8話目 1日ダンジョンマスター体験
本編のシリアスさをガン無視したサブタイトル。
本当は、1日魔王体験にするつもりでした。
「アーデ、どういうことなんだ?」
「…………………」
そんな事、分かるわけがない。異世界にアーデフェルトという少女の身一つで飛ばされたと思ったら、ダンジョンの最深部に俺のマイルームがあった。どうやって説明すれば良いのかも分からないし、俺も理解出来ない。
理解も、したくない。
(戦うのか? ここで、勇者達と………)
出会ってからたったの1日しか経っていない関係で、彼らの人となりはまだよく分からない。
しかしそうだとしても、勇者は仲間を信頼し、仲間も勇者のことを信頼しているのは理解出来た。
でなければ俺みたいなのを連れて来たり、未知のダンジョンを罠の警戒すら最低限に小走りで駆け抜けることなんて出来はしないだろう。
「アーデさん………?」
「レティは隠れてて」
勇者達の間を通り抜け、端に設置された机のコンソールを操作して長机や椅子など、戦闘の邪魔になる物を仕舞っておく。その後ろ姿に、勇者が震えた声で尋ね掛けてきた。
「……君が、ダンジョンマスターなの、か?」
分からない。どうして俺がこの世界に召喚されたのかも、どうしてアーデのマイルームがここにあるのかも。
だが、これだけは分かる。勇者が絶対にダンジョンマスターを倒すと言うのなら、
「………………そうだと、したら?」
「っ! ………なら、君を倒すしか、ない」
苦しそうな表情を浮かべて勇者は長剣を構える。そして、それに倣うようにして仲間達もそれぞれが複雑な表情を見せて剣の鋒をこちらに向けた。やはり、昨日出会ったばかりの少女よりは、長く戦ってきたであろう勇者と共に戦うよな。
ーーーアーデを誰かに傷つけさせる事なんて、絶対にしないさーーー
(自分で傷付けることになるとは皮肉なことだな、勇者。まあ、触れることが出来れば、だがな)
懐から『PvP』とラベルが貼ってある特別なポーションを一つ取り出し、飲み干す。あちらもソフィアがこっそり補助魔法を使ってるしお互い様だろう。
「なら、このアーデフェルトが」
魔導書を再び起動し、無数のページが展開していく様を眺め、そして彼我の差10メートルの位置に立つ勇者とアーニャの体勢が前傾姿勢に移るのが見えた。
「全力で相手する!」
宙に浮かぶページから『風の矢』を放ち、軽々と躱して一瞬で距離を詰めてきた二人の戦士を『詩篇城塞』で迎え撃つ。そして俺は、
ある一つの事を決心した。
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ゲームのキャラクターメイキングは、作った人それぞれの特徴が反映されやすい。
好みの容姿をした異性の姿だったり、己が欲して届くことのない理想の体型だったり、はたまた自分そっくりの似姿だったり。
キャラメイクが面倒で、適当に作ってしまったキャラやランダム生成の場合もあるだろうが、今は関係無いので置いておく。
自分の好みのパーツが無くて、泣く泣く課金したり実装を心待ちにする人もいるかもしれない。
幸いにして俺のやっていたゲームには、その事を心配する必要は無かった。無数にあると言っても過言ではない量のパーツを組み合わせ、何時間も掛けて理想のキャラクターを創り上げた。
そして名前の思い出せないあのゲームは、戦闘スタイルでさえ、人それぞれの戦い方をする事が出来た。強敵を倒す為の解法は、当時でさえ無限ではないのかと言わていた。
一撃の最大火力に浪漫を注ぎ込んだプレイヤーや、「当たらなければどうという事はない」とかで回避特化のキャラだったり、偉大な先人達が膨大な時間を掛けて議論してきたテンプレスキルで戦うプレイヤーも勿論いた。………新しいクラスが出たりするとテンプレもコロコロ変わってたが。
そんな無数の選択肢がある中で、俺が選択したのは「圧倒的な継戦能力」だった。
兎に角死なず、兎に角ボスが倒れるまで延々と攻撃の手を緩めない。
プレイヤーが相手ならひたすら相手の攻撃を凌ぎ、僅かでも相手のHPをジワジワと削り、相手のMPが尽きてまともに戦えなくなったところで絶えず魔法を叩き込む事で勝利する戦い方が好きだった。つまり、
1分に1回、ダメージを受けるリスクを背負って100のダメージを叩き出すプレイスタイルがあるとすれば。
1分に3回、ダメージを全く受けずに33〜34のダメージを与えて戦うのが、俺のスタイルなのだ____
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………視界が狭い。
勇者が神速で駆け抜けながら放つ閃撃と、アーニャの地を砕くかの如き拳打を『詩篇城塞』によって展開されたページが防ぐ光景を眺め、そんな事を思った。
パソコンの画面越しに操作していた時の三人称視点と、実際に体を動かして戦う一人称視点では視野が大きく異なるのは当然だが。
なので『詩篇城塞』による全方位ガードが無ければ、180のレベル差を簡単に覆されて一瞬で終わっていた気がする。背後を確認する第3の目とかそんなスキルは持ってない。
更に勇者やアーニャの攻撃速度は視認するのが難しいほど速いし、こっちの攻撃は自動追尾系の魔法ですら躱されるし。
偶に放つ全方位攻撃が稀にカスったり、『爆雷』の魔法で派手に吹き飛ばされたりしても、ソフィアがすぐに回復して戦線に復帰してしまうし。
勇者とアーニャにダメージが通らないとなると、回復役のソフィアや支援魔法を延々と放っているユグリースを攻撃するしか無いのだが、そうすると俺の目的から大きく離れる事になってしまう。
俺が決めたこの戦いでの目標は、誰も死なない事。
その為に予めPVPポーションを飲んでおいたのだ。絶対に勇者達を殺してしまう事が無いように。
PKはオープンワールドのほぼ全域で禁止されていたゲームだったが、これを飲んだプレイヤーが戦うと、お互いに25%まで削り合う事が可能になる。そしてPKする事なくプレイヤー同士の勝負を可能にした。
PVN、つまりプレイヤーではないモンスターなどと戦っている場合は、この効果が発動しない仕様なのでボス戦の妨害もほとんど起きなかった、気がする。
(この世界はフレンドリーファイアが解禁されてるから、モンスターが迷い込んできて流れ弾に当たったら全員消し飛ぶことになるけどな!)
その時は蘇生アイテムを使えるかどうかの実験をしつつ、生き返らせてから謝ろう。後はマイルームにはモンスターが侵入しないという仕様が生きてる事を願うしかない。
「アーデ‼︎」
「突破できる? この守りを」
おそらく無理だと思う。
『詩篇城塞』はMPを常時消費する代わりに一定値のダメージを完全に無効化する魔法スキルだ。同じLv.250の攻撃ですら7割近いダメージをカットする、魔導師の切り札というか存在意義。
成長によって得られる経験点を可能な限りMPに注ぎ込み、装備もMP増加と自然回復に重点を置いた為、『詩篇城塞』だけを発動した状態ならほぼ永久に、他の補助スキルや攻撃魔法を使っていたとしても、レイドボスを討伐する時間内は常時発動しても火力が疎かになる事もなく戦う事が出来る。
………代わりに、ど派手な火力を出すのは厳しくなっていたが。
そんな鉄壁の防御を突破するのは、普通なら絶対に出来ない。しかし、今目の前にいるのは勇者だ。
あらゆる不条理を跳ね除け、敵対した相手にとってはあまりにも理不尽な力で障害を突破する、主人公の代表格。力尽きて動けなくなる前に何かしら手を打ってくる可能性は高い。
警戒すべきは勇者が手に持つ長剣だろう。きっとあれは聖剣で、剣の先からビームが放たれるに違いない。
「無理。諦めて」
「っ、そんなこと、出来ないさ!」
勇者が斬りつけたページに魔力が通り、起爆する。『爆雷』のスキルは、こちらを攻撃すればダメージを受けるのに加えて大きく吹き飛ばす効果がある。
『風槌』と合わせて使う事で、近接格闘を拒否する優秀なスキルなので愛用していたり。
「何故?」
「どうしても、さ!」
何度も吹き飛ばされ、壁に叩き付けられても構わずに立ち上がる勇者に問い掛けてみたが、よく分からない答えが返ってきた。というか、答えになってないな。
「そんな悲しそうな顔をしてる子を前にして、膝を付くことなんて絶対にお断りだよ」
………そんな表情をしてたのか、俺は。
口元を触れてみると、若干強張っている気がした。口を開閉して解すついでに、眉間を捏ねくり回す。
「まだ僕らは負けてない。君を倒すまでは、諦められないからね」
勇者だけでなく、既にボロボロのアーニャも、ひたすら二人の治癒に魔力を回すソフィアさんも、補助に徹して二人の受けるダメージを抑えているユグリースお爺さんも、何も出来ずに悔しそうな表情を浮かべるレティシアも、誰も絶望の表情は浮かべていなかった。
「………そうか」
挑発なのは分かってはいたが、それでも敢えて『詩篇城塞』による守りを解除する。だが引き籠っていては絶対に彼らは諦めないことがよく分かった。
真っ向から、叩き潰す。それがこの戦いで彼らに送ることの出来る、最大の敬意だ。
「『覇王物語』。次で、終わらせる」
魔導書のページを全て攻撃に回すことで、瞬間的な火力としては俺が保有するスキルの中で最強の攻撃力を誇る『覇王物語』。
これで全員気絶させられなかったら諦めよう。逃げるか勇者に殺されてやるかは……まあその時に決めるか。
本のページは細く引き絞られ、矢のように鋭く尖ると同時に魔力を帯び始める。本来ならば一本一本が勇者達を殺めるのに十分な攻撃力を秘めているが、ポーションの効果が残っている今なら、おそらく気絶するだけで済むだろう。
(まだ、何かするつもりか)
勇者達は何か連携を取る為か、目配せをして小声で作戦を共有していた。一体どのようにしてこちらの攻撃を防ぎきるのか、好奇心が首をもたげる。
「準備は出来た? なら、これで終わり」
勇者達の会話が終わったのを見計らい、魔導書に発射の指令を出す。おそらく千は超えるであろう魔力を帯びた矢が次々と勇者達の元へと殺到し、彼らを真正面から叩き潰す尖兵となる。
「主神の慈悲をここに! 『戦女神の神盾』!」
「大賢者として接続。『世界樹の祝福』‼︎」
「行くぜぇぇっ‼︎!」
ソフィアとユグリースは、おそらくそれぞれが保有する中で最強の守りをアーニャに使い、その守りによって矢の豪雨の中をただひたすらに駆け抜けて迫ってくる。
「………っ!」
圧倒的な火力の前にたった1秒で砕け散った二つの防御魔法だったが、その1秒でアーニャは彼我の差残り5メートルの位置にまで詰め、耐え切れずに矢の猛威に攫われて吹き飛ばされた。
「まだだっ‼︎」
「っ、やっぱりか………!」
その背後から隠れるようにして走ってきた勇者が、輝きに包まれた長剣を振るって光刃を放ってきた。そういうタイプの聖剣だったか。
しかしそれは伏せた俺の頭の上をギリギリで通り抜け、背後の壁で爆散した。此処まで来て外すとは、詰めが甘い。
「これで終わり………え?」
勝ちを確信し、振り抜いた姿勢で固まっている勇者に矢を放とうとしてーーー気が付く。
(んな、さっきの光刃が吹き飛ばしたのか⁉︎)
先程まで放っていたページの矢が、勇者の振り抜きによる剣圧でバラバラに吹き飛ばされていた。攻撃スキルに対して直接攻撃で干渉してくることなど、ゲームの時には出来なかったので一瞬思考が止まりかけた。
「はあああぁぁぁあああっ‼︎!」
「このっ!」
ギィンッ!
勇者はその隙を逃さず残り5メートルの距離を詰め、僅かに始動の遅れた俺はそれでも傍の魔導書から直接長剣を抜き放ち、振るわれた聖剣をギリギリで弾く。
「くっ!」
初めて剣を振るった所為で重心がふらつくし、後ろに少しよろめいてしまった。しかしこれでページの矢が戻って来る時間は何とか稼げた。
冷や汗を掻きながらも一斉に矢を放とうとしてーーーすぐ目の前まで接近してきていたレティシアと目が合った。
(は…………ぁ⁉︎ 殺しちゃ……う?)
まさかレベルの低いレティシアまで参戦してくるとは思わず、ビクリと反射的に体が固まってしまう。更にはレベルに関係なく25%までしか削れない状態なのを一瞬忘れてしまい、思わずページへの指令を躊躇ってしまった。
「やあっ!」
肩に向かって放たれた細剣の刺突が痛そうだったので、無理に体を捻って躱し、何とか尻餅をつくだけに留める。だが、
「っ!」
「おおおぉぉおおおーーー‼︎!」
転倒した体勢では何が出来るわけでもなく、勇者が剣を振り翳す光景に、反射的に目を瞑って握っていた剣を翳す。
(………………うん?)
カチャリ。
しかしいつまで経っても激しい衝撃が体を襲う事はなかった。代わりに剣を握っていた左腕の手首に、何か冷たいものがくっ付いた感触がする。
「………え?」
恐る恐る目を開いて見ると、勇者が俺の左手首に金の腕輪のような物を取り付けていた。
そして腕輪に刻まれた紋様が輝き出すと、体から溢れ出していた魔力の大半が、その腕輪へと吸い込まれていく。
自由自在に動き回っていたページが魔導書に次々と戻っていき、全てのページが回収されるのと同時に宙に浮いていた魔導書もゴトリ、と無造作に落下した。
その光景の意味が分からず、呆然と座り込んでいると、ボロボロの勇者が笑顔を浮かべて俺に告げた。
「僕らの勝ち、だ。アーデ」
………え?
自分から最強の守りを捨てて負けていくスタイル。
何故かと言われたら……男の意地のぶつかり合いだから、でしょうか?
次回予告、
わー魔力が使えなくなったアーデじゃ勇者に抵抗できないなーこのままだと好き勝手に体を弄ばれても抵抗できないなー(棒