57話目 下準備
まだ五月なのにこの暑さ。七月なんて一体どれほどの暑さに見舞われるのでしょうか……。
ではどうぞ!
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「わたしは反対させていただきます。アーデ様」
開口一番、紅茶を淹れていたサクに反対された。そしてそれを皮切りに、同じテーブルの席に座る数人がサクの意見に賛同し頷く。
「私も反対だわ。アーデったら一人で歩かせると街の中でもすぐ迷うじゃない。誰か一人くらいは連れて行くべきよ」
「そうだな。生活力の皆無なお前が一人で遠出なんて……途中で飢え死んでもおかしくないな」
並んで失礼なことを宣うのは、リリィとケイの兄妹コンビ。
何故か俺と瓜二つの容姿をしている車椅子の白髪少女がリリィで、ケイはその兄。何でも屋の仕事を終え、丁度良く俺達の相談中に訪ねて来たのでそのまま茶会に参加している。
「それに、ディーリス王国に繋がる街道はオレたちが生まれる前に放棄されたって話だ。整備されていない道を進むこと自体難易度が高いのに、クシャ山脈を越えるのなんて無謀だろ。どうやって魔獣の領域を抜けるつもりなんだ?」
「空を飛んで」
グリフォンことピー子に乗れば二時間と掛からず越境可能だ。
だからそう答えたのだが、話を聞いていた全員が頭の痛そうな表情で溜息を吐いた。解せない。
「アーデ様の移動手段は兎も角、現在あの国の政情は不安定です。高齢の王は病臥に伏し、専横的な宮廷魔法使閥と、対立する貴族の抗争が表面化しています。
小競り合いの影響で真っ当な治安は期待できないかと」
エルフ族の元諜報員として周辺諸国の事情に詳しいサクが、治安の観点から難色を示す。なんでも、警邏が滞った村は野盗と結託し旅人を襲う暴徒集団と化すらしい。怖っ。
「そこは問題ない。案内役は確保したから」
「案内役? それはどのような人ですか。信頼に足る者なのですか?」
全員分の紅茶を淹れ終えて、隣の席に着いたサクが眉根を寄せる。あまり感情の機微に聡いとは言えない俺だが、彼女が俺の判断に不満を抱いていることくらい流石に分かる。
ここは主人として、彼女を安心させてから遠征に出るべきだ。
「安心して欲しい。同行者は元騎竜騎士」
「……元?」
やはりと言うべきか、「騎竜騎士」という言葉を耳にしたサクの瞳が揺らぎ、「元」と聞いて訝しげなものに変わる。
竜騎士がこの異世界でも珍しい兵科なのは、ここに存在しないことから判断した。しかし他国の密偵が無表情を崩すとなれば、余程有名で、厄介な部隊なのだろう。
よし、ここは彼女の反論を許さず一気に畳み掛け……いや、そこまでする必要はないか。
「──だったけど、この前同じ部隊に追い掛け回されて叩き落とされたのを助けてる。だから今は……無職?」
「それは犯罪者です!! ダメです、せめてわたしは同行させてくださいっ」
失敗した。まあ正直に言えばこうなるよな。だからといって彼女達を連れて行くのは遠慮したい。
サクの言う通り、一応は犯罪者と行動を共にするのだ。例えそれが冤罪であったとしても、疑いを晴らすまでは警察、それに類する組織から追われ続けるだろう。そんな面倒事に皆を巻き込むのは正直気が引ける。
……本当は羽を伸ばしたいだけだが。
「そんな時はこのあっし、あっしがご同行しますぜアーデさん!」
謎の口調で歓談に割り込んできたのは、手のひらサイズの妖精。地下水路で起きた騒動の後、何故か自身の主人と一緒に俺の家へ(勝手に)住み着いた。
名前はまだ知らない。……ステータスが覗けないのだ。
「騎竜騎士ってドラゴンライダーのことか? それならこの俺、ツバキ様も行かせて貰う!」
そしてテーブルを囲む最後の一人。俺と同じ転移者ことツバキが、椅子を蹴倒し変なポーズをとって名乗りを上げた。
本名、小山田椿。黒髪黒目、中肉中背とパッとしない容姿でとことん地味だが、(謎の)自信家。
ダンジョンマスターとしての権限を剥奪され(妖精が俺に支配権を移したのが原因だが)、妖精ともども路頭に迷いかけていたので拾った。
見た目は地味だがLv.100の転移者を野放しにするのはどう考えても危険であるし、俺が取っていない土属性魔法を習得している。何か役に立つ機会もあるだろうという心積もりで、マイルーム外側の家の地下に寝床を造って提供した。
「却下」
「なんでだ!」
それは兎も角、ツバキの宣言はバッサリと切り捨てる。ついでに、一昨日ベイレーンの臨時領主であるイルデイン公爵から受け取った一通の封筒をツバキに渡しておく。
「何故って。……私が公爵に口利きした、城の土台を修復する仕事、まさかサボると?」
「ゔっ!」
俺の問いかけに対し、ツバキは震える手で封筒を破り書簡を開く。内容の詳細までは知り得ないが、公爵からは正式な召集状だと聞かされている。
「頑張れ。結構デカい穴が空いてるから」
「……ちなみに、断ったりバックれたらどうなる?」
「極刑とのこと」
端的な返答に、ガクリと膝から崩れ落ちるツバキ。その有様を呆れの混じった瞳で一瞥したサクは、小さく溜息を吐き、俺の掌を握った。
「アーデ様の意思が変わらないのであれば、わたしにはもう諌めるための言葉はございません。……ですが、一つ、彼女の同行ともう一つだけ約束して欲しいことがあるのです」
エセ妖精の同行は既に決定事項なのか。
「それは?」
「ディーリス王国の将軍、レーフェン・ラグラニスとだけは戦わないでください。彼は、我々が十分な情報を得ることが出来ずに調査を断念した、不気味な相手なのです」
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仕事帰りの男どもが騒ぎ立てる露店の明かりも全て消え、ごく一部の店を残し静けさに包まれた深夜。
『透身』で姿を消した俺は、例外的に篝火が煌々と焚かれたベイレーン城内を一人歩いていた。
(城の中が明るくて助かった。ランタンなんて使えば即バレしていた)
暗視なんて便利な能力は持っていないので、暗闇の街中では何度も躓きかけた。舗装された街路といえど、僅かな月明かりを頼りに歩くのは骨が折れる。
それでも苦労したお陰で、俺は誰にも見咎められずに城門を抜け中庭を歩いている。足音までは消せないため、気付かれる可能性も覚悟していたのだが、──幸か不幸か門番は眠りこけていた。
(……お疲れ様です)
守衛の兵士に心の中で労いの言葉を掛けておく。ひと月ほど前に補充の騎士が入った今も、人員不足は相当に根深い問題らしい。
政務補佐の文官、街の警邏を勤める衛兵、ベイレーン周辺の村を巡回する騎士と、どれも全く人が足りていないとセレーラが嘆いていた。そう愚痴る彼女の目元にクマが浮かぶあたり、どれ程の激務か否が応にも推し量れてしまう。
その後は黙々と歩いているうちに、かつての練兵場、現在は仮の騎士駐屯地である本城の正面に何事もなく到着してしまった。……城門から一人もすれ違わなかったが、本当に大丈夫なのか?
(さて、と。この前はどのテントに案内されたんだったか)
サクを伴って訪れた時より陣幕の数が増えており、サイズ・形状も似通ったものばかり。虱潰しに探しても良いが、もし就寝中の騎士を起こしてしまえば確実に面倒ごとになる。騎士達の貴重な睡眠時間を、無用な騒ぎで削って恨まれるのは避けておきたい。
ならばどうやって探すか──悩みつつ辺りを見回したその時、都合良く見覚えのある人影が姿を見せた。
(……おっと)
「──あら、人の気配がしたと思ったのだけれど」
篝火の明かりに映える白金の髪を靡かせた少女──セレーラが、俺が隠れた陣幕の陰を覗き込み首を傾げた。……少し、いや、正直かなり驚いた。
「……勘違い、かしら」
暫くの間、俺が立っている空間を訝しげに見つめていたが、透明な状態の俺には気付けずに踵を返し去っていった。それなりに魔法を扱える彼女であっても俺の『透身』は見破れなかったようだ。
(良いタイミングだ。ついて行くか)
わざわざ夜中に出掛けるとなれば、その目的地はおそらく俺と同じ場所。もしかすると見知らぬ誰かとの夜伽の可能性もなきにしもあらずだが……それはあまり面白くないな。
兎も角、尾行初心者の俺がどの程度の距離で気取られるか分かるはずもない。なので慎重を期してテント三つ分の距離を置き、可能な限り足音を立てずに彼女の背中を追い掛ける。
幸いにも俺が見失うよりも先に、セレーラは数ある陣幕の一つ、唯一紋章入りの旗が掲げられた天幕で足を止める。中では未だに働いているのか、分厚い幕布の隙間からは薄っすらと明かりが漏れ出ていた。
「公爵閣下、少しよろしいでしょうか」
「セレーラか。入れ」
セレーラが布越しに声を掛けると、間髪入れずに男の声が返ってくる。てかこの親子、日付が変わっているのに揃って起きているのか……。現代日本じゃあるまいし、陽が落ちたらすぐ就寝でも誰も文句は言わないだろうに。
(公爵様相手に、深夜アポを取ろうとしてる俺も大概だが)
だが寝ていないのなら都合が良い。セレーラが天幕の内に消えたのを見計らい、忍び足で分厚い幕布の陰へ身を寄せる。屈んだ姿勢で耳を澄ませば、若干聞き取り難くはあるが十分な声量で二人の会話が耳に届く。
「──お父様、そろそろ休息を取ってください。幾らお父様の魂と肉体が強靭でも、この前の満月の日から一睡もしていないのは危険です」
「……そうも言ってられぬ。まだ各村落を巡回する騎士の編成が終わっていない。それと先の反逆に加担していた商会から没収した土地権利の管理と、領城の再建と全滅した人員に代わる補充。逸失した調査書類の復元と再調査。どれも早急に仕上げねばならん」
想像以上に仕事が多い。この全てがローズリンデによって引き起こされた大怪魔事件の後始末なのだから、奴の残した爪痕の大きさが推し量れる。
「それでもですよ、お父様。政務の手続きなら私たちに任せて下さい。過労で倒れてしまえば、それこそ民の不安をいたずらに煽ってしまうことになりかねません。お父様は『剣帝ここに在り』と民に示し、後は静かに構えているだけで十分ですから」
きっぱりと言い切ったセレーラに対し、剣帝は少し沈黙した後、くつくつと楽しげな声色で笑いだした。
「……くく。言うようになったな、セレーラ。やはり地下迷宮の攻略を許可して正しかったようだ。きっかけは部下を危うく全滅させかけたことか?
それとも、──天幕の裏で盗み聞きしている彼女にでも影響させられたか?」
「はい、……えっ?」
……何故、バレたのか。
「大人しく休むとするか。まったく、まさかすぐ側にいる者の気配にすら気が付かんとは。知らぬうちに疲れが溜まっていたようだ。──セレーラ、茶を淹れてくれ」
「は、はいお父様」
これは大人しく姿を見せるしかない、か。しかし何故気取られたのだろう?
『透身』は関係ないだろうし、一応気を遣っていたから物音でバレた線も薄い。
首を傾げつつも『透身』の効果を消して、分厚い布を捲り天幕の中に身体を滑り込ませる。中はあまり広いとは言えない空間を更に埋める書類の山と、それを処理する為の頑丈なデスクが二つだけ。なんとも殺風景な内装が広がっていた。
「アーデさん!? どうやってここまで……」
「こんばんは、セレーラ。夜分遅くに失礼します」
「やはりお前か。これでも忙しい身でな、要件があれば手短に言え」
俺の訪問に驚いて茶器の準備する手を止めたセレーラと、顔を上げることなく羽ペンを走らせるイルデイン公爵。やはり、あまり似ていないこの二人が親子だというのは、どうにも不思議でならない。
「アーデさん、あちらのソファーに掛けて待っていてください。今お茶を淹れますね」
三人分のティーカップを取り出して準備を始めた彼女に促され、邪魔なのか天幕の端に寄せられている応接用ソファーへと一人腰掛ける。
沼に沈んだのかと錯覚するほど柔らかいクッションに身を委ね、セレーラからティーカップを受け取る。わざわざ公爵の領地から持ち込むにはコストが掛かるので、おそらくはベイレーン城の無事だった部屋から持ち出した備品だろう。
「ありがとう。……公爵閣下、サベレージ王国の亡命に対する受け入れの姿勢はどのようなものですか?」
「ぼ、亡命!?」
「……ほう。詳しく聞かせろ」
目の色を変えてペンを投げ捨てた公爵に、昨日の出来事を掻い摘んで話す。
反逆した側の騎竜兵が撃墜された辺りからセレーラの顔が引き攣り始め、最後まで残っていたエイドリックが重装騎士に墜とされた話を聞くや否や、公爵が座すデスクから模造紙サイズの革を引っ張り出して机の上へと広げた。
それは地図だった。丁寧に鞣された革に黒と白の染料で詳細な地形や国境線を描き、各地点の情報がこの世界の文字でこと細やかに書き込まれている。
無論、文字の読めない俺には何が書かれているのか不明だが、隣国側の情報まで記載されている辺り、相当な時間と労力を費やして作製されたものなのは分かる。
「アーデさん。その戦闘が具体的にどの位置で起きたものか把握しておりますか? 何か印象的なものが近くにあるかどうか、覚えていませんか?」
「正確な位置までは流石に。近くに風翼竜の縄張りがあったはず」
「ではこの国境線ですね。……お父様、これは」
地図の上に乳白色の石を置いたセレーラが、何かに気付きイルデイン公爵へ視線を向ける。思索に耽っていた公爵は鷹揚に頷いて腕を組み、彼女の言葉を引き継いだ。
「──魔導師殿。エイドリックという騎士はまだ亡命の意思は見せていない、亡命の選択も魔導師殿がふと思いついただけ。それは間違いないな?」
「はい。折角助けたのに野垂れ死なれでもしたら、嫌ですから」
もしエイドリック達に行き場所がないのなら、仮の案として提案するだけだ。彼らに当てがあるのなら止めはしないし、それ以上はお節介の域を越えてしまう。ただ選択肢として入るかどうか調べるだけなら、面倒とは思わない。
「そうか。──残念ながらこれでは亡命として成立しない。我がサベレージ王国に受け入れることは、許可できん」
そしてそれも、無理であると言い切られてしまった。……ダメか。
「そうあからさまに残念そうな顔をするな。許可できないのは現時点では、の話だ。今の時期に反体制派に国として肩入れしては問題が生じる。だが弱体化した後、ディーリス国王派の勝利が揺るぎないものになれば、落ち延びた者の受け入れも不可能ではない」
……ふむ?
「そこで魔導師殿、一つ提案があるのだが……」
イルデインは淹れたての茶で唇を湿らせると、厳つい顔を歪ませ笑みを深くする。
「どんな手段でも構わん。反体制派の蜂起を潰せ。それが亡命を受諾する条件だ」
(……単独でクーデターを鎮圧しろと? んな無茶な)
「つまるところ無理、ですか」
「魔導師殿ならやれないことはないと思うがな」
公爵が何か言っているが、事実上の拒否だ。俺は小さく溜息を吐き、首を横に振って肩を落とした。
暑い。
2019/5/31、誤字修正しました。




