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誰が為の日々  作者: 織田
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雨宿り

稚拙な文

行き当たりばったり

手探り投稿


――以上をご了承の上、だらだらとお読みくだされば――

















 怖い話を一つ持っている。けれど人前で披露したことは一度もない。理由はする暇が無いというのもあるけれど、やはり誰も信じてくれないだろうという思いからでもある。


 信じられないといえば、雨宿りをする人を見てどう思うだろう。いまどきの人間が雨宿りをすることなんて、人生に何度あるのだろうか。


 いまやコンビニに行けばワンコインで傘が買えるし、車に逃げこんだり、喫茶店にもその選択肢はある。それこそ傘を買いに行ったコンビニで、雨がせめて小降りになればと外を眺めていればいい。傘は別にして、いま言ったことを雨宿りと称すなら、何十回何百回とやってきただろうけれど、僕にはどうもそれらを「雨宿り」として数えるに値しないと思う。


 雨宿りというのはこう、何というか。もっと風情があるというか――。



 ――いまみたいに、廃れた小さなバス停の頼りない屋根の下でじっとするみたいな、そんなイメージが強くある。ドラマや映画の見すぎだろうか。自嘲しながらも、雨宿りをしているなあ、と自覚している自分にすこしだけ酔っていた。


 すると、


「……強い雨ですね」


 時を同じくしてここに身を隠していた一人の女性が、独り言のようにそう呟いた。僕はちらりと横目に彼女を見て、胸中で同意する。


「まさかこんなに降るなんて、傘、やっぱり持てばよかった」


「…………」


「全然止みそうにありませんね」


 雨脚は、女性の言うとおりこれでもかと強く、一向に止む気配がない。少々の雨量なら濡れて帰ってもいいかと開き直れるが、雨と地面にはじける飛沫で白く煙っているほどに視界は悪い。おいそれと出れるような量じゃない。


 もう少し待つことにした。


「ヒッチハイクって、いまどき通用するんでしょうか」


 いまだ独り言の激しい彼女は、いちごのように紅いひかえめな唇を尖らせながら唸った。


「あ、でもここ。さっきから全然車通りません。ヒッチハイクは無理ですね」


「…………」


「いやでももし通ったら停めてみようかしら。気づいてくれるでしょうか」


「……いや、やめといた方がいいと思いますよ」


 独り言にしては妙に視線が合う。それにしゃべりすぎだ。さすがの僕も、応答せざるを得ない。

 彼女は僕を見て、ようやく返事をした、というように目を大きくし、ふっと笑った。


「見えてないのかと思いました」


「すみません、人見知りなもので」


 それに、こんな状況とはいえ見知らぬ男女二人というカップリング。気を遣わないわけがない。

 しかし彼女は平然とした様子で、僕に語りかけてくる。


「そうだったんですか。いや通りで……というのも失礼ですね。でも返事してくれてよかったです。少し心細かったですよ、わたし」


「失礼しました」


「いえ、いいんですけどね。わたしが勝手に話しかけていただけですし。それに大抵の人は無視しますから。いえ、いいんですけどね」


 屋根を叩く雨滴の音が沈黙に滲む。そういう意味では、この強めの雨はありがたかった。

 女性はなお、僕に話しかける。


「雨宿りですか?」


「ええ、まあ」


「こんなところでです?」


「墓参りだったんですよ。知人の」


「ああ、近くにありますもんね。広い墓地。それでこんな田舎に……っと、これも失礼ですね」


 謙虚に苦笑する女性。いまの天気に見合わず、透き通った表情だった。

 質問ばかりされるのも申し訳ない。それにおおかた、僕と二人だけという状況が好ましくないから、せめて重い空気を払おうとしてくれているのだろう。なら僕もそれに乗ることにした。


「あなたは? こんなところで何を?」


「ふふ、けっこう踏み込んだ質問ですね」


 言われてからそうだと顔を赤くする。無粋にもほどがあるではないか。

 しかしこれが功を奏してか、彼女はくすくすと笑いながら、明るい調子で答えてくれた。


「ずっと迎えを待ってるんです。雨は偶然」


「へえ」


 こんな田舎で待ち合わせ……、酔狂な人である。


「そろそろ来る頃だと思うんですけど……あっ!」


 彼女の視線がふと上がり、外へ向けられた。つられて僕も彼女の見ている方へ目を移す。

 煙った雨の景色。その向こうからライトをつけた大型車がやってくる。静かなエンジン音のうえにかぶせるように、水飛沫の音。


 やがてバスは僕たちの前までやっくる。溜息をつくように停車しドアが開かれた。乗客は、いまはいない。


「――あなたもご一緒にいかがです?」


 ステップの途中で振り返った女性は、それはもう快活な笑みを向けて問うてきた。


 僕は一考するふりをして、努めて笑顔で答えた。


「いえ、いまはまだ遠慮しておきます」


 女性は一瞬悲しそうな顔をしたけれど、すぐにまた笑顔に戻り、


「わかりました。――ではまた」


 ドアが閉まる。億劫そうにのろのろと動き出したバスは、独特のガソリンのニオイだけを残し、去っていく。後部座席にはあの女性と思われる後ろ姿と、模糊とした男性の後ろ姿が見えていて、小さくなるそれを僕は見届けた。


 しばらくすると、強かった雨は嘘のように止み、晴れ間が見える。

 なかなか風情のある時間を過ごしたと、僕は満足げに息を漏らした。と、同時にほっと胸をなでおろしたのである。



 ――この話を、誰も信じてくれない。いまどき雨宿りをする人間なんていないだろうと面白おかしく笑われる。

 だからその後の話、彼女と出逢った話をする間もなく早々に話題は変えられ、この体験談をすることがないのだ。


 僕は怖い話を一つ持っている。


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