64話目 不浄の地
年一更新(白目)。
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天幕でのやり取りからおよそ一時間。ハドヌスの陣地を発った俺ことアーデとエイドリック、そして不死者討伐部隊の三十余騎は、河川を越えて南下。時を置かずウラジハ部族が遊牧に利用する草原一帯に踏み入れていた。
……いくら何でも速すぎる。指揮所を出て仮の寝床に戻り、相変わらず不機嫌なグニラ婆さんに出立の挨拶を交わして再び外に出てみれば、既に軍装を整えた騎馬部隊が整然と並んでおり、乗馬経験がほぼ皆無なアーデに軽い教練を施し、支障なしと判断すると即座に行軍を開始したのだ。
聞けば、今回のような高速での部隊展開は然程珍しくもないとか。というより、エイドを迎え入れた際に布陣していた数千名の戦士達もあの茶番のためだけに呼ばれ、その後は元々所属している部族の下へと戻っていったらしい。教練込みとはいえ、輜重やら何やらもタダではないだろうに贅沢な用兵だと思う。
この三十騎からなる騎馬隊も、その大半がウラジハ部族から抽出された戦士達で構成されている。要は出戻りである。道理で輜重は控えめに素早く準備を終え、地理(道と呼べるような整備された街道は無く、だだっ広い草原を駆け抜けるだけだ)にも明るく最短距離で突き進める訳だ。
そんな集団の中で十騎の手勢を率いる部隊長に任命されたエイドリックだが、出立前の僅かな時間で借り物の騎馬を難なく乗りこなし、始めは胡乱げに彼を見ていた部下を試しの一振りで瞬く間に心酔させている。あまつさえ、臨時加入でどうしても目立つ練度不足による連携の拙さも、行軍中でありながら他の部隊長と共に隊列の変更を繰り返すことで、短時間で部隊の足並みを見事なものに整えてみせた。
素人目でも部隊指揮官としての性能の高さが窺える。ゼルドラが口にした「第一の騎士」とやらも伊達ではないらしい。
(にしても馬か。乗馬の経験は……子供の乗馬体験会とかそんなレベルでしかなかったが、この子は賢いな。指示をしっかり聞いてくれる)
そんな評価を下した俺はといえば、最後尾で白毛の小柄な馬に乗って部隊の後を追っている。ハドヌスの部族が所有する中で一番大人しい馬だそうで、乗馬の経験など皆無といっていいアーデを背中に乗せても特に気を悪くせず、素直に走ってくれるのは正直助かった。兵士達に乗馬のさわりを教わっただけで止まれと進め、左右への方向転換を難なくこなせるようになったのだから、未熟な乗り手に慣れた馬なのだろう。
ちなみにピー子は、陸路での遠征行ということもあり、また召喚・送還で悪目立ちするのを避けるため、実体化させたままハドヌスの騎竜舎に預けてある。珍しい鷲獅子の乗騎に碌でもない連中がちょっかいを掛ける懸念はあるが、ゼルドラが総司令官として責任を持つと請け負ったのでそれを信じることにした。少なくともこのようなところで不義理をするような輩ではないのは、あの短い応答の中で何となく感じ取れた。
(まあやられたら……その時だな)
少々よろしくない想像をしつつ、草原を駆け、時に小休止を挟みつつ更に二時間半。相変わらず霧で見通しは悪く、景色も代わり映えしないが、──不浄の地が存在するエリアに辿り着いたのだと確信する。
別にあるはずもないマップの境目を感知したわけではない。しかしはっきりと、異様な空気……どころかこれは最早異臭だ。既に討伐隊は、鼻につく刺激臭と饐えた臭いが平原の風に逆らい滞留する異常な空間に足を踏み入れていた。
それと時を同じくして、馬勢を緩めて討伐隊の隊列から離れた二騎が俺の両隣を挟んで護衛するような位置につけると、その内の一人が口を開いた。
「エイドリック卿からの命令で、貴女を護衛するようにと」
「……よろしく」
必要かどうかは別として、まあエイドの善意からの取り計らいをわざわざ無碍にする理由もない。素直に頷いておくと、騎兵の二人は何やら露骨にホッとしたような表情を浮かべてみせた。まるで、怖い上司の不興を買わなくて済んだことに安堵したようなこの態度、……これ、グニラ婆さんと似たような扱いを受けてないだろうか? 極めて心外なんだが?
「(アーデさん、昨日のかましは見事に決まったみたいですねぇ! 見てください兵隊さん達の怯えっぷり! まるで魔王ですね!)」
やかましい。この世界じゃガチで魔王もいるらしいから冗談になってないが。
いつもの如く襟の中から嘯く妖精は無視して、若干距離が離れ始めた騎馬隊の更に向こう側を注視する。
(──あの沼が臭いの原因か…….)
窪地に溜まった黒い泥濘。その周辺の草地は全て枯死し、剥き出しの地面は紫に変色して毒々しい色の煙を噴き上げている。まさしく「不浄の地」という名に違わない禍々しい光景だ。
その沼から、徐に荒れた地面から次々と泥の塊が持ち上がり、泥が流れ落ちた後にはヒト、の形をしたナニかが残る。泥で視認性は悪いが、布のようなものや金属製の装備を纏っているように見える。とはいえ想像通りというべきか、あんなものに潜んでいた存在が真っ当なものである筈もない。身は腐り果て、個体によっては骨までもが露出し、生命を冒涜する摂理で動く死体とあれば、まさしくアンデットと称するに相応しい造形だった。
「……多いな」
窪地の上、全体を俯瞰する位置から見渡す黒い沼地はほぼ全てが不死者によって埋め尽くされ、近くでは圧迫感を覚えたはずの三十の騎馬からなる部隊が、その群れの前では酷く頼りない小勢の集団に見えてしまう。
「ええ、およそ二百匹前後でしょう。ですがあれで打ち止めというわけではなく、時間が経てば更に湧いて出てきますよ。前回の討伐作戦では、鎮静化するまで四百程度を撃破する必要がありました。……お、始まりましたね」
俺の独り言を耳聡く拾い上げた護衛の兵士はまだ若干声が固いものの、それでもスラスラと答えてみせる。
三十対四百。数字だけ見れば圧倒的に不利な状況だが、兵士の態度は悲壮さとは程遠く、余裕すら感じさせるものだ。それもそうだろう。数倍に留まらない戦力差があるアンデットの大群に対し真正面から斬り込んだ騎馬隊は、不死者共を蹂躙し、群れを文字通り切り裂き駆け抜けてみせたのだから。
騎士達が振るう馬上槍がアンデットの肉体を貫き砕き、軍馬の蹄鉄が残骸を轢き潰す。跳ねる泥飛沫よりも高い位置へと肉片が舞い、部隊が通り過ぎた後の空隙はすぐさま新たなアンデットで埋め尽くされる。
ただ、その包囲は騎馬隊を数で押し潰すにはあまりにも脆弱だった。部隊は勢いを落とすことなく沼の向こう側まで渡り切り、一度大きく距離を取って再度突撃の準備に取り掛かっている。
(文字通り鎧袖一触か。これは……下手に手出しすると邪魔しかねないか)
二度目の騎馬突撃でも同様の結果が齎され、アンデットの群れは目に見えて数を減らしていた。
生命の理から逸脱した不死者の再生力が、エイド達の殲滅速度に押し負けているのだ。アンデットの腐った身体は騎士達が手にした長槍によって尽く土塊に還され、一方で動きの鈍い不死者の爪や歯は騎馬隊の勢いの前に届かず弾け飛ぶ。アンデットの腐り果てた肉体があまりにも脆すぎて、大群の利を活かせていない。
これなら全滅させるのに一時間も掛からないんじゃないか? と不用意にフラグ染みた考えを浮かべたのが悪かったのか、窪地を挟んで向こう側の丘陵から黒い靄が立ち昇る光景を目にする。
「あれはまさか、不浄の地が発生して……このような時に……?」
隣に佇む兵士達も不死者の増援は予想外のことだったのか、沼地の群れと同等程度の新手が稜線から次々と現れる光景に酷く動揺している。
戦闘中の部隊はまだ気付いた様子はないが、幸か不幸か騎乗突撃の進行方向が不死者の増援から離れる位置取りだったため、出会い頭に乱戦に持ち込まれる可能性は低そうだ。
これは……負けはなくても被害は出てしまうのではないか。どれほど鍛えていても、馬も人も生きている以上は限界がある。体力が残っているうちにアンデットの殲滅が怪しくなってきた以上は早めに手を打つか。
(傍観してる場合じゃないな)
「……? 薬師殿、何を?」
「アレに合流されると手間だろう。自分が受け持つ」
「ええ? しかしあの数は流石に……」
困惑する兵士を尻目に、鞍の固定ホルダーで保持していた錫杖を片手に構え、この戦場に相応しいスキル選びのため暫し黙考する。
敵はアンデットであるから当然光属性のスキルは効果覿面だろう。何なら『彗星光条』でも使えば浄化とか関係なしに塵も残さず消滅させられるだろうが、あれは魔導書を介さずに使うとエフェクトがド派手で間違いなく悪目立ちするし、射線の都合から騎馬隊の頭上を閃光で薙ぎ払うことになる。人は兎も角、馬が恐慌を来してしまい戦闘に支障が出る可能性がないとは言い切れないので、『彗星光条』の使用は躊躇われる。しかしこの理屈でいくと、自分が習得している光属性のスキルはどれも派手なものばかりで、使用が憚られてしまう。
そうした判断から、アーデは自身が光属性のスキルと同程度に得手とする、風属性のスキルを選択した。
錫杖に魔力を注ぎ込めば、錫杖の穂先の円環より靡く組紐の数本を触媒として、魔力が増幅される。この杖の性能としては単純なスキル火力の増加、射程の延長だけだが、複雑なギミック攻略が必要ない殲滅戦ならこれで十分。七彩に煌めく錫杖で狙いを定め、起句を口にする。
「『風霊の荒嵐斧』」
魔力によって圧縮した颶風が現出し、目標地点に投射される。その瞬間、遠く離れた大群の中心部で無色の鉄槌が炸裂し、不死者の脆い肉体をミキサーの如く切り刻み細かな肉片へと変えていく。
(うわ、グロい)
遠目故に凄惨な光景を直視せずに済んだが、それでも人体がバラバラになって千切れ飛ぶ惨状は中々クるものがある。ただ直撃させた甲斐あって丘上の増援は壊滅状態だ。動く亡骸は数えられる程度まで減り、あれが合流しても戦況に与える影響はほぼないと言っていいだろう。
「凄まじいですな……」
不死者の動向を固唾を呑んで見守っていた兵士が、そうぽつりと呟いた。まあ騎馬隊が突撃を幾度となく繰り返すことで削っていたアンデットの大群が、一撃で消し飛んだらそんな感想にもなるだろう。ただ、魔導師と騎馬隊では果たすべき役割が一切異なるから、単純な殲滅力だけで比べるものではないとも思う。
「残りも片付けるけど、問題はない?」
「ええ、むしろお手を煩わせてしまい申し訳ありません。不浄の地がこの狭い範囲に、アンデットと呼応する形で現出するなど初めてのことで。もしも貴女のお力添えがなければ犠牲者が出ていたでしょう」
それでも死者が出るか出ないかの被害か。あの脆さと鈍重さでは、たとえ数十倍の数がいてもその程度で片付けられると。
「ちなみに、飛び道具を使わないのは?」
「ここにいる者は皆弓の心得を持ち合わせていますが、アンデットに対して刺突での攻撃は効果が薄いのであまり使われません。頭の何処かにある小さな核を射抜くより、頭と胴を切り離すか徹底的に肉体を破壊すれば事足りますから。
エルフ族が扱うという魔力を宿した矢弾であれば覿面に効くという話ですが……」
成程。確かに腐った肉体に幾ら矢が刺さろうが、相手が既に死んでいては怯まず死なずで効果が薄い。アウトレンジから頭の核とやらを射抜くために矢弾を増やせば手間もコストも掛かり過ぎると。怪我人を出さずに狩り尽くせるなら、わざわざ飛び道具に拘る必要もない。エルフの武器に関しては今度サクにでも聞いてみるか。
そんな他愛もない話の間にもう一度『風霊の荒嵐斧』を叩き込み、じわじわと増え始めていたアンデットを再度消滅させる。数だけいても、というか数だけが頼りの相手は一番のお得意様だ。それと、兵士の反応を見ても過剰に驚いたり怯えられていない。この規模の範囲スキルなら悪目立ちする心配もないと。これ以上変な縛りが付けられても面倒なだけだし、いつも使うスキルまで封印せずに済んで良かった。
「我々の方も終わったようです。参りましょうか」
兵士の宣言通り、騎馬隊は程なくして大元のアンデットの掃討を終えて、後始末を始めていた。偵察の為か数名の騎兵が部隊を離れ、その他の兵士達は黒い沼から離れた位置で、思い思いに愛馬と共に身体を休めている。丘を登ってきた兵士の一人とすれ違いつつ、エイドを含む指揮官達の下へと辿り着けば、それぞれ違った表情を顔に浮かべた彼らの視線が自分に集中する。
「アンデットの増援を蹴散らしたあの暴風、貴公の仕業で?」
まず始めに口を開いたのは、ゼルドラにサーディオと呼ばれていた、部隊全体を統率する壮年の指揮官だった。護衛の兵士に見られていたし、今更すっとぼける話でもないから素直に頷けば、眉間に皺を寄せて溜息を吐かれた。解せない。
「ああいや、失礼しました。ゼルドラ卿から『あてになるよ』とは聞かされておりましたが、まさかアンデット共の始末までお力添えをいただけるとは思わず。あの規模の群れをたった一人で一蹴してのけた魔導の極致に、ただただ感服したのです。魔法使い殿」
フードの陰から覗く顰めっ面でも見えたのか、少し慌てたような態度で弁明する指揮官。ここまで腰を低くされるとむしろやり辛いし、怯えられるのも心外だ。軽く肩を竦めて首を縦に振っておく。
「私はあくまで薬師としてここに来ている。手を貸したのは気紛れだし、恩に着せるつもりもない。アンデットを片付け邪魔が入らなくなったなら、さっさとこちらの仕事を始めるが?」
「は、ではこちらに」
指揮官に促され、不浄の地と草原のちょうど境目の辺りで足を止める。遠くから見ていた時はただのドス黒い土だと思っていたが、近場で見ると焦茶の土の上に、薄く水が張ってあることに気付く。
その水は僅かに黒ずみ、更には腐臭を発していた。俺と同様に側まで寄っていたエイド達からも呻き声が上がり、辟易とした表情を顔に浮かべて後退った。あの様子だとここから離れても臭いがこびり付いてそうだ。
かくいう自分は、魔力で編まれた外套で身体全体を隠しているから腐乱臭は移らない。とはいえいつまでも悪臭に晒される理由もなく、何よりこのままだと鼻がバカになる。こんな惨状で勿体ぶる必要もないためさっさとスキルを使った。
「『浄光』」
短く唱えた呪文と同時に魔法陣が不浄の地全体を覆い尽くす。そこから溢れた小さな光芒が、ドス黒く、泥濘のような物理的な質感さえ得ていた不浄の地の水面に零れ落ちると、その闇色は緩やかに溶き解され、水底まで見通せる清らかな泉の姿を取り戻した。
地味に『浄光』がゲームだった頃の様な即時的な効果の適用から漸次的なものに変わってしまっているが、誤差の範囲だろう。むしろ派手なエフェクトの方が視認性が悪い関係から微妙に厄介かもしれない。
(……底の方に何かあるな?)
ふと、水面の陽光の照り返しとは異なる輝きがちらついた気がして泉を覗き込む。それは一つではなく、複数の何かが水底に沈んでいるように見えた。
「おお……。む? あれは、……槍か?」
かつての姿を取り戻したであろう泉を前にして、感嘆の声を口々に漏らしていた騎士達も「それ」に気が付いた。俺とそのスキルに向けられた視線も、サーディオの呟きを皮切りに透明度を取り戻した水面の先、泉の底で鈍い輝きを放つ金属質の人工的な塊に移っていく。
「隊長、確認して参ります」
集まっていた騎士の一人が徐に装備をその場に投げ捨て、身軽な格好で泉に飛び込んだ。さっきまでアンデットが湧いて出るようなヤバい沼だったのによくもまあ躊躇なく飛び込めるなぁという呆れと、「仕事」に関しては相当信頼されているらしいことに複雑な胸中を秘めて見守るしかない。不測の事態であの騎士に何らかの危険が及ぶ場合を考え、一応スキルで引き揚げる用意はしておく。
元の姿を取り戻した泉の水深は、成人男性の身長よりも少し深い程度だった。呪いが実体を得て、騎馬やら大人数で乗り込んでも易々とは沈まない密度を持っていた事実にゾッとする。カタチを持たない筈の怨嗟が実体を得た結果としての泥。よくもまあ騎士や馬に悪影響が及んでいないものだ。
兎も角、飛び込んだ騎士の全身が水中に隠れ暫し待つこと数秒、無事に水面から顔を出した彼はその手で掴んでいた長物を岸で待機していた同僚に渡すと再び潜っていった。やはり金属製の何かは複数個底に沈んでいたらしく、様々な形状のものを引き揚げては残った騎士達が草原に並べていく。
「これはディアンナにある鍛冶屋の銘が刻まれているな。こちらも、……どれも高級品とは呼べない、鋳造されたものだが」
「鎖帷子も似たようなものです。出処を探れるやもと思いましたが、そう上手くはいきませんね。どれも一般に流通している大量生産品ですよ」
引き揚げられた武具やら防具を検分していた騎士達の渋い表情からして、成果はあまり芳しくないらしい。つまり腐らずに遺った金属系装備は生前の持ち物で、そこからどこが出処の死体か探る腹積りだったということらしい。上手くいかなかったようだが。
「重ね重ね感謝する。貴公のお陰で大規模な屍人の巣を潰せたのは大きい。これ程のアンデットを産み落とす不浄の地を消し去れたのだから、暫くは奴らの活動も沈静化するでしょうな」
サーディオが率直に喜んでいる様を見るに、彼らにとって本当に厄介な悩みの種だったのだろう。顔を隠し、素性の知れない怪しい奴が問題を解決しても気にならない程に。
とはいえ、たかだか一つ消滅させて鼻を高くするわけにもいかない。とこのだだっ広い草原の至る所で不浄の地は発生しているわけで、正直達成感は全くない。この件に関しては自分一人で解決できる範疇を超えている可能性さえある。
「ここだけを清浄化しても、また別の場所に不浄の地が生じればそこを媒介に『感染る』。何かそれを阻止する対策が必要、な筈」
「……この異常の根本を断つ魔法はありませぬか。もしくは拡散を防ぐ手立て等も」
「そんな都合の良いものはない。断つにしても病巣の位置が分からなくては手の打ちようがないし、あなたのいうそれは最早聖域化だ。聖女にでも頼むと良い」
いるのか知らないが。勇者がいて、剣姫なんて称号を持つ少女がいるのだから、いてもおかしくないが。
(……それに、多分ここも完全には浄化できてないな)
瞑目して唸る騎士を余所に、手にしていた錫杖の石突を水面にそっと浸ける。そして普段リリィの身体を診ている時の要領で、錫杖から魔力によって構築した感覚肢──触肢を泉全体に広げ、泉を形成する湧水の出処を探す。
目視できる泉の水底より更に深く、地下水を経由し僅かな残滓を残した穢れを辿り──そして「ソレ」に触れた。
悍ましい怨嗟の声で満たされた呪いの汚泥。不浄の地を構成するその源流に触れ、魔力の触肢との接続を即座に切り離すも少しばかり遅かった。頭から冷水を浴びせられたような悪寒に身を震わせ、顔を顰める。
(ゔ、ぁ。……くそ、何度経験してもキツいなこれ)
剥き出しの神経を無造作に触れられるかの如く、精神を直接蝕む苦痛には到底慣れそうにない。しかし、これで予想通り今回使ったスキルが場当たり的な対処にしかならないことも確認できた。
今日明日で不浄の地が元通り、不死者が湧き出した。とはならないだろうが、呪いの供給を断たなければいつまでも後手に回る羽目になるだろう。
改めてサーディオ騎馬隊隊長に向き直り、正対してその目を見据えて口を開く。
「少なくとも、呪いの源泉を見つけなくては手の打ちようがない。このだだっ広い平原から探すとなると……」
「──我々の役目でしょうな。薬師殿、以降の方針については総司令官に報告し、軍議により決まるでしょう。しかし今日のところはウラジハの集落で人馬を休め、日を改めて本隊に帰還したく思いますが、よろしいか?」
もとよりこの部隊全体の指揮を執っているのは目の前の隊長なのだ。部隊指揮の知識を持たない自分に異論などある筈がない。
こうしてまだ日も降りきらない内に任務を終えた討伐部隊は泉の畔を後にすると、ウラジハの部族が待つ集落へと移動を再開したのだった。




