怠惰47 仮初めのパーティー
東京でも雪が降りましたね。……足が冷たい。
短いですが……では、どうぞ。
「じゃあ、この状況の説明よろしく、オリベル」
巨大サソリが完全に活動を停止したのを確認した俺は、被っていたフードと脱いで背後へと振り返る。そして海賊服に骸骨姿のオリベル、更にその後ろに倒れ伏す鎧姿の騎士達を一瞥し、彼をジト目で睨み説明を求める。
「説明ト言ワレテモナ。コノ嬢チャン達ガ苦戦シテイルトコロニ助太刀ニ入ッタダケダ。ソレ以上デモソレ以下デモナイゾ」
しかしカラカラと骨の音を立てて笑うオリベルはどこ吹く風で俺の追及を受け流してしまう。いや、一番困るのはお前だろうに、そんな適当な姿勢で良いのかと。
「あの……、助けてくれてありがとう。アーデフェルトさん」
背後から掛けられた声にオリベルに向けていた視線を戻せば、プラチナブロンドの長髪を後ろで一つに纏め、銀のドレスアーマーを着込んだ少女が心なしか困惑した表情を浮かべて立っていた。
この子は確か剣帝イルデインの娘で……セレーラという名前だったはず。うん、枠にもそう表示されている。
「気にしなくて良い。それより、後ろの騎士に治療は必要? 良ければ治療するけど」
「と、そうですね。聞きたいことは数えられないほどありますが、後でも良い話です。かなり深手を負った騎士が数人いるのですが、薬は足りそうですか?」
うん? 心なしか以前会った時よりも丁寧というか……しおらしいな。怪我でも隠してるのか?
(まぁ、セレーラの件は後回しだ。流石にあの傷を放置したら拙いことくらい、素人の俺でも分かる)
何せ重傷を負った五人の騎士のうち二人は、鎧が砕ける程の大怪我を負っている。足元の石畳に広がる大きな血溜まりを見るに、おそらく先ほどの巨大サソリの鋏か尻尾の攻撃が直撃したのだろう。
「必要ない。治癒魔法で十分。ーー対象5名、『風霊の癒し』」
呼吸もままならずに斃れ伏す騎士達の前に立ち、魔導書から人数分のページを空中へと展開する。
「……風属性の上級回復魔法。それも五つ同時行使……? あなたは一体」
呆然と何か呟いているセレーラの様子を横目でこっそり窺っている間に、宙に浮かぶページから淡い萌葱色の輝く粒子が降り注ぐ。
それは倒れている騎士たちへと吸い込まれ、淡い暖かな光で彼らを包み込む。
「……うぅ」
「エミスっ!」
やがて騎士の一人がピクリと動き、小さな呻き声を上げた。それに気が付いたセレーラは駆け寄って砕けた鎧姿の騎士を助け起こす。
「姫、様。私は……生きて……?」
「ええ、生きてるわ。よかった……本当に、よかった……!」
フルフェイスの兜を取り外したその騎士はーー女性だった。赤髪褐色の、格好良い系の女性。まだ意識がはっきりとしていないのか、とろんとした目付きで周囲を見回して……俺、の後ろにいる海賊服骸骨姿のオリベルを見て目を見開いた。
「なっ、ひ、姫様! スケルトンがいます! すぐに剣を構えてください!」
ガシャリと壊れかけの鎧姿で立ち上がり、大剣を構える女騎士。足元も覚束ないのに戦う余裕なんてあるんだろうか? 相当無理をしているように見えるが……。
「待ってエミス。あちらの骸骨の海賊は、少なくとも敵ではないわ。全滅しかけていた私たちに、彼は助太刀してくれたのだから」
幸いというか、当然というべきか。主と思われるセレーラからストップが入る。ーーこれでようやく話し合いくらいは出来そう、か?
「し、しかし姫様……」
「少し、いい?」
切っ先を下げはしたものの、未だに疑わしげな表情を浮かべているエミスという騎士の正面に立つ。エミスとは頭二つ分ほど身長に差がある為、見上げるかたちで彼女のことをじっと見つめる。
「だ、ダンジョンに幼子が……?」
「ひとつ聞かせて欲しい。あなた方ではこれ以上進むというのは、厳しい?」
俺の声を聞いて振り返った女騎士は、自身の胸元にも満たない俺の姿を見、目を見開いて驚く。なにか失礼な評価をいただいた気もするが、まあ構わない。
容姿が年端もいかない少女であることに違いはない。それに、むしろ俺としてはこれくらい小柄の方が……。
「……厳しいな。貴女が回復してくれたのなら、先に礼を言わせていただきたい。しかし血を流してしまった為か力があまり入らない。この状態で下層へと潜るのは……自殺行為だ」
まあ、それが妥当か。……しかし、回復魔法を使っても失った血は元に戻らないのか。
(勇者達は腕とか脚が吹っ飛んでも平気で戦ってたけどなぁ。その辺りのタフさはレベルの関係もあるのか?)
かつての勇者たちとの戦いでは、彼らは腕が吹き飛んでも、脚が吹き飛ばされても平然と欠損を治して戦いに復帰していた。比べてはいけないのだろうが、多少の大怪我で戦えなくなると言うのは騎士としてどうなのだろう。
(ま、今回のダンジョン攻略は無理をする必要も無いし、死に物狂いではないのかもな。邪魔が入らないならそれはそれで悪くないか)
「分かった。帰りの護衛は必要? これから地下に向かうから、戦力はあまり割けない」
「な……正気なのか!? このダンジョンは何かがおかしい! レッドスコルピオンが第一階層から出現するなんて話、今まで一度も聞いたことがない! 一刻も早く地上に引き返し、大規模な討伐部隊を編成して攻略すべき危険な迷宮だ!」
言っていることはごもっとも。しかし、今回の相手は俺と同郷の日本人なのだ。むしろ数を揃えればそれだけ不利になる。
「それは、私には関係のない話。確かにここのダンジョンマスターは、この世界の常識が通用しない相手。……けど、あなた方が進まなくても自分は行かせてもらう」
毒を以て毒を制する。俺としてもあいつに聞きたいことが幾つかあるので、なるべくなら部外者がいない方が都合が良い。
「しかし……」
何か躊躇うような素振りを見せる女騎士をジッと見据える。が、答えを返したのは隣のセレーラだった。
「アーデさん。私だけでも同行させて貰えませんか? 幸い怪我もしていませんし、足を引っ張るような真似はいたしません」
「ひ、姫様!?」
「ダンジョンマスターの話は父上から幾度か耳にしたことがあります。『あれは人の姿をしていながら、人語を介さない狂気を纏った獣だ』と」
ふむ、そういえば勇者も似たようなことを言っていたな。あいつ曰く、「人に似た何か」だと。
確かにこの世界の人と転生者では存在からして大きく異なるのだろうが……。地上で会ったツバキには特に変わった点は見つけられなかったな。ちょっと餓死しかけてたけど。
「ですが、アーデさんたちはそのダンジョンマスターに会いに行こうとしている。過去の伝承、それともあなた方の話す迷宮の支配者が正しいのか、その真実を見極めさせて下さい」
スッと、止める間も無く頭を下げたセレーラ。貴族の令嬢が頭を下げるという行為がどれ程の事なのかは、彼女の背後に立つエミスさんの顔色を見ればよく分かる。……ーー真っ青だよ。
(……まあ、別に俺は良いか。あんまり人前で話すような内容じゃないってだけで、そこまで隠すような事でもないし。いざとなれば俺が守れば何とかなるかね? 問題があるとすればオリベルだが……なさそうだな)
もう一人の同行者であるオリベルをチラリと横目で確認すれば、カラカラと骸骨の首を回して暇そうにしていた。ああ、うん。元から死んでるし問題はどこにもないな。
「分かった。宜しく、セレーラ……様?」
「いえ、セレーラと呼び捨てで。そちらの、骸骨の方は?」
「ウン? アア、俺ノ名ハオリベル。一時仲間ダガ、ヨロシクタノムヨ」
カラカラと顎を鳴らして頷く海賊姿の骸骨。公爵家の跡取り娘の剣士。そして普通の魔導師。
なんて濃いメンツ…………あれ? そこまででもない、な……。
(●ω●)「あ、因みにダンジョン攻略描写は全カットです」
アーデ「は……、はぁ!?」
(●ω|「あ、次回は久々のダンジョンマスター視点かと」
ア「え、ええぇ……」




