63話目 無償の依頼
前回の投稿が平成という事実にたまげました。
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「朗報だよエイドリック卿。つい先程、王都の状況を探らせていた密偵が戻ってきた。もちろん、第一王女とその近辺の情報も持ち帰ってね」
「――――っ!!」
野営地の全てを覆い隠す濃い霧が漂う明け方。俺ことアーデと騎竜騎士エイドリックは、総司令官であるゼルドラに部隊長クラスの面子が集う陣幕内へと招かれた。ただ、俺のような単なる客人に口を挟ませるつもりはないらしく、ゼルドラと相対するエイドリックの後方、隅に置かれた椅子に座らされている。対応としては至極当然な話だし、むしろ寝起きで立ちっぱなしは正直辛いものがある。何故自分まで呼ばれたかはわからないが、今はありがたくその恩恵を享受しておく。
「王都ディアンナで起きた小規模な暴動だが、ディーリス王の近衛騎士が直々に出動したことで鎮静化した。元々偶発的に起きた小競り合いだ。王都の混乱はそこまでのものではないと見て間違いない。
――しかし、これでレーフェン将軍が王都を留守にする可能性は皆無に等しくなったな。エルヴァー卿、君の見立ては如何か」
「は。ディアンナでは既に召集命令が出された竜騎士の配置転換が始まっていると見て間違いないでしょう。現に、南西部の国境に配備されていた部隊の一部、後詰の騎士団が移動を開始しております。まあ我々が抜けた穴を埋める為でもありましょうが、地方の乏しい騎竜兵で欠員を埋めるのは難しいでしょうな」
ゼルドラの副官と思わしき中年の士官はさらっと告げたが、国軍の一部隊の過半が離反したとか大問題ではないのだろうか。それも希少性が高く戦略的な価値を有する騎竜兵ともなれば尚更である。
最低でも反逆罪。最悪の場合……いや結局反逆罪か。何にせよ、血を見ずに収まるような話じゃない。
渦中の人であるエイドリックはこの事態を知っていたのかと横顔を覗き見るが、特に驚いた風もなく机上の地図に視線を落とし、思慮に耽っている。元から知り得ていた、というよりエイドの抱えている事情自体がこの騒動から派生したものなのだろう。
(まあ、エイドが難色を示さない内は口の出しようがない。公爵には反体制派を潰せとか言われたが……、無視だ無視。火薬の上で火遊びなんて誰がするかよ)
山積みの書類に埋もれて澄まし顔を浮かべているであろうイルデイン公爵に内心で毒づいていると、陣幕の外が何やら騒がしくなり、暫し後に入り口の警護に当たっていた兵士のひとりが幕内へ入り跪いた。
「軍議の途中に失礼します。川の南東を巡回していた斥候から不死者を複数体見掛けたとの報告が上がりました。発見位置はウラジハ家が遊牧する一帯に近く、規模と進路によっては家畜に被害が出るとして家長から討伐の要請状も届いております」
兵士の報告に、ゼルドラや他の士官達は一斉に顔を顰めたり溜め息を吐いて地図に視線を落とした。彼らは皆驚いてはいないが、実に面倒な厄介事だと言わんばかりに愚痴混じりの会話が交わされている。
「ついにグレイゾル殿のところでも湧いたか。……あの場所はこの辺りでも特に肥沃な土地であるし獣も少ない。それに、この大事な時期に後方を死人どもに脅かされるのは不愉快だ。早急に兵を派遣しなくてはならないな。
……しかし最近は特に多い。いくら不浄の地を埋めても知らぬ内に穴が開いてはな。一体どこから湧いて出てくるのやら」
「まったくです。しかも奴らは穢れの塊のようなもの。兵達が始末をしくじるとたちどころに病が広がるとなれば、腕利きの手勢を駆り出さなければならないのも痛い話です」
不死者。俺の脳裏にあの異形の肉塊、カースキマイラの姿が思い起こされた。
無惨にも使い捨てられた人の肉体が融けて重なり、形造られた狂気の怪物。死体を素体として使っていたあれも、分類としては不死者だった筈だ。流石にあの醜悪な肉塊が此処でも徘徊しているとは思えないが、あれと近しいものが「いる」と聞いただけで背中に怖気が走る。
「不死者だと? 旅立つ前も、巡回任務の際もそんな話は聞いた覚えがない。それはつい最近湧いて出始めたものなのか?」
無意識に身体をかき抱く俺の横で、その報告を聞いたエイドが沈黙を破り驚きの声を上げた。彼の問い掛けに対し、まだ若い士官の一人が頷き口を開く。
「その通りです、エイドリック卿。最初に確認されたのはドゥカティ部族が放牧域とする渓谷の地でした。あの場所は……、――ああ、ご存知で。
……始めは埋葬方法に不手際があった亡骸が、かの地に満ちた呪いで動き出したのだと我々は考えていました。しかし、次第にこの平原のあらゆる場所で徘徊する姿を目撃するようになり、増派した巡回部隊が不死者の目撃地で次々と不浄の地の存在を確認したのです。
不死者の討伐は我々本隊で、不浄の地の浄化は近くの部族の薬師や呪師の手を借りて処置を施していますが、我らが父祖の土地の広さは卿もご存知の通り。今のところは滞りなく処理も間に合っておりますが、次に発生する不浄の地の警戒にかなりの人手を割かれ、部隊の積極的な運用に支障が出始めています」
「不浄の地までもが湧いているのか。近頃は死人を大量に出すような大きな戦闘も起きていなかった筈だが……」
「いやはや、原因については我々もお手上げだよ。確認されている不死者の数もつい先日、全滅したグニラ部族の総数を超えてしまった。最早何処が出どころなのか見当も付けられなくてな。暫くは総軍を動かしての決戦など到底できないものと考えておいてくれ」
ゼルドラは大袈裟に肩を竦めてから、「討伐隊の編成は第三軍から抽出する。準備をさせておけ」と控えていた兵士に指示を出す。ゼルドラ以外の士官もこれが厄介事であると認識しているが、然程深刻な問題ではないとも考えているらしい。兵士が下がった後も特段幕内の空気が重苦しくなるというようなことはなかった。
エイドが士官達とこれまでのアンデット対策について言葉を交わす傍らで、他集団の部隊運用と無関係で蚊帳の外に置かれた俺は、不死者が湧き出した理由の方に関心が向いていた。
不浄の地。確かクシャ幽谷の野営地でもエイドにそんな話を聞かされた気がする。以前に話を聞いた時は踏み入ると呪われる毒沼みたいなものだと思っていたが、どうやらアンデットの湧きも含めたなかなか厄介なスポットでもあるらしい。浄化する際は薬師か呪い師の力を借りるとなると、自分にも声が掛かる可能性はあり得る。
(薬師がどうやって浄化するのかまったく知らないが。まあ、光魔法から適当なやつ選んで使えば、浄化はできるか……?)
お前薬師じゃなかったのかと、ツッコまれる可能性は大いにあるが。
「……それは悪くない話だね」
そんな呟きが耳朶を打ち顔を上げれば、ゼルドラとエイドリック、そして他の士官達の視線も一斉にこちらに向いていて思わずギョッとする。何だ、ちょっと話を聞き流していた隙に何かよろしくない方向に纏まりかけてないか?
「アーデフェルト嬢。確か貴女は薬師であると仰っておりましたね。浄化の手法に心得は?」
「……少しある。ただ、求められているものと同じものか、まだわからない」
ゼルドラの問いに躊躇いつつも首を縦に振る。頭に浮かぶのはカースキマイラやガメスオード戦で見せた浄化(物理)ではなく、『浄光』という歴としたフィールド浄化用の光魔法だ。
『浄光』はボスやその取り巻きがばら撒く、毒沼や一定時間滞留する状態異常ブレスといったフィールドギミックを打ち消し平常に戻すという効果だった。敵にダメージを与える魔法ではないものの、直接攻撃以外の面倒なハラスメントを防ぐため意外と重宝していた。
まさに今回の件にうってつけの魔法だと思うが、生憎こっちに来てからまだ一度も使っていない。想像通りの効果を発揮するとは限らない。
「我々はまず、平原を無作為に徘徊して付近の部族の脅威となる不死者に討伐部隊を派遣してこれを排除。直接的な脅威が消失したことを確認した後、討伐部隊が続けて不浄の地の捜索を行い、薬師が毒性を弱めた後に埋め立てる手法をとってきた。ただ、薬師や埋め立てを担当する部隊は別行動だ。これはどの部族も薬師は女性が多く、騎馬隊に随行できるほど従軍に慣れた者がいないからだが、万が一の遭遇で貴重な人材がすり減ることを避けるためでもある。
だけど今回、エイドリックとアーデフェルト嬢には討伐部隊に同行して不浄の地の調査をしていただきたい。理由はまあ、色々あるけどね。今回の件は、平原の地を預かる身として可能な限り迅速に処理しておきたいんだ。
勿論同行してもらう部隊は我らの中でも最精鋭の戦士達だ。身の安全は保障する。……我々が提供できる安全とやらが、グニラ大婆様と互角に渡り合った君に対して如何程の担保となるのか、甚だ疑問だがね」
肩を竦めてそう締めくくるゼルドラ。まあ……特に不都合はないか。話を聞く限りでは、今回の依頼というのは単なる討伐任務+αで、この国のいざこざとは関係ない。受けても不利益を被ることもなさそうだ。
最終的に「覚悟」を決める必要はあるだろうが、まだその時ではない、と思う。
「見返りは?」
とはいえ、依頼は依頼だ。特に欲しいものがあるわけではないが、ゼルドラにだって為政者としての面子がある。ロハで請け負うのは体裁的にもよろしくないだろう。
「あの幼子、ルウェナちゃんだったか? 彼女の面倒を軍で見よう。勿論、掟に則った保護ではなく、私の名において責任を持って預からせていただく。エイドリック卿に協力するのならば、あの子を連れ回すわけにもいかないだろう?」
……いや、いつ聞いたんだよ。事情を知っているエイドリックは昨日、あの後ずっとグニラ婆さんの説教を聞かされていて、話を聞くタイミングはなかった筈だ。しかも口ぶりから察するに、俺がアディシ部族の集落で起こしたトラブルを、かなり詳細な内容まで知悉しているらしい。
「……それで構わない」
そんな内心のツッコミは表に出すことなく頷き返す。軍を率いる総司令官ならではの情報の得方というものがあるのだろう。その手法について興味が湧かないわけではないが、すぐにでも知りたいようなことでもない。それにエイドとここにいれば、追々知る機会もあるかもしれない。
承諾した俺に対しゼルドラは満足げに頷くと、陣幕の入り口で待機していた兵に指示を出す。
「決まりだね。――第三軍より三十の兵を抽出、部隊全体の指揮はサーディオに任せる。エイドリック卿、君には十人つける。兵士たちは己の上に立つ者の力を見たがるものだ。たとえ病み上がりであろうとね。それでも私は、君が『第一の騎士』として足る働きぶりを果たすと信じているよ」
「承知した」
「その間に、我々は王都へ潜り込む手筈を整えておく。交渉には手こずったけど、悪くない相手とのコネができてね。お互いが利用できる関係にある内は上手くやってみせるさ」
エイドは特に異論を挟むことなく頷いた。次の行き先もレオノーラさんを助ける道筋から外れてしまったが、だからといってこの不死者討伐にかける時間が無駄になるわけじゃないらしい。
おそらくタイムリミットは、然程遠くないところまで迫っている。
エイドも表にはあまり出さないが、時折表情や声音が固くなることが増えた。焦りはあるのだろうが、何も考えずに突っ走っても上手くいかないと、頭では理解しているのだ。だからこそゼルドラの提案も受け入れたが、気持ちはどうにもならないのだろう。
それでも、遠ざかっているわけではないのだ。
焦れてしまいそうになる緩慢な行程だが、それでも着実に前へと進んでいるなら、多分大丈夫だと思う。
だから、振り返ってこちらを見たエイドに対して、俺はしっかり目を合わせて頷き返した。




