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誰が為の日々  作者: 織田
12/15

椿が好き








 大学の敷地内で、甘く苦く咲いていた椿の花がぽとりと落ちた。椿がそういう花だとは一般教養として知っていたけれど、思えば、その様を目にする機会となるとわりに少ないのかもしれない。

 首が落ちる、などを連想させることから、あまり縁起のいいものではないらしい。弔いの花や贈りものとしても、絶対に駄目とはいわないが少々気兼ねする。


 それでも僕は、そんな椿という花に惹かれていた。一糸の迷いなく落ちる様子は危なげがあるものの清々しく、山茶花(さざんか)や桜以上に豪華な一輪に思えるのだ。


「わたしも好きだよ。椿。だってほら、ね?」


 僕の隣に立つ女性が、あどけない笑顔を向けてそう言った。「ね?」のあとに続く言葉は、もう何回も聞いている。彼女の名前は高野椿(こうのつばき)という。


 ――だってほら、ね? わたしと同じ名前だし――、ということだ。


「君は? 本当に椿好きなの?」


 僕は眉をひそめた。だからさっきから言ってるじゃないか。


「うん、好きだよ」


 答えると、高野椿は何故か不満げに口を尖らせる。尖らせて、すぐに言葉を添えた。


「椿が好き?」

「うん」

「何が好きって?」

「椿」

「が?」

「が?」

「好き?」

「うん。そう言ってるじゃないか」

「……もういい」


 繰り返しの質問に返した答えが気に食わなかったのか、高野椿は面白くなさそうにそっぽを向いた。僕は首をひねる。


「何でそんな怒ってるの?」


「べっつにー。怒ってませんけどー」


 ちろりと赤い舌を出して行ってしまう。まるでわからない。僕は頭をかいた。すると背後から肩を小突かれる。見ると、立っていたのは旧友のS。いやらしい笑みを浮かべている。


「見てたぜいまの。お前、気づかなかったのか」


 僕は素直に頷いた。そして率直に意見を求める。


「高野さん、何であんな怒ってるの」


 Sは自分の額に手をぱちんとやり、大袈裟に天を仰いだ。


「っかあ! お前さ、ほんとにわかんなかった? 椿ちゃんがお前に言わせたかったこと?」

「言わせたかったこと?」

「そうそ。ほら、会話を思い返してみんしゃい」


 思い返すも何も、いまさっきのことだ。僕はすぐに答えた。


「椿が好きかどうか……?」

「それだっ!」


 Sは指を鳴らした。快活な笑みである。とはいえ、僕はいまだ要領を得ない。何度も好きだと答えただろうに。


「椿ちゃんはお前の口から言わせたかったの」

「椿が好きって?」

「そう」

「何で」

「な、何でって。お前それは……」


 そこでSの声は突如萎んでいく。はてと疑問符を浮かべる僕の後ろから、澄んだ声が飛んできた。


「ちょっとS! 言ったらぶっとばすからね!」


 おお恐い恐いと皮肉っぽく捨て台詞を吐いて、Sは退散していく。その背を見送りながら、僕はちらりと肩越しに高野椿を見た。何だか顔が紅くなっている気がする。


「……何よ」

「何って、別に何もないけど」


 僕だって、鈍いわけじゃない。Sには散々ニブチンだの鈍感だの観音だのとバカにされ続けたけれど(少しは自覚してるし、善処しようとした)、あれだけ教えてもらえればわからないわけがない。


 顔が、熱い気がする。口の中が妙に乾く。胸の辺りがくすぐったい、ぞわぞわする。

 高野椿は、じっと僕の後ろで立っている。僕はまだ正面すら彼女に向けられていない。言うなら、正面を向けるべきだろうか。


 いや、これでいい。僕の目の前には椿の花。恥ずかしそうに赤らんだ椿の花。


 それを見ながら、僕は唾を飲み込んだ。


「……ぼ、僕はね」


 声が出てない。これでは駄目だ。ひゅっと言いを吸い込み、言い直す。


「僕は、椿が好きだよ」


 柔らかな風が前髪を撫でた。その風のせいで目の前にあった椿が、ぽろりと落ちてしまった。

 縁起が悪い。いや、清々しいまである。僕は自然と笑った。

 すると後ろにある椿もくすりと笑い、潜められた声でこう言ったのだ。


「……私も」


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