6話目 テンプレアンドテンプレー
良くありそうなお話。
あ、こちらはあと数話で一章終わります。多分一章までは毎日更新出来る、筈。予定。
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「ん、もう朝……」
小鳥のさえずりと雨戸の隙間から差し込む朝日に、ぼんやりとしていた意識が浅い眠りの淵から浮かび上がってくる。
もう少し惰眠を貪りたい気分ではあったが、ここが異世界で田舎の村の宿屋の一室である事を思い出して無理やり上体を起こす。
怠惰な生活は安定した生活を手に入れてからだ。宿屋住まいも悪くないが、一つくらいは腰を落ち着けられる住居を得ておきたい。昨日も熟睡とは言い難く、何度か目を覚ましていた気がする。
「……はあ。ま、夢オチじゃないだけましか。ピー子に乗せてもらうにしろ、早めに街に向かって損はない、な」
辺りを見回せば、適当に脱ぎ散らかしたローブや装備、それに投げつけた風な乱雑さで机に転がっている硬貨袋と魔導書。
昨日はほぼ寝落ち寸前の状態でベッドに潜り込んでいたらしい。実に無警戒&慢心の心構えであることよ。
「しかし、……薄着の俺も、悪くないな」
黒いネグリジェ姿の自分を眺め、その未成熟なぼでぃーラインに満足して頷く。やはり愛でるなら小さくなくては──
「おーい、アーデ。起きてるかい? ちょっと話があるんだけどさ」
「やっぱり夢オチで良かった」
何も聞こえなかった事にしてパタリとベッドに倒れ込み、二度寝へと洒落込む事にした。
くそっ、何故かあいつが俺の近くに居るだけで、面倒くさい事の火の粉が飛んで来るような錯覚を覚える。まだ特に何か起こった訳でもないのにだ!
「アーデ? まだ寝てるのかい?」
聞こえない聞こえない。
「あれ、鍵が開いてる。(カチャカチャ)寝てるの
「人の部屋に勝手に入ろうとするなぁ!?」
「ふがっ!?」
俺の投げつけた薄い毛布が勇者の頭にクリーンヒットし、勇者を転倒させた。
くそっ、非常識な勇者も憎いが昨日鍵を掛けなかった俺自身がもっと憎い!
俺の貞操を守れるのは俺だけなんだぞ!!
勇者が毛布を押し退ける前に服を着ておきたかったが、普段ローブの下に羽織っている服というか装備を一瞥して、早着替えは無理だと判断する。
では如何にして勇者の視線を回避するか? ──簡単な話だ。目標を潰せば良い。
「全く、酷いじゃないかアーデ。いきなり毛布を投げられたら流石に僕でも躱せないよ」
「『魔導書起動』、『攻撃システム』」
ステータスが足りなかった己を憎むんだな。
素早くローブだけ着込み素肌を隠した俺は、少し離れた机の上に置いてある魔導書を遠隔操作で起動する。
元から宙に浮かせて戦う武装だ。離れた場所であっても問題なく作動し、スキルを使えるらしい。
「『風槌』」
「ぶほぁっ!?」
タゲが移ってこっちに襲い掛かってきた魔物や緊急避難させた瀕死の近接火力職を前線に送り返す魔法なので、ダメージはない。
それでも吹き飛ばされ、宿屋の壁に叩きつけられて伸びてしまった勇者を、ゴミを見るような目で見下ろしてやる。
「一万年早い。てか、無理」
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「で、何か用でも?」
一階の食卓で昨日の残りのシチューを口に運ぶ俺の前に座っているのは、緊張した面持ちの勇者御一行(勇者除く)。
そしてその誰もがこれから話す事にあまり乗り気ではない様子だ。
……となると、話とは俺がつい先程ノした勇者が提案したプランという訳か。となると、あいつが考えそうな提案は……うん、メンドイ。
「パーティーに入れとかそういう話なら、遠慮する」
俺が放った直球の言葉に、皆さん安心したような表情を浮かべた。うん、正解だったようだな。
「すまないのう、アーデフェルト嬢。こやつは無類の女好きでな、パーティー以外の女性にも手を出したがる困った男なのじゃよ。普段ならか弱い女子を森に連れて行くなどという無茶は言い出さないのじゃが………」
そう言って頭を下げるエルフの魔法使い、ユグリース爺さん。変態紳士らしいけどこういう仕事というか任務には真面目なのかね?
(しかし森に………? 確かに村長と話していた時に、任務で来ていたみたいな発言をしている記憶はあるが、別に俺が関係してる訳ないよな?)
異世界に飛ばされた転生者の近くに勇者がいる。確かに出来過ぎな話ではあるが、勇者達がビスマ村近くの森にいた事の説明にはならない。
おそらく、任務の為に何か探していた勇者達の近くに、神の悪戯か何かで俺が叩き込まれたと見るべきか。
つまり、勇者達の目的は俺ではない別の何か。
(まあ、それだと勇者が俺を誘おうとする理由がさっぱり分からなくなるんだけどな)
最後の一杯を口に含み、よく味わってから嚥下する。やはりシチューのような煮込み料理は1日か2日置いておいた方がより旨くなる。実に味わい深い料理だった。……オークの肉入りなのがなんとも言えない気分にさせられるが。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて食材とおばちゃんに深く感謝。
「あいよ。皿はこっちのカウンターに置いてくれればいいよ」
俺が食器をカウンターに運び、おばちゃんが調理場の奥に消えた後も、勇者御一行は何故か動こうとはせず、こちらを見つめている。
「……まだ、何か?」
「僕はアーデを連れて行っても危険な事にはならないと思ってる」
沈黙を破り、毅然とした口調で口を開いたのは他の誰でもない、勇者本人だった。レティシアに膝枕された情けない状態だけど。
「関係ない。行く理由がないから」
本音だった。勇者達が何をするにしても、それが俺にとって必要なことかどうか分からないのだ。
だから例えリスクがほんの僅かなものだったとしても、俺にとって徒労に終わりそうな案件に協力するつもりは全くなかった。
「そうかもしれない。だけど、僕は君に手伝って貰いたい。今から行く場所には、君が必ず必要になると僕の直感が囁くんだ」
「…………」
上体を起こした勇者はそう言って俺の前に立ち、頭を下げた。真面目な雰囲気で頼まれた所為で無下に断るわけにもいかず、困惑した目で勇者を見つめることしか出来ない。
「勇者よ! 国から任された大命を忘れたわけではあるまい。平時ならば兎も角、勇者ですら命を失う危険のある戦いにか弱き女子を連れて行くと言うのか?」
ユグリース爺さんが真面目な雰囲気で勇者を諭そうとするが、勇者も退くつもりはないらしく、お互いに睨み合って相対している。
(……はぁ。絶対に面倒なことになるけど、まあ良いか)
俺のすぐ側で喧嘩を始められる方が面倒だ。
溜息を吐いて呼吸を安定させ、未だに慣れたとは言い難い体の中の魔力に意識を向ける。
体内から湧き出してくるような感触を、そのまま体の外に放出するイメージを思い浮かべた。
「……っ!? この魔力は……まさかアーデフェルト嬢の?」
「興味が湧いた。か弱い少女かどうか試すのなら、外で」
魔導書を体のすぐ側に浮かせ、宿屋の扉に手を掛ける。
どこかも分からない国が認めた勇者の言葉だが、それでも「俺が必ず必要になる」という言葉が気になって仕方がない。
俺の力か、それとも俺という存在が必要なのか。
後者だった場合は、俺にとって非常に重要な意味を持つことになる。
「アーデ……」
「分かった。同じ魔法使いとして、儂が試そう」
ユグリース爺さんも真剣な表情で頷き、俺の後ろに付いてくる。
さて、どうやって同行を認めさせるか。……いっそのこと圧勝してしまえば楽か?
そんな短絡的で物騒な事を考えながら宿屋の外へと進み出たのだった。
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俺とユグリース爺さんが改めて対峙した場所は、ビスマ村から少し離れた場所にある、放置されてかなり時間の経った遺跡の中心部だった。
レティシア曰く、昔はこの遺跡にダンジョンが存在しており、ビスマ村もかなりの活気があったらしい。
今は迷宮の主が討伐された事で魔物が消滅し、村人が中で採れる僅かな鉱石を採取する時以外には立ち入らないとか。
「砂時計の砂が落ちるまで儂の魔法を耐えきれば同行を認める。それで良いか」
「構わない」
他に条件を付ける暇があったらさっさと終わらせたい。勝ってもゴネるようだったら、今回は諦めて街に向かうか。
集会所にいた受付嬢に聞けば教えてくれるだろうし、ピー子に乗れば直ぐに街とやらに辿り着ける筈。多分。
「いくぞ。──『火弾』!」
勇者達が固唾を呑んで見守る中、ユグリース爺さんは初動で宝石が嵌め込まれた杖を掲げ、小規模な火魔法を放った。どうやら魔法の内容はこちらと同じ、なのかもしれない。
「『防御システム』」
短く端的に魔導書に指令を出す。これが終わって時間に余裕が出来たら、口に出さず魔法を行使可能かどうか実験するか。いざという時に声が出ませんでした、は流石に困る。
そんな事を考えている内に火球が俺の元へ到達する。しかし魔導書から飛び出してきた一枚のページが射線を遮り、火球を跡形も無く四散させた。
当然というべきか、ページには焦げ目が一切付いていない。
「ならば、──『炎の槍』!!」
それはユグリース爺さんも分かっていたらしく、直ぐに別の魔法の詠唱を始め、先程よりも速度威力ともに高い魔法を放つ。
が、所詮はワンランク上の魔法。Lv.250魔導師の基本的な防御を抜くには圧倒的に力不足だ。
「そんなもの? 今のより4、5倍は強くなければ魔導書の1枚で事が済む」
この調子では、ユグリース爺さんの持つ最大火力でも3ページで済みかねない。
結果が見えてしまった俺はほんの僅かな警戒心も消え去り、今は魔導書に刻まれた謎の文字の解読に意識を取られていた。まあ、解読なんてした事ないから無駄骨なんだが。
「なんのぉ! 我が杖を以て神威を招来す、『紅炎の不死鳥』!!」
「爺さん!? もう終わりで良いだろ!?」
勇者が驚き制止の声を上げる。……ふむ、知らない魔法だ。
空中に集約した紅い炎が鳥の形を模して迫ってくるのは圧巻だが……、不思議なことに全く恐怖を感じない。とてもどうでも良い気分だ。
(ああ、成る程な。俺にとってアレは全く脅威ではないというわけだ)
射線に割り込もうとする勇者を、追加で出したページから放つ『投礫』で足止めする。下手に割り込まれて怪我されてはこっちが困る。
目前に迫る火焔の鳥と相対した俺は、全身に巡る魔力を放出するイメージで活性化させ、不死鳥に直接魔力の塊を叩きつける。
『紅炎の不死鳥』は見えない壁に衝突して散り、辺りに放射熱を撒き散らしながら消え去った。
「……これでも力量不足?」
高熱によって生まれた霧が晴れると、驚愕で茫然と立ち尽くすユグリースの姿が見える。
「そんな馬鹿な……。ただの魔力だけで特級魔法を消し飛ばしたのか!?」
成る程、こっちは等級によって魔法の威力が変動するらしい。俺の使うスキルも似たようなものだが、範囲と複数選択、それに状態異常の付与を除けば、スキル毎威力の変動はそこまで大きくない。
例外として必殺技にもなれば威力は桁違いに跳ね上がるが、勇者達でこのレベル帯なら、この世界で使う必要はまず無いだろうな。
(魔王もいたりするのかねぇ? まあ、勇者がいるんだから、当然いるか)
会いたくない存在ナンバー1に思いを馳せつつ、ユグリース爺さんの元までゆっくりと歩いていく。爺さんは魔力かなり消耗したのか、膝を着き息も絶え絶えに顔を此方に向け、しかし疲労はおくびにも出すことなく称賛の笑みを浮かべていた。
「──見事。その齢でこれ程の技量、儂も少し自惚れていたらしいのう」
(勇者に付き従うだけあって、流石のメンタルだな。年を取ると絶望したり、認められなかったりするだろうに、笑みを浮かべられるなんてな)
「これ、どうぞ」
此方も健闘を称えるために青い液体の入った小瓶──マジックポーション(ランク4)を差し出す。多分こっちだと最上級のランクの筈。
「良いのか?」
「老人は労わるもの」
こちらもこの世界の強さを測る良い経験になったしな。
「うーむ、人となりまで良いとは。完敗じゃな。それに魔法は極めたつもりになっていたが、世界は広いのう」
ユグリース爺さんはそう穏やかに笑い、ポーションを飲み干した。……味、後で確かめてみるか。
「アーデ、最後は心配したよ! あんな無茶な防ぎ方をする位なら僕が受けても良かったのに!!」
「勇者よ、儂の心配はしないのか」
そう言って抱き付こうとする勇者をひらりと躱してレティシアを盾にして隠れる。そして勇者よ、あれのどこが無茶だったと言うのか。
「でもアーデさん、大賢者の魔法を防ぐなんて、凄い魔法使いだったのね!?」
王女であるレティシアの称賛と尊敬の眼差しが妙に恥ずかしい。だがまあ……悪くない。
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その後は、特級魔法を使ったユグリース爺さんの体調も回復したため、このまま直接目的の場所へと向かうことになった。
レティシアと出会った湖を通り過ぎ、俺がこの世界で見た初めての光景である花畑に辿り着く。
──そこには、俺が立っていた時には無かったはずの、地下へと続く石造りの階段が出現していた。
俺がここに来たのと時を同じくして出現した地下階段。悪戯を仕掛けたであろう神様にケチを付けたくなる配慮だ。
(まさか俺、本当はダンジョンマスターでしたとかいうオチはないよな……?)
魔力に関して素人である俺でも簡単に感じ取れる魔力の濃さ。当然のように湧き出てくる疑問の数々に、俺は思わず顔を引き攣らせてしまったのだった。
アーデ「今日の朝はゴブリンの肉だったのか………」
(●ω●)「(バリバリムシャムシャ)旨え!」
アーデ「えっ、骨ごと⁉︎」
そっちか。