表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が為の日々  作者: 織田
6/15

私は友達をつくれない








 はじめて目にしたのは小学生の頃だった。


 私が通っていた小学校は随分(ずいぶん)と古い校舎で、ちょうど六年生の頃に建て替えがされた。その前に、私はそれを見たのだ。


 屋上へ続く階段。普段は誰も立ち入らない踊り場に、ひょんなことから足を踏み入れた。具体的には学校全体を使ってかくれんぼをしていたのだ。


 ちょうど昼休み、その日は雨が一日中降っていた。


 いつも以上に陰惨(いんさん)とした校舎、鼠色(ねずみいろ)の空と、建物内の弱々しい蛍光灯が頼りげなくて、学校全体が暗く沈鬱(ちんうつ)だった。


 そんななか私と友人たちはきゃっきゃとはしゃぎ、胸をドキドキとさせながらかくれんぼに(きょう)じていた。


 屋上に続く階段の踊り場、何もないけど、誰も来ない。


 それを知っていた私はそこに身を置いた。思えば少しだけ、空気が冷たかったような気がする。妙な肌寒さ。でも、脂汗が滲むアンバランスな感覚。

 気配はひとつもなかった。そこに私は隠れていた。


 ふいに声がする。


「あやかちゃん……」


 ぎょっとした私は後ろを振り返った。

 そこには私よりも一回り小さい、低学年くらいの女の子が立っていた。

 驚きと焦りで私の頭は少しパニックになった。ぱくぱくと魚のように口を動かしていると、その子はくすりと笑った。


「あやかちゃん、何してるの?」

「……あ、えっと」


 ようやく声が出た私は、一度咽喉(のど)を鳴らしてから、まず言うべきことを言った。


「ごめんね、私、あやかちゃんじゃないわ」

「ううん、あやかちゃん。ここはわたしとあやかちゃんだけの秘密の場所。だからあなたはあやかちゃん」


 私は首をかしげる。

 その子は継げる。

 

「ねえあやかちゃん。きょうは何して遊ぶ?」

「だからあのね、私は」

「また雨かぁ。廊下が濡れちゃってるからあんまり走り回っちゃ駄目だし、でも教室で遊ぶのもつまんないしなぁ」


 あどけなく考えをめぐらせる女の子。可愛らしいが、会話がかみ合わない。

 私は明るい調子で訊ねた。


「……きみ、何年生? 何組の子? お名前は?」


 すると女の子はくすりと笑った。


「あかりちゃん、ひどいよ。わたしのこと忘れるなんて」

「あの、だから私は」

「ああっ! みゆき見っけー!」


 踊り場に大きな声が反響した。

 その声の主は目を爛々とさせて私を見ている。そして彼女はかくれんぼの鬼を勤めている友人だった。


「まさかみゆきもここ知ってるなんてねー」


 そう言って近づいてくる友人に、私は笑いかけた。


「もう見つかっちゃうとは。皆は?」

「教室待機、みゆきが最後だよん」

「そう」


 ところでこの子、と言いながら、私はふたたび顔を後ろにやった。


 しかしそこに、あの子がいなかった。


「あれ?」

「みゆき? どったの?」

「いや、いまここに女の子いなかった? こんくらいの」


 私は自分の胸あたりに手をかざし、身長を現す。けれど友人はきょとんとして、首をかしげた。


「いや、見てないけど。え、どういう意味?」

「どういうって……」


 私ひとりしかいなかった、と友人が何気なく言った。今度は私が目を丸くする。

 見間違いなはずはなかった。会話もしたし、目も合わせたくらいだ。

 ……あれ。その子は、どんな顔だったのだろう。


「もう、怖いこと言わないでよ」

「うん、ごめん」


 そう言って私と友人は、その踊り場をあとにする。その直後に、チャイムが鳴った。


「あ」


 友人がはっとし、くるりと私に不敵な笑みを向ける。


「早く行くよ、ゆかり」


 そう言って駆け出す友人を見て、私の胸に一抹の不安が撫でた。


「ちょ、ちょっと……」


 ――危ないよ。


 そう言おうとした。けれど、間に合わなかった。


 いまでもその瞬間のことははっきりと覚えている。

 目の前の階段を足取り軽く下りていく友人。チャイムに急かされて駆け下りるその後ろ姿を眺めている私。


 あ、と思った時、友人は足を滑らせバランスを崩していた。


 変てこな体勢になる。短い悲鳴が聞こえると、ふっと友人の姿が消えた。

 鈍い音が連続で響き、最後に何か硬いものがごつんといった。


 廊下は沈黙となった。


「……うわ、うわ……」


 打ち所が悪かったのか、床に這いつくばる友人の頭から赤い液体が広がっていた。大量のそれを目にし、私はその場で固まってしまった。

 声も出せない。足が震えている。


 肩で息をする私の背後で、こんな声がした。


 ――楽しかったね。


 あの女の子の声だった。


 ――また、遊ぼう。


 それがはじめて目にしたときのこと。六年生時に校舎が建て替えられるのだが、そのとき掘り起こされた場所に少女の白骨遺体があったそうだ。


 あの子のものだろうか。成仏、するのだろうか。


 階段の踊り場にはもう何も現われなくなった。けれど私が誰かと仲良くしていると、あの子は現われる。


「ねえあかねちゃん。遊びに来たよ」


 あのときの姿のままで、悪さをする。


 私にではない。私の近くにいる人に。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ