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誰が為の日々  作者: 織田
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母の部屋








 部屋を掃除していると、それは見つかった。

 セロハンで修復した痕跡(こんせき)がある(しおり)。そのセロハンも年月を感じさせるほど黄色くなっており、持った感触もよれよれで弱っている。


「これは……」


 見覚えがあった。へたな、イラストなのかどうかもわからないほとんど落書きのようなものが()かれた栞。自分の好きな色である青色を基調とした紙に透明のフィルムをつけただけの粗末(そまつ)代物(しろもの)だ。描いたのは母、だったと思う。


 裏を見ると、ボールペンで達筆な文字。自分の名前と幼稚園の頃のクラスの名前が記載されている。


「まだこんなの使ってたのか」


 幼稚園の頃、自分が母にプレゼントした栞だった。

 不器用な自分はきれいに長方形に紙を切ることができず、イラストも他と比べてお世辞にも上手いとはいえない、ほとんどゴミ同然の紙切れ。幼稚園の送迎バスで、かろうじて完成したこれを眺め、捨ててやろうと考えていたところ、珍しく時間通りに母が待っていたせいで捨てられなかった。


 渋々渡したこれを見て、母はえらく喜んだ様子で自分の頭を撫でてくれた。


 嬉しさ半分と悔しさ半分。他の子よりも、ずっとへたな栞だと自覚していたから。

 だからそのとき「お母さんのものになったけど、使わないでくれ」みたいなことを自分は言った。すると母はきょとんとして「どうして?」と言った。


 口ごもる自分。それからもごもごと「へたくそだから」と告げると、母はまたきょとんとして、やがて微笑んだ。


「そんなことないわ。お母さん、みんなに自慢するからね」


 他意(たい)はないことはわかっていたけれど、当時の自分はどうしてそんなことをするのだと悲しくなり、泣いてしまった。母はそんな自分を見て、おろおろとしていたことを憶えている。


 そんな一幕があって、母は栞を持ち帰った後、自分の望みどおり栞を人前で出すことはなく、自分の前で出すこともなかった。


 それでいいと満足だったのと同時に、ほんの少しだけ寂しかったという記憶がある。けれどそれはほんとうにささやかなもので、時間と共に消え、忘れ去られていった。


 漠然と、捨てられたと思っていたけど、


「母さん、使ってたんだな」


 セロハンとこのよれかた、端の方には深い折り目と(しわ)、そしてこの栞があった場所が、母がつい最近まで読んでいた本に挟まっていたのである。

 捨ててなどいなかった。何十年も前に受け取ったこれを大切にしてくれていたのだ。自分の望みどおり、誰にも見られずに使用してくれていた。


「…………」


 これは、不意打ちだ。


 覚悟はしていた。母の部屋を整理するとなると、何か思いがけない品がひょっこり現われて、自分の心を揺らしにくるであろうと。それを目にしても耐えないといけないと、腹をくくっていたのに。


 しかしこれは、なんというか、予期していなかった。


 まさかこんなくだらないものが出てくるなんて。


 くだらない、ゴミみたいな栞を大事に持って使っていたなんて。


「パパぁ、ママ呼んでる」


「……ああ、すぐ行く」


「……? どうしたのパパ?」


 泣いてるの? と顔を覗きこんでくる娘に、自分は笑いながら「泣いてない」と反発した。

 子どものように、子どもの頃のように。

 その瞬間だけ子どもに戻ったような気がして――。


「ママぁ! パパ泣いてるー」


「泣いてないって。ほら、ママんとこ行くぞ」





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