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怠惰な魔本使いの見聞  作者: 炬燵天秤
第3章 黒衣の探索者と転移者の迷宮水路
53/64

53話目 紋章と迷宮の放棄

第3章、ようやく閉幕。危うく二年費やすところでした……。


では、どうぞ!

 ________



「アーデさんっ、起きてくださいアーデさんっ!」


「起きないと損ですよー。いま起きればセレーラさんが目覚めのキッスをしてくれますぜ」


「なっ……し、しししませんからね!?」


 ……耳元が騒がしい。しかし聞き覚えのある声で、なんというか安心する。


 あの、狂気が言葉という形をとって鼓膜に突き刺さるような痛みは、二度と勘弁してもらいたい。不気味で理解し難い……あれ、どんな奴だったか思い出せない。


「これはアレです。おとぎ話によくある、お姫様が悪い魔法使いの呪いを受けて永遠とわの眠りに就いちゃったパティーンですぜ。となれば、容姿端麗な騎士様のキスで目が醒めると相場が決まっていますぜ」


「そ、その場合の相手は王子様とかじゃないんですか?このままだと女の子同士になっちゃいますけど」


「Foo……!! むしろそれが良いっ、ドリームなんですよ!」


「えぇ……と」


 ……ドリーム、夢。ああ、そういえば俺を夢現ゆめうつつの世界に引きずり込んだとか言っていたな。成程、道理で前後の記憶が曖昧なわけだ。


「兎にも角にもっ、キスをしなくちゃ何も始まりませんぜ! さぁ……、さぁ……!!」


「その必要はない」


 そしていい加減、調子に乗るのはやめろ悪戯妖精め。

 重い瞼を開き、まだぼんやりと滲む視界で周囲の状況を探る。と、真正面……というよりは真上から見下ろしていたセレーラと目が合った。若干顔が赤いのは何故なのか。


「おはよう、セレーラ」


「お、おはようございます……」


 気怠い身体を起こそうとして、止める。今の俺はなんと膝枕をされているらしい。……しかし初めての膝枕が、女になってからとは。

 女性特有の柔らかい膝を堪能しつつ、目線だけで周囲を見回す。


「やっと起きましたか! いやぁ、アーデさんが暴走した精霊王様に襲われた時は死ぬほど焦りましたが、ご無事でなによりですぜ」


 まず側面に浮かぶ妖精が目に入る。相変わらず変な口調で、胡座をかいて浮遊している謎な存在だが、一応まだ味方らしい。


「主人の心配はしなくて良いのか?」


「いやぁ、彼とは迷宮主(ダンジョンマスター)としての権限が強奪された時点で契約が破棄されちゃってますし? それに解呪は済ませてますから、放っておいても死にはしませんよ」


 元ダンジョンマスターこと転移者?ツバキは、玉座裏に位置する柱の陰で、いびきをかき眠りこけていた。……確かにあれなら、ちょっとやそっとのことでは死にはしないだろうな。


 チー、チー!


「ヒューちゃんも世話を掛けた」


 隣でその九つの鎌首を擡げたパートナーにも声を掛け、順番に撫でていく。他二人の腰が若干引けているが、何故だろう。触りたいのだろうか?

 嬉しそうに鳴くヒューちゃん(ヒュドラの幼生体)は暫く俺の小さな手のひらにその身を委ねていたが、やがてひとつ身震いをして、左手の甲へと吸い込まれるように消えた。……うん?


「えっ?」


「だ、大丈夫ですか。今ヒュドラがアーデさんの中に入っていった様に見えましたけど」


 セレーラが目を丸くしているが、俺にとっても予想外の事態だ。今まで喚んできた使い魔(ペット)は皆、召喚陣から姿を現し、還る時は粒子となって消え去っている。俺の身体の中に入って消えるケースは初だ。

 しかし身体に異物が入ったような違和感や痛みはない。かといってヒューちゃんの存在を感知できるわけでも、意思疎通を図れるわけでもなさそうだ。


「おやアーデさん。左手にそんなマーク有りましたっけ?」


「うん?」


 ふと妖精が、わざとらしい声を上げて俺の左腕に指を突きつける。つられて手を持ち上げると、見覚えのない、刻印のような痣が手の甲に刻まれていた。


「なんだ、これ」


 五芒星を幾重にも重ねた囲いの中に、円周上を●●●●●●のような絵文字が無数に描かれた刻印。俺が愛用する魔導書に込められたものより古い、より原始的な力を宿しているのを理解した。


「このカタチ、父の書斎で見かけた覚えがあります。確かーー


『星海の紋章といいます。小さき悪魔祓い達よ』


「「!?」」


 頭上から、虹色の風と共に声が掛かる。

 反射的に離れた位置で転がっていた魔導書を呼び戻し、ページにランク10の長剣、『精霊グラィ』を射出可能な状態で待機させる。

 この剣であれば、目の前の不定形の存在に少なからずダメージを与えられると、何故かは自分でも分からないがそう確信した。


 しかし、虹色の靄は特に乱れることなくゆっくりと集まり、やがて俺のよく知る女性を模して姿を露わにした。ーーそいつは、色を除けばサクと非常に良く似た姿を取ったのだ。


『まずはお詫びします。ーー小さき魔導師よ、私が不完全な召喚に応じたことで、邪な存在に依り代を簒奪されたことを。不完全なために、あまり長くは言葉を交わせないことを』


 虹彩の瞳を閉じて謝意を示す女性。敵意の無さと、胡座をかいていた妖精が慌てて隣で畏まる姿を見るに、おそらくーー


「本物の、精霊王?」


『ええ。真名は神律によって封じられ、残念ながら明かせません。正体の保証はそちらの妖精にお任せしますね?』


 サクの姿で茶目っ気溢れるウィンクを決めた精霊王。

 意思疎通が不可能だった暴走状態とは打って変わって、艶やかな口調で頭の中へ直接語り掛けてくる。リリィのように念話が使えるらしい。


「何故あなた()サクの姿を?」


 他に誰が姿を模したかは覚えていないが、サクの姿を騙られたのはこれで二回目、の筈。

 今後のためにも、ここにいない彼女の姿を取る理由が知りたい。


『それは、彼女がこの地域にいる巫女の中で最も近い位置に居たからです。我ら精霊は人型を模さなければ人語を解することが出来ません。

 彼女のような依り代に憑依するのが一番手っ取り早い手法ですが、短い時であれば霊体そのものを人体へと変容させることが可能なのです。

 ーーそしてそれは人族よりも、エルフの血が混じっているほど肉体の維持を行い易いから。それが理由ですね。

 勿論、親愛の情を抱く相手に化ければ警戒され難いと踏んだ者もいたようですが』


 結果は違いましたね、と微笑む精霊王。悪意ある選択でないことが分かっただけでも朗報か。

 しかしサクが巫女かぁ……。巫女服似合うのかね?


『他には何か?』


「特には」


 即答した俺に、精霊王は言葉に詰まって目をぱちくりしている。人間臭くて、愛嬌のあるやつだ。


『ーー本当に? 貴女という存在には、知らなくてはならない案件が多く課されている。今は良くても、いずれ解き明かさなければならない真実が次々と降りかかるでしょう。

 その時、貴女はきっと耐えられないーー


「どうでも良い」


 今度こそ精霊王の表情に、手のつけられないやんちゃ坊主に手を焼く、幼稚園の先生のような困り顔が浮かんだ。

 女だけど。俺は二十歳超えてるけど。


「別に、なんの備えも無しに「それ」と相対するつもりは無い。必要なら面倒なことに手を出すし、厄介ごとが起きたらわざと首を突っ込むつもりだ。

 ただ事が起きる前に対処するのは苦手だ。相手が計画を完璧にこなして、勝ちを確信した瞬間を潰せれば、良い。

 ーーそれに」


 一度言葉を区切り、膝枕の柔らかさという誘惑を断ち切って身を起こす。


 身体つきという意味では、この肢体はとても心細い。魔力やステータスの補正が無ければ、ただの少女でしかないのだ。

 もしチートが封じられてしまったら、そう考えたことは別に一度や二度ではない。何せ神様からの恩恵だよ、とかそういうお墨付きがなしに転生しているので。

 幸い、突然能力が消滅するような危機には陥っていないが、ーーそうなっても構わない。


「それに、今のセリフから推測すると、つまり俺に待ち受けているのはバッドエンド案件なんだろ?それだけ分かれば、良い」


 少し長めに喋り過ぎた。精神的な疲労を癒すために、再びセレーラの膝枕へと潜り込む。ああ、柔らかい……。


『……わかりました。貴女の空手形の自信、信じましょう。どちらにせよ、わたしにはそれを渡すことぐらいしか手助け出来ませんし。

 貴女の息災を霊界で祈っています』


 呆れを含んだ溜息に混じって、何故か感慨深そうに頷く精霊王。内心を窺い知る方法こそ持たないが、どうやら納得させることには成功したらしい。


『貴女のことはよーく分かりました。つまりは被虐嗜好、あなたの世界風に言えばドM、マゾなんですね!』


 違うから。


『何が違いますか。今の自分は楽して、未来の自分を苦しめることを愉しむ。ーーアレですね。典型的な「宿題は八月三十一日にやる」タイプですよ!』


 残念だったな。俺は九月一日、宿題を回収するその瞬間まで粘る派なのだ。……どうでも良いな。


 というより、口調。清楚系地母神キャラが崩壊してるぞ。なんだそのハイテンション。そこで正座してる妖精といい、精霊種は落ち着いた性格のやつはいないのか。


『ふっ、ふふ。まあ良いです。おしゃべりのせいで時間がありません。星海の紋章、その効果だけでもお伝えします。

 ーー貴女が契約した仲間をノーリスク・ノーコストで召喚可能です』



 ……。




 …………?





 ………………それだけ?



「新しい力を習得とか、レベルアップとかは……?」


『そんなものありません。レベルアップも何も、貴女のレベルはカンストしているでしょう?』


 そうだった。……というより、異世界に来てもLv.250から上がらないのかよ。

 てか、今までもほぼノーリスク・ノーコストで召喚出来てたし。まるで、クエスト報酬が自分の手に握っている武器と同じ物だった時のような残念さだ。しかもアイテムなら『武器射出』で使えるのに、特殊能力だからそういう使い方(使い捨て)も不可能だ……。


『あ、もう一つ機能があります。新しい仲間と契約することが出来るようになりました!ただし混血でない人型種とは契約不可能なのであしからず。魔性を宿しているのを狙いましょう!』


 ……ああ、それは中々良いかもしれない。まだ召喚していない使い魔(騎乗用ペット)を含めても、欠けている役目が有るかもしれない。その場合に新しい戦力と契約を結べるのは、素直に嬉しい。


「まあ、礼は言っておく」


『まったく素直じゃありません。……さて、そろそろ私もお暇させていただきます。

 ーー我が娘、そして遠き末裔の少女。その女か男かはっきりしない面倒臭がりは、あなた方の手を非常に煩わせるでしょう。それでも、どうか真実を知ったその子の為に、側に居てあげてくださいね』


「イエッサー!!」


「は、はい」


 妖精は元気良く、セレーラは当惑しつつも、はっきりと肯いた。何だろう、これでは俺が世話の掛かる子供みたいじゃないか。


『ふふ、ありがとう。

 ーーそれではさようなら、アーデフェルト。

 二度と逢うことは叶いませんが、きっと貴女なら…………でしょう。それと、ガメ……の……は、解呪し…………た。あ……受け……依頼も、……わりです』


 虹色の姿が解け、靄のように消えていく精霊王。もはや声も掠れ、届けられる七色の音色も僅か。

 それでもかすかな笑みを最後に残し、彼女は静かに消滅した。




 ________



 その後のことで特筆すべき出来事は、あまりない。


(半ば忘れかけていた)孤児マロンの捜索・救助は、案外すんなりと終わった。というのも、迷宮に攫われた被害者全員が、ダンジョンマスター部屋の隣の空間で気を失っていたのだ。

 ガメスオードの力の源になっていた筈だが、調べた妖精によると精霊王が何とかしたらしい。最期の言葉は、恐らくこの事を言っていたのだろう。


 マロンを除く被害者たちは、ダンジョンの設定を弄くれる妖精に頼み、正規の入り口付近へと送り届けた。後は人員を強化した騎士団が見つけ回収するだろう。後のことは知らん。


 そしてダンジョン自体は、一階層を残し全て封鎖した。

 一階層は下水道として機能しているが、他の階層は特に都市機能としての使い道がない。個人利用するにはDP(ダンジョンポイント)やらの管理が面倒臭い。なので使い道が思いつくまでは、放置することにした。

 いつでも設定を変えられるそうなので、悩まずに済んだのは幸いか。


 次は……セレーラか。


 彼女には妖精と一緒に拝み倒すことで、ダンジョンマスターが死亡したという口裏を合わせてもらった。

 公爵の娘たる彼女は街の治安という点から暫く悩んでいたが、妖精に「アーデさんへの貸しが作れますよ」と説得され首を縦に振った。若干損したような気もするが、まあそこまで無茶な要求をされたりはしないだろう。


 余談だが、父親であるイルデイン=ヨークスコーツ公爵は当初、護衛の騎士団を置いてダンジョン攻略を再開したセレーラに対し烈火の如く激怒したそうだ。

 ……のだが、彼女が俺と同行していたことを話すとあっさりと怒気を解いて納得してしまったのだと、後日城を訪れた俺に彼女は楽しげに教えてくれた。謎だ。


 骸骨のオリベルは……行方を晦ませてしまった。

 大慌てで出て行ったのか隠れ家はそのまま放置され、隠し扉があるルージたちの寝床にすら顔を出していなかった。魔族二人で仲良く俺のことを魔王だと勘違いしていたし、大方その件で慌てて本物を探し回っているのだろう。

 幾つか共有したい情報が有ったので残念だが、きっとまた会える。



 ーーーーそして、




 ________



「新しくここに住むことになった二人。自己紹介よろしく」


「俺様はツバキだ! 職業は無職! よろしく!」


「わたしは妖精! 名前はまだありませんぜ!職業は同じく無職! よろしくですぜ」


 一通りの後始末を終えて「マイルーム」へと帰宅した俺は、いつもの在宅メンバーことサク、リリィ、ケイに新しい入居者ニートの紹介をしていた。


「よ、よろしくお願いします……」


「ひゃっはー、エルフちゃんだー! 俺ダンジョンマスター辞めて良かった!!」


「YEAH! 近しい種族同士、仲良くしましょうぜ!」


 二人のテンションに引き気味のサクが、首を傾げながらも頷いた。そのノリについて行くのは無理ですとか言われずに済んで良かったな。


「訳ありなのは分かったけど、新しい部屋でも造るの?」


「いや、『外側』の地下に住んでもらう」


 車椅子に座るリリィの質問に俺は、首を振って否定する。何しろ今の俺は、一応女の姿なのだ。マイルーム内にはサクも寝泊まりしているので流石に配慮した。

 最初は外面の家の空き部屋も考えたが、こいつらが起こす近所迷惑(騒音)を考慮し、ダンジョンマスターの能力を使って地下に適当な空間を空けておいた。最低限の家具は後で買ってくる予定だ。


「食・住は提供する。金は自分で稼げ」


「そんな、養ってくれるんじゃ!?」


「そんな金は無い」


 現在、俺の所持金は金貨の枚数にして三桁を切っているのだ。ストレージ内のアイテム資産であれば恐らく国を買える額を有しているが、すぐに換金可能な物は限られる。

 収入は薬剤師ギルドで受注したポーションの納品依頼による稼ぎが主だ。そして価格調整やらなんやらの大人の事情により、買取個数に制限が掛けられているし自重もしているので常に大金を得られるわけでもない。

 丁度二、三人の生活費を稼ぐだけで済ましているのだ。だからこれ以上仕事を増やすのは、ーー正直面倒臭い。


「働け。……それではいただきます」


「あんまりだーーーー!?」


 新入居者の絶叫を乾杯の代わりとして、ささやかな歓迎会は始まりを迎えたのだった。

アーデ「第4章は書くんでしょ?」


(●ω|「予定は未定」


ア「おい」


(●ω|「あらすじは決まってるよ」


ア「不安だ……」

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