かくれんぼ
森厳とした神社。遠くの方で声がする。
「もーういいかーい?」
わたしはごそごそと忙しなく周囲を整えながら、「まーだだよ」と呟く。するとほとんど間もなく、また同じ声が辺りに響く。それからしばらく静かになり、ふたたびお馴染みの掛け声が発せられると、今度は別の言葉になった。
「みゆちゃーん! どこー?」
かくれんぼだというのに、その問いかけは無粋ではなかろうか。胸の内で思うも、わたしはその微笑ましい鬼の少年を、茂みからあたたかく見守っていた。
ここから見当違いの方へ走っていく。手水舎の裏をみると、今度は参道から逸れた樹の陰に。唸っているのか、顎に手をやりながら拝殿の方へ。
わたしはそこから少し外れた、末社に続く飛び石脇の茂みに身を隠している。ここにくるには拝殿前で吽形の狛犬へ方向転換し、木々の間へ足を踏み入れなくてはならない。その道程にあるのが落ち葉で隠れた飛び石。
まあ隠れたといっても、大したカモフラージュでもない。それによくここで遊ぶあの少年なら、ここに来るまでもう時間の問題であろう。
案の定、拝殿前から逸れてこちらにやって来た。
落ち葉を踏み、ぱきりと枝を踏み折る乾いた音。近づく気配にわたしの心臓はどきどきと脈打つ。息が荒くなっている気がする。
「みゆちゃーん!」
都合よく、少年は声を発した。わたしはおおよその距離を掴み、また心臓の鼓動を速くする。
さて、そろそろ移動しようか。
そう思った瞬間、わたしの足元でかさりと音がした。落ち葉を握り締めたような音だ。
まずい、と察したときにはすでにもう遅かった。
「みゆちゃん?」
ああ見つかった。当然のことだ、茂みと細い樹を隔てただけなのだから、距離にしてほんの数メートルもない。
「またそこー? みゆちゃんそこに隠れてばっかりだね!」
そうなのだ、みゆちゃんはいつもここに隠れてる。
わたしが頷いていると、幼い足音が一気に近づいた。歩幅の小さな、頼りない足音……。
「みゆちゃんみーつけ――」
樹の陰から茂みの中へ、勢いよく顔を覗きこませた少年。必然、わたしと目が合う。
きょとんと、濡れた目を丸くした愛らしい表情。口をぽかんと開け数秒の空白、やがて視線は何気なく外され、わたしの足元に注がれた。
「……みゆちゃん……?」
名を呼ばれたみゆちゃんは返事をしない。だから代わりに、わたしが答えてあげた。
「まーだだよって、言ったのに」