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誰が為の日々  作者: 織田
5/15

可愛い人








 顔を見て可愛いとか可愛くないとか、そういうもので女子を評価するのは気が引けるのだが、やはり彼女は可愛い顔立ちをしている女の子だった。


 学年で彼女を知らない者はいない。訊けばほとんどの人が「ああ、あの可愛らしい子?」なんて答えを返し、男子に至ってはそれに加えて「おれ、あのこ好きなんだよ」なんてことを言ったりする。訊いてないのに。


 そんな注目のまとである彼女、Mと俺は、(はか)らずとも二人きりになった。

 遅刻の反省文をかかされていた俺は教室で一人、居残り。適当に文をでっちあげ、原稿用紙を埋めていると、突如ドアが開いたのだ。

 髪をすこしはねさせて、やや息を上がらせているMだった。顔もすこし紅潮しているみたいだ。うん、可愛い。


「あ……」


 誰かいるとは思わなかったのだろう。数秒入ってきたままの格好で固まり、そしてはっとしたように自分の髪を撫で整えた。

 高嶺(たかね)の花で目の保養の対象。彼女とどうなろうなんて下卑(げび)た考えはない。そんな枯れた精神だからこそ、俺は何ともない調子でMに声をかけた。


「どうした」

「え、ああうん、忘れ物しちゃって」


 なるほど、そりゃ大変。焦って戻ってくるはずだ。

 うむうむと首肯(しゅこう)しながら、Mが自分の席に向かっていくのを眺める。他意はない。ただ何を取りに戻ってきたのかすこし気になった。

 Mは、机の中からシャーペンを取り出した。俺はそれを見て、つい声が漏れた。


「え」

「え?」


 振り返るM。俺がずっと見ているのに気づいて、目を大きくした。


「ええと、なな何かな?」

「ああいや。えらく急いでたみたいだから」

「……?」


 小首をかしげるM。俺は視線を逸らしながら、率直な意見を述べた。


「いやなんつーか。たかがシャーペンのためにそんな焦って戻ってきたのかと思って」

「…………」


 沈黙。

 地雷を踏んだか。たかがシャーペンでも、Mにとっては大切なものかもしれない。いや、ぜったいそうだろ。

 俺は弁解をしようと思った。「言葉足らずだった」と。

 しかし先に口を開いたのはMだった。


「えっ、と。違うの、これはね、大事なシャーペンで。なくしたら嫌だと思って、それでうん、戻ってきて急いで。そしたらたまたまキミがいて……」


 支離滅裂(しりめつれつ)でなにを言っているのか理解するのに時間がかかった。

 要するに、やはりシャーペンは大事なもので、俺がいるとは思わなかった。……俺の存在はあのシャーペンに何ら影響なくないか?


「……そうか」


 よかったなと、伝えておく。


 そして俺は早く帰りなさいと示すように手を振り、反省文に向き直った。刹那とはいえ、悪くない時間だった。明日(ほか)の男子に自慢してやろう。


「……ねえ、何してるの?」


 すぐ横からのMの声。俺は勢いよく身を引いた。


「ああごめん! 驚かせちゃった?」

「いや、まあうん」


 帰らないのか、とう疑問符が浮かぶも、彼女は構わず問うてきた。


「何してるの?」

「……反省文だよ。遅刻の」


 努めて平静を装い、俺は反省文に向かう。しかしちっとも反省の文が浮かばない。隣から香るMの柔らかい匂いがどうにも……


「ひとりで?」

「誰かと書く反省文ってどんな反省文だよ」


 苦笑しながら言うと、Mは笑った。


「確かにそうだね」


 そして、何故か隣の席に腰をおろす。


「帰んないの?」

「え?」

「忘れ物、無事あったんだろ?」


 Mは、何故か顔を赤くした。

 そしてまた早口に言った。


「いやね、ほら、あれだよ。忘れ物は別に、や、そうじゃないくて……。キミがひとりで寂しそうだからね、待っててあげようかと思ってみたりとかうん」

「……ああそう」


 可愛い。


 なかなか勘違いしそうなことを言ってくれる。しかし残念なことに俺は鈍感ではないのだ。

 それゆえにMの言い分も理解でき、そしてそれは本心だということも理解した。

 疑う余地無し。Mは、俺がひとりで寂しそうだから待っててくれる。それ以上でもそれ以下でもない。


「キミ……もしかして迷惑だった?」

「いや、別に」


 恋愛感情はない。可愛いとか可愛くないとかはあるが、俺にとってはそれだけだ。


 Mにとっても、寂しそうだからとかそうでないとかで、人を待ってくれている。

 俺のこと好きなんじゃない? とか、一切思わない。何せMは、


「そういえばキミ、名前なんて言うの?」


 俺の名前すら知ってくれていないのだ。何とまあ可愛いことか。天然ジゴロ此処に在り。




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