私は友達をつくれない
はじめて目にしたのは小学生の頃だった。
私が通っていた小学校は随分と古い校舎で、ちょうど六年生の頃に建て替えがされた。その前に、私はそれを見たのだ。
屋上へ続く階段。普段は誰も立ち入らない踊り場に、ひょんなことから足を踏み入れた。具体的には学校全体を使ってかくれんぼをしていたのだ。
ちょうど昼休み、その日は雨が一日中降っていた。
いつも以上に陰惨とした校舎、鼠色の空と、建物内の弱々しい蛍光灯が頼りげなくて、学校全体が暗く沈鬱だった。
そんななか私と友人たちはきゃっきゃとはしゃぎ、胸をドキドキとさせながらかくれんぼに興じていた。
屋上に続く階段の踊り場、何もないけど、誰も来ない。
それを知っていた私はそこに身を置いた。思えば少しだけ、空気が冷たかったような気がする。妙な肌寒さ。でも、脂汗が滲むアンバランスな感覚。
気配はひとつもなかった。そこに私は隠れていた。
ふいに声がする。
「あやかちゃん……」
ぎょっとした私は後ろを振り返った。
そこには私よりも一回り小さい、低学年くらいの女の子が立っていた。
驚きと焦りで私の頭は少しパニックになった。ぱくぱくと魚のように口を動かしていると、その子はくすりと笑った。
「あやかちゃん、何してるの?」
「……あ、えっと」
ようやく声が出た私は、一度咽喉を鳴らしてから、まず言うべきことを言った。
「ごめんね、私、あやかちゃんじゃないわ」
「ううん、あやかちゃん。ここはわたしとあやかちゃんだけの秘密の場所。だからあなたはあやかちゃん」
私は首をかしげる。
その子は継げる。
「ねえあやかちゃん。きょうは何して遊ぶ?」
「だからあのね、私は」
「また雨かぁ。廊下が濡れちゃってるからあんまり走り回っちゃ駄目だし、でも教室で遊ぶのもつまんないしなぁ」
あどけなく考えをめぐらせる女の子。可愛らしいが、会話がかみ合わない。
私は明るい調子で訊ねた。
「……きみ、何年生? 何組の子? お名前は?」
すると女の子はくすりと笑った。
「あかりちゃん、ひどいよ。わたしのこと忘れるなんて」
「あの、だから私は」
「ああっ! みゆき見っけー!」
踊り場に大きな声が反響した。
その声の主は目を爛々とさせて私を見ている。そして彼女はかくれんぼの鬼を勤めている友人だった。
「まさかみゆきもここ知ってるなんてねー」
そう言って近づいてくる友人に、私は笑いかけた。
「もう見つかっちゃうとは。皆は?」
「教室待機、みゆきが最後だよん」
「そう」
ところでこの子、と言いながら、私はふたたび顔を後ろにやった。
しかしそこに、あの子がいなかった。
「あれ?」
「みゆき? どったの?」
「いや、いまここに女の子いなかった? こんくらいの」
私は自分の胸あたりに手をかざし、身長を現す。けれど友人はきょとんとして、首をかしげた。
「いや、見てないけど。え、どういう意味?」
「どういうって……」
私ひとりしかいなかった、と友人が何気なく言った。今度は私が目を丸くする。
見間違いなはずはなかった。会話もしたし、目も合わせたくらいだ。
……あれ。その子は、どんな顔だったのだろう。
「もう、怖いこと言わないでよ」
「うん、ごめん」
そう言って私と友人は、その踊り場をあとにする。その直後に、チャイムが鳴った。
「あ」
友人がはっとし、くるりと私に不敵な笑みを向ける。
「早く行くよ、ゆかり」
そう言って駆け出す友人を見て、私の胸に一抹の不安が撫でた。
「ちょ、ちょっと……」
――危ないよ。
そう言おうとした。けれど、間に合わなかった。
いまでもその瞬間のことははっきりと覚えている。
目の前の階段を足取り軽く下りていく友人。チャイムに急かされて駆け下りるその後ろ姿を眺めている私。
あ、と思った時、友人は足を滑らせバランスを崩していた。
変てこな体勢になる。短い悲鳴が聞こえると、ふっと友人の姿が消えた。
鈍い音が連続で響き、最後に何か硬いものがごつんといった。
廊下は沈黙となった。
「……うわ、うわ……」
打ち所が悪かったのか、床に這いつくばる友人の頭から赤い液体が広がっていた。大量のそれを目にし、私はその場で固まってしまった。
声も出せない。足が震えている。
肩で息をする私の背後で、こんな声がした。
――楽しかったね。
あの女の子の声だった。
――また、遊ぼう。
それがはじめて目にしたときのこと。六年生時に校舎が建て替えられるのだが、そのとき掘り起こされた場所に少女の白骨遺体があったそうだ。
あの子のものだろうか。成仏、するのだろうか。
階段の踊り場にはもう何も現われなくなった。けれど私が誰かと仲良くしていると、あの子は現われる。
「ねえあかねちゃん。遊びに来たよ」
あのときの姿のままで、悪さをする。
私にではない。私の近くにいる人に。