プロローグ2 「女神セレス」
俺の名前は伊藤新也。
特技はなし。コミュ力が低いのか、彼女もいない。友達は数人ほど。趣味は読書(漫画メイン)、ネットサーフィン。
顔はせめて中の上ぐらい(だと思いたい)で、一応そこそこの大学に入ってはいるが、入れたから入っただけでなりたい職があるわけでもない。
別に世界に絶望する訳でも、希望に溢れて何かに打ち込んでいるわけでもない。普通に大学に通い、のうのうと日々を送っていた。
───送っていた。そう、送っていたのだ。過去形である。
俺は今、真っ白でぼうっと明るい部屋にいる。
どうも目の前の現実(?)の理解に苦しむが、おそらくここがあの世なのだろう。
「あぁ、死んだのか、俺……?」
そうか、そうだよな、やっぱり俺は死んだんだ。
それも、工事現場の鉄柱が落ちてきて、女の子を庇おうとして死んだという、何というか2次元にはよくある死に方だ。
まぁ普通に生きてきた俺にしては少々格好つけすぎた死に方だと思うが、不思議と悪い気はしない。
「始めましてシンヤさん。そうです、あなたは死んでしまったのです。」
突如後ろから声がしたので振り返ってみると、そこには1人の女性がいた。
俺は驚き目を見開く。何故なら彼女は──
「私はセレス、女神セレスです。ここで死者を導く仕事をしています。シンヤさん、あなたは死んでしまい、ここ、『天界』へ送られてたのです。」
彼女はそう、やはり、女神だ。
顔立ちは高校生ぐらいか。だが、長く煌めく金髪に、澄んだ碧眼… およそ人間のものとは思えない。
服は、古代ギリシアの女性服か、一般的なマリア像と同じとでも言えばいいだろうか。白いひらひらした、ザ・女神とでも言うべき装いだ。
加えて、背中に在る美しい翼。頭上に浮かぶ、魔法陣如き光の輪。周りの雰囲気も含めて、全てが彼女の女神らしさを醸し出している。
「あ、あの、えっと…」
とりあえず、こっちからも話そうとする。
俺が助けようとした女の子は無事ですか、とか言いたいことは色々あった。
しかし、女神様が相手だからか、とんでも状況に動揺してるからか、俺にはどうにかして声を上げて一番聞きたいことを聞くのが精一杯だった。
「で、ではセレス様……ここは、ここはどこなんですか?」
声が上擦ってしまった。ま、女性とお付き合いしたこともないし、致し方あるまい。
「あぁ、ここは天界です。死んだ人は、まずここで神に天国行きか地獄行きかを決められたのです。まぁ、今となってはそんなものはないんですがね…。
そんなこんなでシンヤさん、あなたには3つの選択肢があります。1つ目は……」
「え!?ちょ、ちょっと待ってください。急に選択肢とか言われても…、てか、何の選択肢なんですか?それにそんなものはないってどうゆうことなんですか?あの世に天国も地獄もないんですか?」
セレスは穏やかな口調でいきなり話をブッ飛ばした。そんなこんなって何なんだ。
「そんな一度に色々言わないでください。まったく、私は聖徳太子さんではないんですよ?」
「お前に言われたくはない!てか俺1人ですなんけど。いいから説明してください!」
何だろう、このビミョーな女神は。
実は女神ではなく、ただの子供ではないだろうかと思ってしまう。お、そう考えると何か美人でも接しやすい、か?
うーむ、しかし、女神って聖母のようなイメージがあったのだが…何だか残念だ。
「突然キレてしかも女神をお前扱いですかそうですか。別にいいんですけどね。
まぁ、私だから良かったですけど、他の女神だったら怒られてるかもしれませんからね。私は怒りませんけども」
ム…まぁたしかに少々自称とはいえ神様相手に不敬だっただろう。セレスは小言をブツブツと俺に撒いてきている。
しょうがない、少々反省しよう。もう一度温厚な態度で問ってみる。
「とりあえず、どうしてこんなところがあって、天国も地獄がないんですか?どっちも人間の妄想だったんですかね?」
「ムムム…」
「教えてください、セレス様!」
「しょうがないですね、他の女神だったら、お前だとか自称神だとか、そんな風に呼ばれたらこんな簡単に教えはしませんからね?」
まだ少し怒っている、というか拗ねているセレスだが、教えてくれる気になったようだ。
あれ?自称神なんて言ったっけか?思いはしたが。
「私、目の前の人の心くらい読めますよ?神様ですし。あなたの考えていることくらいなら、ぜーんぶお見通しなんですからね!」
……私のような不敬者に教えてくださる気になっていただき、感謝の言葉もございません。
「よろしい。では教えましょう。
──コホン!昔は、天界と天国は女神と手下の天使が住んでいて、地獄は魔王と手下の悪魔や魔物が住んでいたらしいんです。
人間の考えている天国や地獄のようなものもあったんですよね。」
ほう。
「でも、ずーーーーっと前のことなんですが、魔王軍が天国を征服しようとしたらしくて。」
はい。
「で、ゼウス様が被害が拡大しないよう、天国と地獄ごと魔王を封印したから、その二つがくっついてしまっただの何だの……。
まぁ、私は女神の中でも最近生まれたばっかりで、当時のことは何も知らないんですがね。」
…………。
いや、なんていうか、ブッ飛んでる。特に最後。
セレスは人に物事を説明するのが苦手なのだろう。話が一般人にとっては急過ぎて、まるでクソラノベの登場人物紹介並の急展開だ。
「なっ!失礼な!!」
…くっ、心を読まれるのは実に厄介だ…
「あなたが私を敬いさえすれば何も問題ないんですよ!?」
敬っておりますとも。まぁ、要するに天国と地獄は魔神のせいで合体しちゃったんですね?
「うーんと、まぁ、そんな感じで大丈夫です」
雑ぅ…
「うるさいですよ!」
「コホン!なるほど。で、さっき言ってた3つの選択肢っていうのは……?」
「えーっと、今は天国と地獄の境目がありませんからね。
天国か地獄に送るという選択肢はなくて…それで、1つ目は、記憶リセット、生物ランダムで別の世界に転生するか、」
記憶消えても、黒光りするGとかゾウリムシとかは流石にやだなぁ。プライド的にも。
「2つ目は、 天獄が元に戻るまで、何もせずに魂の形でぼーっと待っているか、」
暇そうで嫌だなぁ。…え、合体した天国と地獄にそんな名前付いてたのか?ちょっとかっこいいな。
「3つ目は、魔王を倒しに種族も記憶も今の状態のまま天獄に転移するか、ですね。シンヤさん、あなたはどれを選びますか?」
異世界転生物…!!あるかもとは思ったけど、やっぱいざ実際にあるってなるとオラワクワクすっぞ…!!
しかしいざ魔王と戦おうとなると、やはり危ないだろうし少し怖いな。
「天獄って元に戻るまでどのくらいかかるんですかね?」
「送られた転生者達が魔王を倒すまで封印を解くわけにはいかないのでわかりませんが…約5000年前からずっとあるみたいですよ」
ぬぬぬ、流石にあと何年かかるか分からない状態で魂としてぼーっとしたくはない…暇で死にたくなる。2つ目は選べないな。
「よし。じゃあ3つ目にします。」
危険があるかもしれないが、他の2つよりはずっとマシだろう。そうと決まれば楽しみになってきた…!!
「結構あっさり決めるのですね…わかりました。では、今門を開きますので、少し待っていてください。その間にこちらにサインと必要事項を。」
セレスが驚き顔で契約書兼説明書らしきものを手渡してくる
。まぁ確かにすらっと決断してしまったが…他の2つよりは明らかにマシだろう、人の形で生きれるだけ。
まぁ、とりあえず説明書を。えーっと……
『ゼウス様が魔神を封印した際にできた天獄が少しずつ発展し、魔族の国含め多くの国が存在する』
『魔力適正に応じる魔力を用いて物理法則に反する魔法を使うことができる』
『神や悪魔の話す天獄語が自然と使えるようになるから、会話、文字共に問題なし』
『魔神を倒した者は死後、神となることができる』
ってとこか。まぁ、特に問題はなきだろう。
神になるって餌で魔神討伐を促してる感じか、フムフム。
大雑把過ぎてどんな世界なのかまるでわからないのが少し怖いな。中世風?それともまさかの近未来か?
まぁ、人が暮らしてるならなんでもいいか、大事なのは…
「セレス様、例えばどんな魔法を使うことができるんですか?」
期待しすぎても悲しい結果になったときが厳しいが、やはり気になる。魔法と聞いて心躍ってしまうのは男子、いや人間の性だろう。
「そうですね…魔法には大きく2種類あります。体系化された『魔術』は誰にでも習得すふチャンスがありますよ。『異能』は個人個人が生まれ持つもので、基本的に他人が使うことはできません。」
「なるほど、例えばどんな魔法があるのですか?」
「そうですね…例えば風を操って空を飛ぶ魔法がありますし、ゼウス様の異能である「 権能:全能神」は魔力の許す限りの森羅万象を再現するらしいですよ。あなたの母国くらいならポッと消せると思います。」
おお、ゼウス様凄いな…!!もうこの人(あ、神か)が魔王倒せばいいじゃん。
「ふふーん、でしょう!ゼウス様はすごいのです!
あ、魔神を弱体化してを天獄に封印するには、神も干渉できないほどの力で閉じ込めなければいけなかったそうですよ。
転生者を送り込むのが精一杯みたいです。」
あ、ほーん、さいで。ゼウス様好きなん「尊敬しているのです!」ですね。食い気味である。
なんやかんや慣れ親しんできたセレスと楽しく会話しながら、サインと必要事項を書き記す。
「慣れてきた?…やはり敬いが足りないのでは…?
うーん、まぁいいでしょう。準備が出来ましたよ、天獄接続!……さぁ、この門から旅立ってください!」
ごめんね?拗ねないで?「不敬!!」
そうこうしてる間に、セレスは門を開けていた。門は謎の光に溢れている。いかにも異世界に飛ばされそうな感じの雰囲気だ。
「さて、セレス様、ありがとうございます。」
「はい、異世界生活、頑張ってくださいね。」
「はい!……あぁ、そうだ、もしよろしければ家族と数は少ないですが友人にもよろしく言っておいてください。」
やはりもう顔を合わせることも話すこともできないのだろう。
悲しくはあるが、後ろ髪を引かれてばっかりでは門をくぐることもできない。ここで、せめてものケジメをつけておかなくては。
「……はい、悪いようには致しませんよ、女神なのですから。安心してください。」
セレスはさっきまで怒っていたのに、満面の笑みを返してくれた。美しすぎるその笑顔に不覚にもドキっとしてしまう。
やはり…彼女は女神なのだ。女神のお墨付きなら、少しは心配なく異世界へ旅立てる、そう考え、生前、ないし前世との別離を決意する。
「寂しいかもしれませんが、きっと、大丈夫です。魔族以外は全員が転生者かその子孫ですので、志は皆同じですよ。協力すれば魔王も倒せますとも!あ、それに同郷の方もいらっしゃるはずですよ!」
「そうですか、人と話すのは苦手ですが、日本人がいるのは嬉しいです。まぁ、やれるだけやってみます!」
折角異世界へ旅立つのだ、魔王討伐を夢見てもいいだろう。
神になるかどうかはスケールが大きすぎて決められないが、まぁそれもどうでもいいことだ。魔王討伐など、どうせ殆ど妄想なのだから。
「応援していますよ、シンヤさん。私は天界から視守っています。それでは──行ってらっしゃい!ゼウス神の御加護があらんことを!!」
そうして俺は光に包まれて門の中へ───
あっ!助けた女の子無事か聞くの忘れた!!