48話目 再会?
間が空いてしまい申し訳ありません。遅くなりましたがあけましておめでとうございます。
冬の童話祭2017の為に筆を走らせ、魔神柱を狩り、なんやかんやしていたらいつの間にか予定よりも半月遅れ。毎度のことながらドウシテコウナッタ。
「冬童話2017」のキーワードに『灰色の故郷』というタイトルで投稿しています。四千字程度ですので流し読みしていただけると嬉しく思います。
では、遅くなりましたがどうぞ!
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ベイレーンの地下水道に出現したダンジョン。その最奥でアーデ達を待ち受けるダンジョンマスターこと転移者のツバキ。じめりと澱んだ空気の漂う大広間で、高価そうなリクライニングチェアに腰を下ろした彼は、
「だああぁぁああ!? な、なんであの大群を無傷で切り抜けられるんだよ!! ち、チートだチート!」
ーー頭を抱えて叫んでいた。
「まあ、そうなりますよねぇ……。ーー兄貴、今は冒険者と騎士団の連中を戦闘不能に出来たことを喜びましょうぜ。白髪女との戦闘中に横槍を入れられたら、それこそ最悪でしたぜ」
ツバキの隣でフワリと浮かぶ妖精も、ディスプレイに映る迷宮の惨状を前にしては流石に溜息を吐かざるを得なかった。
なにせ、共闘関係にあるガメスオードと共に準備していた悪辣な罠や待ち伏せの悉くを、ただの力押しで突破されたのだ。
更に言えば手を下したのは少女ですらなく、その使い魔。希少な多頭水蛇の幼体を従えていることもさる事ながら、極彩色のブレスで毒蜘蛛の大群ごと丹精込めたトラップを破壊されては乾いた笑いしか出ない。
「これは……想定外ですな。もう少し時間があれば新たな階層を造り、時間を稼げたかもしれませんが……魔物の創造に時間を掛け過ぎてしまいましたか」
二人の後ろから映像を眺めていたガメスオードも、その惨状に長い髭を弄りながら小さく嘆息した。そして慌てふためく共闘関係のダンジョンマスターの肩をポンポンとそっと叩く。
「っと、どうしたんだ爺さん。あの調子だと二層目も大して消耗させられずに突破されると思うぜ? 詳しい話は聞かない取り決めだけど、退いた方が良いんじゃないか?」
頭を抱えた姿勢のまま、ツバキはそう呻くように声を絞り出した。ガメスオードは思っていたよりも現実を受け入れている目の前の少年に少し目を瞠るが、すぐに微笑という名の仮面で表情を隠し、首を横に振った。
「いえ、私のような老体にも多少は事情というものがあるのです。不退転とはいかずとも可能な限り援助は致しましょう」
「そうなのか? なら助かる! よし、そうと決まれば早速作戦会議だ。相棒! あいつらがここに辿り着くまでの時間と迷宮のリソース残量を確認してくれ。爺さんは……牛鬼を出す準備を頼む」
「了解ですぜ、兄貴」
「畏まりました。しかし宜しいので? 以前も言いました通り、アレを思い通りに操ることは出来ませんが。精々『狂気』を与えて無差別に襲わせるのが関の山です」
ツバキの出した指示に疑問を呈するガメスオード。ここを拠点とするにあたり、奥の手としてわざわざ魔族の領域から持ち込んだ制御不能の魔獣。
ガメスオードの『本来の目的』が上手くいかなかった際にベイレーンを混乱に陥れる為の予備戦力であり、その凶悪さを代償に制御が効かない使い勝手の悪い手札だった。
当初の目的は滞りなく進んでいるため、ここで投入しても特に痛手ではないが……ガメスオードは無言で黒髪の青年の意図を探る。
「それで良いぜ。不意打ちした後にあいつを突っ込ませて侵入者を混乱させる。アレならスコルピオンよりも時間を稼げるだろ」
ツバキは勢いをつけて椅子から飛び降りると、ダンジョン内の構造が詳細に表示されたマップを見て不敵に笑う。
「ふっふっふ。このツバキ様が丹精込めて造り上げた不明の迷宮に入ったことを後悔させてやるぜ。転移者のダンジョンに挑むってことがどういうことなのか……しっかりと教えてやらないとな!」
「……既に三分の二ほど突破されてますぜ」
妖精の呟きは、根拠の無い自信に満ち溢れたツバキに届くことなく虚空へと消える。
下手に臆されて何の対策もなしに逃げ出されるよりはよっぽどマシだが、ダンジョンマスターのサポートを務める妖精としては、相手の力量に対してもう少し慎重な判断を下してもらいたかった。
(これは……詰んでますね。ただでさえ『彼女』とマトモに正面からぶつかり合えば負けが確定するのに、心中の虫がすぐ側にいるとは。この薄ら笑いの寒いジジイに出し抜かれないよう、わたしがしっかりと見張っていなくては)
妖精の向ける冷たい視線に気が付いたガメスオードだが、ニコリと感情の読めない笑みで軽くいなす。人外の気配を漂わせる老紳士との睨み合いは、
ーー最奥の間へと繋がる通路が突破されたという報告で中断させられた。
■
「フム、モウ『王ノ間』ニ着イテシマッタカ。ココノマスターハ、マダコチラニ来テ日ノ浅イ者ノヨウダナ」
サソリの魔物を討伐した大広間を出て一時間。俺、オリベル、セレーラの三人は道中大した障害に阻まれることもなく攻略は進み、地下水路の第三階層に降りてすぐ、固く閉ざされた鋼鉄の門を発見した。
「そういうの、分かる?」
アーデこと俺がそう尋ねると、骸骨姿のオリベルはその青白い炎の瞳を細め、興味深そうに鋼鉄製の門を見上げる。オリベルは訳知り顔(髑髏)? でカタカタと頷いているが、その理由を知らない俺とセレーラは顔を見合わせて首を傾げざるを得ない。
「アア。簡単ナ話、コノ扉ノ先ガダンジョンマスターノ部屋ナノダヨ。普通ナラ十層以上下ニ造ルモノダガ……、ココノマスターハ本当ニ時間ガ足リテナカッタヨウダナ」
「そういうことですか。確かにダンジョンの構造は地下水路の形状をそのまま流用していますし、出てくる魔物の数が多い一方で、罠の類は稚拙なものが多かったですね」
オリベルの解説に得心がいった表情で頷くセレーラ。彼女の言う通り、呆れるほど大量の魔物に襲撃された一方で、ダンジョンに有りがちな罠は疎らにしか設置されていなかった。
種類にしても落とし穴か吹き矢程度しか存在せず、数だけは多い魔物にしてもヒューちゃんのブレスで一掃したため、苦戦することなく最奥まで到達してしまっていた。
「この扉の先をなんで知ってる?」
「アノ彫刻、レリーフヲ見タマエ」
オリベルが白骨の指で指し示した先を視線で追えば、鋼鉄の門の上部に女性の姿が刻まれているのが目に入る。
矛のような槍を両手で構え、門の範囲には描かれていない何かと対峙する光景を絵にしたものに見える、が。ーーあの矛、俺は何処かで見かけていないか?
(ゲーム時代に蒐集していた時は見かけなかった矛だ。だが、他に矛を見かけるような機会なんて俺にあったか?)
……駄目だ、思い出せない。靄が掛かったような、どちらかといえば、元の世界の記憶のような曖昧さで引き出すのを妨げられているような気がする。
「覚エテオクト良イ。アレガダンジョンマスターノ神、ハヌス神ダ。
アノ神ガ異ナル世界カラ人ヲ喚ビ出シ、ダンジョンマスターニ『力』ヲ与エ、地上ノ人族ヲ迷宮ヘト引キズリ込ミ、ソノ魂ヲ糧トスル地母神ナノダヨ」
あれ神様なのか。言われてみれば神々しい雰囲気を感じない訳でもないが……。
「……深淵の女神、ハヌス。海を創り、ドワーフ族の祖を生んだ大地の女神。学園ではそう教わりましたが、まさか魔族にも信仰されているとは思いませんでした」
「カカカ。ヨクアル話サ。元ノ神話ガ同ジデアル以上、必然的ニ共通スル存在ヲ信仰スルコトニナル。マア、各々ノ神ノ扱イハ大キク異ナッテイルダロウガナ」
「共通する神話、ですか……」
「…………」
何やらこの世界の神話談義が白熱しているが、さっぱり分からん。神話を読むにしてもこちらの世界の文字を読めないのもあるし、まず神話自体に興味ない所為で話についていけない。……前にもこんな事あったような気がするんだが?
(……あの門の先にあいつらがいるのか)
仕方なく三メートル程の高さがある鋼鉄の門を見上げる。素人目には罠の類が仕掛けられているようには見えない。だが、扉の向こう側に不快な何かが待ち受けているのは何となく感じ取れる。
ズ、ズズズ…………
「……っ!」
不意に固く閉ざされた門の隙間から、ドス黒い泥のような何かが噴き出した。湧き水のように溢れ出す黒泥は床を黒く染めるようにして侵食を始め、一直線に俺の足元へと迫って来る。
(っ! 身体が……)
咄嗟に身構えようとしてーー気付く。身体が動かない。まるで石になってしまったかのように、指の一本すら動かせなくなっていた。
ズズ、ズチャァ……
焦る俺を余所に足元へと到達した泥濘は、ネチョリと不快な音を立てて俺のブーツに触れる。その瞬間、冷水を浴びた時のような寒気が全身を襲い、悍ましい怨嗟の声が頭の中を埋め尽くした。
ああアアアアアアアぁあ"あ"ア"アアアァ………
(ーーっぁ!?)
悲鳴のような、悪意のような怨嗟。ローズリンデが喚び出した怪物の呪いのような叫びに酷く似たそれが、ザワリと俺の足に絡み付いてーー
「アーデさん、どうかしましたか?」
「……え?」
セレーラの呼び掛けで我に返った瞬間、跡形もなく霧散した。慌てて辺りを見回しても、床を黒く染めた泥の痕跡はどこにもない。
「何度か声を掛けましたが反応してくれませんでしたよ? それに顔色が悪いです。少しジッとしていてください。ーー『精霊の抱擁』」
困り顔のセレーラはそう言いながら手のひらを俺の額に翳す。彼女の行為に少し面食らいつつも目を閉じた彼女の様子を伺っていると、額に触れている方の腕が薄い緑色の淡い輝きを放つのが目に入った。
「……暖かい」
「ちょっとしたおまじない、です。あまり得意ではないのですけど」
セレーラの魔力は不可思議な暖かさへと還元され、冷え切っていた俺の身体を解きほぐしていく。彼女はおまじないと言っているが、肉体的な治療ではなく精神的な異常を治す魔法なのだろうか? 先程まで俺を苛んでいた怨嗟の声は、その痕跡すら残さずに消え失せていた。
「……助かった」
「いえ、アーデさんには騎士達を助けていただいた恩がありますし、それになんと言うか、その……」
そう言いかけたセレーラは、何故か話の途中で急に口を閉じて顔を背けてしまった。そしてチラチラと横目でこちらの様子を伺う彼女の頬には、何故か朱が差しているように見える。……え、何で!?
「敬語を使われない会話というのが、慣れてなくてですね。ちょっと新鮮と言いますか……」
少し恥ずかしそうにはにかむセレーラ。……そういえば目の前の彼女、公爵家の娘でしたね。深く考えなくても庶民な俺よりよっぽど身分が高い子である。
「敬語を使った方が良い?」
「いえ、そのままで大丈夫ですっ。むしろ様付けも無しでお願いします!」
セレーラはガシッと勢い良く俺の両肩を掴み、互いの鼻が触れてしまいそうな距離まで顔を寄せた。
(顔が近い……っ!)
滑らかな白金の髪が頬を撫でる。藍色の瞳に至近距離から見つめられた俺は、妙な気恥ずかしさを感じて思わず目を逸らした。美少女に間近で見つめられるなんて経験は当然皆無なわけで、頬が熱いのが自分でも感じ取れてしまう。
「キマシ」
「それ以上はダメだ」
オリベルの呟きを遮り、首を振って冷静さを取り戻してから密着しているセレーラをなんとか引き離した。というより、何でボス部屋の目の前に来てからグダッてるんだろう。謎だ。
「……サテ、ダ。緊張モ解ケタタイミングデ作戦会議ト洒落込モウジャナイカ。前衛ハ俺デ構ワナイカ?」
「問題はない。けど、やれる?」
カチカチと掌を叩き注目を集めたオリベルが先陣を申し出る。基本が後衛職の俺としては願ってもない話ではあるが、敵の正面に陣取る以上、オリベルがもっとも危険に晒されることになる。
サソリ相手に大立ち回りを演じしていたことを鑑みるに、自己申告以上の実力はあるのだろう。しかし相手は腐ってもダンジョンマスター。何をしでかすか分からない厄介な相手。
「安心シロ。コノ身ハ既ニ朽チ果テタモノ。生アルオ前達ニ比ベレバ、ソノ価値ナドソコラノ石コロニ劣ッテイル。存分ニ盾トシテ使ッテクレタマエ」
コンコンと自身の胸骨を叩き、自信有り気に笑うオリベル。話の内容と態度が合致していないような気もするが、まあ本人が問題ないと言ってるから別に良いか。
(しかし、転生者とは思えないほど達観した価値観だな。偶然にしろ事故にしろ「自分の為」の転生なわけだし、もう少し「自分大事に」な方針でも誰にも責められないだろうに……)
「了解。セレーラさ……は、離れないように。大抵のものは魔導書が防いでくれるけど、近くにいた方が何かと都合が良い」
「わかりました。……ふふ、慣れてくださいね?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるセレーラ。これも謎だ。彼女がここまで親しげな態度を取る切っ掛けが思い浮かばない。何かしたっけ?
(ま、今は目の前のことに集中するか。どちらも後で考えればいい話だ)
「準備ハ良イナ? ーー行クゾ」
オリベルに頷き返し、魔導書を構える。彼が骨の指で鋼鉄の扉を押し込むと、鈍重な音を立ててゆっくりと開き、それに合わせ先の空間も姿を現していく。
体育館くらいのスペースはあるだろうか? 20メートル程の石柱が天井を支える、まるで神殿の祭壇前のような光景だ。何にせよ『飛翔』を使うのに支障が無い広さなのはありがたい。
そして直方体の空間の最奥、白く磨かれた階段の最上段にこの迷宮の主は立っていた。
「よく来たな! このツバキ様の迷宮を突破するとは、なかなかやるようじゃないか!」
腰に手を当て、偉そうに踏ん反り返る黒髪の青年。その隣には見覚えのある妖精の姿もある。青年を挟んだ反対側に老人の姿も見えるが、こちらには見覚えはないな。
「だが悪いな! お前「ええ、お待ちしておりましたよ。ーーあア、本当に待ちくたびれたゼ」
ツバキと名乗った青年を遮り、老人がこちらへと歩み出る。皺だらけの顔に不気味な笑みを湛えたソイツは俺たちを、ーー俺を見て、怖気の走る声で嘲笑うように告げた。
「さア、ようこそおいで下さいましたネ地獄の迷宮へ。ここから先はこの迷宮の主こと、ガメスオードが歓待してヤるよ。是非楽しんでいってくレ。百合姫様よ」
刹那、広間の壁、床、天井が黒一色へと染まる。そして、視界を埋め尽くす程の禍々しい触手が至る所から現れ、ーー俺たちへと襲い掛かった。
(●ω●)「アーデに物量で挑む? それなんて死亡フラグ」
アーデ「ふふん。疾く失せよ、ザッシュー」
(●ω|「間違いなく慢心して負けるな」
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SORIで宇宙を旅させる作者がいるとかなんとか。