの学年だろう。近づいてみると、その考えに間違いはなかった。


 男の子はぼくが近づいてくるなり、何かを言った。声は聞こえない。ただ唇がもそもそと動き、ぼんやりとした目はぼくを見据えていたので、ぼくに何かを言ったのだと思う。


 同志だろうか。彼もまたモンシロチョウの幼虫でも捕まえにきたのだろうか。そう思った矢先、彼はだっと走り出した。本当に急なことで、ぼくが「あっ、走った」と理解した頃には、ぼくの脇を風の如くは知りぬけ、彼はこの場を去っていった。


 何だったのだろう。誰だったのだろう。


 小首をかしげるぼくは少し思い悩んだけれど、すぐにモンシロチョウの幼虫のことを思い出し、キャベツ畑の方に向き直った。


 視界で捉えたそれを見て、ぼくは絶句した。


 畑がひどく荒らされているのだ。キャベツは小ぶりなのが掘り起こされ、乱暴に千切られている。土もクワででも掘り返したのか、穴ぼこだらけになっていた。

 混乱するぼくがふと視線をよそに逃がすと、花壇もめちゃくちゃになっていた。名前はわからないけど(たぶんパンジー)綺麗に寄り添い咲いていた花が地面に転がっており、昨日まで瑞々しかったその佇まいは見る影もなかった。


 どういうことだ。どうなっている。いったい誰が……。


 ぼくの頭にはさっきの男の子がすぐさま浮かんだ。顔は憶えている。名前は知らない奴だけど、もう一度対面すれば間違いなくあの男だと言える自信がある。


 ぼくは踵を返し、先生を呼びに行こうと思った。


 すると向こうから、二つの人影がこちらに近づいてくるのが見えた。


 このとき、ぼくは反対方向に逃げるべきだった。けれどその人影が先生と一人の生徒のものだとしると、腹の下に(こご)っていた苛立ちがふっと軽くなり、まるで救世主を見つけた気分になったのだ。


「先生!」


 ぼくは先生が向かってきているのに大声で呼び、手招きをした。先生はものの数秒でぼくの横を駆け抜け、花壇と畑の惨状(さんじょう)を目の当たりにした。


 生徒と何か話している様子。その二つの背にぼくは説明した。


「さっきここに男の子がいて、たぶんそいつだと思う。そいつが花壇と畑をめちゃくちゃにしたんだ。絶対そうだよ!」


 先生は、信じてくれなかった。鋭く冷たい視線をぼくに見下ろし、無感情に言ったのだ。


「嘘でしょう。キミがやったんでしょう」


 一瞬、ぼくの頭は真っ白になった。けれどすぐに状況を把握した。


 荒れた花壇、畑。ここにはまず人は来ない。

 そこに一人、ぼくがいた。あの走り去った男の子はぼくしか見ていない。その男の子の存在を教えたところで、ぼくの言葉は信じてもらえない。


 走り去った男の子は、先生の隣にいるのだから。


 彼は先生を呼びにいったのだ。自分が花壇と畑をめちゃくちゃにしてから、先生を呼びに行った。そうすれば、正直者として彼はシロになる。対してぼくは、彼を見たけれど彼という証拠を持たず、そして荒れた花壇と畑の中にいた。先生がどちらを信じるのか、明々白々(めいめいはくはく)だ。


「あ……ああ……」


 声が上手く出なかった。そう理解できたぼくの脳は、すでに諦めていたのだ。なにを言ってもこの状況を打破するのは不可能だと。


「職員室に来なさい」


 先生はぼくの肩をぐっと、まるで逃がすかとでも言わんばかりに強く握った。この場を離れるぼくと先生の後ろで、男の子は吹き出したような気がした。


 瞬間、ぼくは自分にまだ活路(かつろ)が残されていることを思い出す。


 友人だ。風邪で休んでいる友人に証言してもらえばいいのだ。ぼくと友人はここでよく遊ぶんだと。だからキャベツを掘り起こすことなんてしないし、花も()でることはあっても、触れることはしないのだと。


 頼みの綱だった。こっぴどくしぼられた翌日、ぼくは登校してきた友人とともに職員室に行った。わけのわからないようすで友人は、ぼくの切れ切れな説明を聞き入れ、そして先生と対面する。


 開口一番、友人はこう言った。


「僕はそこに行ったことはありません。でも彼がそこに行って何かをしているのは何度か見た事があります」


 絶望的な気分だった。


 何を言っているんだ。友人は本当に友人なのか。お前は誰だ。何でそんなことを言う?


 友人は涼しい顔をしていた。そして適当なことをでっち上げ、ぼくを悪者にすると、ぼくを残して職員室を退室した。

 そしてまた、ぼくは先生にこっぴどく怒られ、反省文と花壇、畑の整備を手伝わされた。



 後日、ゆうじんと疎遠(そえん)になったぼくは一人で廊下を歩いていると、当然といえば当然の光景を目にした。


 友人と、花壇と畑を荒らしたであろう男の子が笑い合いながらトイレに入っていくのが見えた。

 

 そして、二人のこんな声が聞こえてきた。


「ひどく荒らしたそうじゃんか、あいつ、めっちゃ怒られてたぜ」

「ははは、そうなるようにしろってお前が言ったんじゃないか」

「うん、まあそうだけどな。……だってさ、蛹が蝶になったからって、なにが面白いんだよ」

「ぎゃは! そりゃ違いないよ!」


 …………。


 友人は最初から、友人ではなかったのだと知った。


 

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