プロローグ1 「伊藤新也」
よろしくお願い致します。
俺の名前は伊藤新也。
特技はなし。コミュ力が低いのか、彼女もいない。友達は数人ほど。趣味は読書(漫画メイン)、ネットサーフィン。
顔はせめて中の上ぐらい(だと思いたい)で、一応そこそこの大学に入ってはいるが、入れたから入っただけでなりたい職があるわけでもない。
別に世界に絶望する訳でも、希望に溢れて何かに打ち込んでいるわけでもない。普通に大学に通い、のうのうと日々を送っている。
今日は試験だったが、まぁ別段特別なこともなかった。問題を解けるやつだけ解いて、帰るだけ。
いつも通り、部活へ向かう数少ない友人と手を振って別れ帰路に着く。
ウチの大学で珍しく帰宅部な俺は、1人寂しく石を蹴りながら下校する。
友人にも何か部活入れば?と何度か言われたが、複雑な人間関係は嫌いなんだ。
コーン、コーン、スカッ…あ、蹴るのしくった。次の路傍の石的小石さんやーい、出ておいで〜。
そう言えば、今日の試験は難しかった。
何故専門科目じゃない物理や数学、挙句の果てには大っ嫌いな文系科目を大学に来てまで勉強せねばならないのだろう?
高校の時は受験で要るからと頑張ったが、まだやる必要があるのは納得いかない。
授業も分かりずらいし。あれは教授が言いたいことを言うだけの茶番と言って差し支えないだろう。
単位だけ寄越せ〜。学費返せ〜。世界よ俺のやる気を出しておくれ〜〜。
こんな無意味な呪詛を吐きながらのんびり歩きながら帰宅していると、前から足音がしてくる。それに反応して俯いた顔をふとあげてみると、1人の女の子が前から歩いて来ているのに気付いた。
…中学生かな?懐かしいなぁ。
大学生になって、勉強や試験がかなり難しくなり、趣味に使える時間が減ってしまっていた。
そのため、最近は中学生や小学生に戻りたいと思うこともある。まぁ、もう1回同じ勉強とか受験とかやりたくはないけど…。
それに、働いている大人たちには「大学生か高校生に戻りたい」と思っている人もいて、俺なんてまだまだガキの部類だと考える人が多いのだと思う。
また無益なこと考えてるなぁ、ん、ついさっきは何を考えてただろうか?何だったかなぁ、とか考えたりしている。
さっき考えていたこともどうせ意味の無いことだろう。そんなことを思い出そうとするなんてなんと無益な思考だろうか、とも考えたりする。
ま、どうせいつか死ぬって考えたら全てが無駄になるだろうか?
うーむ、それすらもどうでもいい。
「はぁ、めんどくせぇなーー」
どうせ明日も今日と変わらぬ明日となるのだろう。
口癖になりつつある意味の無いため息をつき、何となく上を見上げると──
「──ッ!」
真上では工事現場から鉄柱が何本か今にも落下しそうにはみ出て──、いや、もう落ちる!?
俺はすぐその場所を離れた。
だか、その女の子が今まさにその場にさしかかろうとしている。
「お、おい!」
女の子はきょとんとした表情でこちらを向く。
ダメだ!気付いてない!!
───ガラガラガラッ…!!
頭上で金属音が響く。鉄柱が落下し始めた。
女の子も気付いたようだ。上を向いた顔が青ざめている。しかし急なことに足がすくんだのか、動こうとしない。
「……クソッ!!」
何故だろう。
俺は、気付いたら走り出していた。誰かも分からない女の子に向かって。
別に人を全く助けない悪人でもないが、こんな時に誰かを身を挺して助けるような人間でもないっていうのに。
頭の中で色んな思考が巡り巡る。
女の子の前ってだけで格好つけたかったのか?
──違う。
女の子を助けることで得られる賞賛が欲しかったのか?
────違う!
自身を犠牲にしてでも人を助ける奉仕精神にでも目覚めたか?
────違う!!
でも、なんで自分の命を無駄にしてまで他人を───
まとまらない思考のまま、鉄柱の落下地点に少しの迷いとともに走っていく。
名も知らぬ少女と目が合う。驚きと、焦燥と、そして恐怖が混ざっているように見える。
「助け……!!」
迷いが吹っ切れた。全力でスピードを上げる。理由はなんでもいい。
ただ、敢えて言うなら、俺が助けたいから助けるだけだ。臭い考え方だろうが、構ってはいられない。
女の子を突きとばす。彼女は後ろへ、鉄柱が落ちて来るであろう範囲の外へ弾き出された。
あぁ、間に合った。
でも、俺は………
「ドッ…!」
背中におかしな衝撃を感じる。
自分の動きや周りの動きをとても遅く感じ、鉄柱が降って来るのがよくわかる。死の間際にはよくあることなのだろうか。
鉄柱に押し潰される。地面にへばりつく。痛くない?
思考が冴えていても、痛覚が麻痺してるの「ヅアァァァァァッッ!!?!?」
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い───ッ!!
やばいヤバいヤバいやばい、瞬間尋常じゃない痛みが一気に押し寄せてきて、意識をもってかれそうになる。
「ゴブッ」
嗚咽とも何ともつかない音と共に口から大量の血が溢れ出す。
あぁ、見たことないほどの血の量だ。この量の血を出して、人間って生きていられるのか?
「……夫ですか…起……くだ、い…」
誰かの声が聞こえる。何かが頬が触れる。
助けた少女、か?頬に触ってくれてるのか?助けられたか?
助けられたなら、それで良かった。俺の行動が無駄じゃなかったことを祈る。
しかし当然、激痛は収まらない。紅に染まった視界が、ぼやけ、狭くなっていく。
手も足も感覚がなく、全く動かすことが出来ない。
耳鳴りも、酷い。何か聞こえる気がするが、もうほとんど何も聞き取れない。
まるで自分の存在が薄くなっていくような…世界から自分が消えていくような…。
ここで死ぬ…のか……。
今まで育ててくれた両親には何も恩返しできていないし、友達にも申し訳が立たない。
あぁ、このまま会えなくなるって考えると、クソ、死にきれない…。
『───!』
……え?今、また何か聞こえたか?
ダメだ、分からない。思考も覚束無くなってきている。
呼吸も既に出来ない。もう何も見えない聞こえない感じない……。死───……
※ ※ ※
『─め─なさ─、あな─、──を───!』
最後の最後に、そんな微かな声が、聞こえた気がした。
そして───俺は死んだ。