45話目 地下水道に潜む影
早く更新出来たと思っていたらそうでもなかった。悲しい……。
では、どうぞ……。
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「何だ、この感じ……」
オリベルの実験室からダンジョンへと入った俺を待ち受けていたのは、地下水路を満たす酷く澱んだ空気だった。無臭だった筈の地下水路は今、下水道として相応しい悪臭を蔓延させていた。
一呼吸する毎に襲ってくる不快な臭いから逃れる為、裏路地に入る際にいつも付けている手拭いで口許を覆い、白髪に臭いが染み付かないよう深めにフードを冠る。
(これは……臭いだけじゃないな。魔力も地上とは違う、嫌な感じだ)
外ーー地上に漂う魔力を水に例えると、ここに漂うのはまるで油だ。似て非なる、決して混じり合うことのない別の存在。
「……『風の矢』」
地下水路の壁と天井の闇に潜んでいた、蜘蛛のような魔物を撃ち抜く。本来ならば奇襲を掛けるには最適の地形と状況なんだろうが、魔道書からばら撒いた紙が周囲を明るく照らすお陰で、魔物側のメリットは完全に潰せている。
(つっても、今の俺でも背後に目がついてる訳じゃない。出来ればもっと索敵が得意な存在が居てくれれば良かったが……ああ、サクを連れて来るべきだったな)
念の為、周囲を見回して近くに魔物がいない事を確認しておく。幾ら物陰からの奇襲の可能性は減らせても、背後からの襲撃は目視でなくては到底心許ないからだ。
(ウルスザを呼べれば良かったんだが、……あの体格で戦うには、ここは狭過ぎる)
前衛後衛の立ち位置を考えても、俺と主従の契約を結ぶ人馬の騎士は先導役として最適な存在……なのだが、その馬という因子に人間の上半身を繋げた幻獣という特性が、今回は仇となってしまっていた。
そもそも騎乗用ペットの役割が『プレイヤーを乗せて移動する』ものであるが為に、必然的にその体格は大きくならざるを得ない。
だが地下水路を利用して造られたこのダンジョンはというと、高さが3メートルにも満たず、横幅も水路が占有しているため人の利用する通路が非常に狭くなっている。これでは満足に馬上槍を振るうことすら出来ないだろう。
そして俺が喚び出せる他の騎乗用ペットで、ウルスザよりもサイズの小さいやつは存在しない。グリフォンのピー子なんて翼を満足に広げることすら出来ないと思う。
「……ん、あいつを出してみるか」
今までの相棒を喚び出せないとなれば、選択肢は一つ。まだ試していない、騎乗用とは異なる役目を持つペットを喚び出せばいい。
「『召喚・スネークヒュドラ』」
召喚の為の起句を紡げば、足元に光によって描かれた魔法陣が出現し、そこから這い出すかたちで細長い形状の生物が姿を現した。
「元気か、……ヒューちゃん」
チー、チー!
キョロキョロと細長い一つの胴体から生やした九つの頭で周囲を見回すそいつの名を呼べば、その全ての頭が一斉にこちらへと振り向き、心なしか嬉しそうな鳴き声を上げた。……あれ、蛇って鳴いたっけ?
まあ、足元で鎌首をもたげて俺の事を見上げるこいつは、蛇じゃなくて多頭水蛇だし。うん、鳴いても別におかしくないな!
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ヒューちゃん、?歳
Lv.50
飼い主・アーデフェルト
称号・ヒュドラの幼体、壊死の蛇毒、虹の怪物
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……どの辺が虹色なんだろう。目の前で蠢くヒュドラの体色は、どう見ても灰色だ。ステータスを覗き込んで謎の称号を目にした俺は、思わず首を傾げてしまう。どこをどう見ても虹の要素が見当たらない。てか称号には幼体と表示されてるんだが、地味にレベル高いな。
「まあいいや。ヒューちゃん、そこの蜘蛛を回収して来てくれ」
称号の件についての疑問は傍に捨て、本来の目的である、アイテム回収用のペットの動向を観察するために指示を出してみる。
ーーアイテム回収用のペットとはその名の通り、手間の掛かるドロップアイテムの回収を自動で行う追従型NPCの事だ。
キー連打という、地味に面倒な回収作業をせずに済むということで、課金アイテムとしては割と多くのプレイヤーが購入していた代物だった。
因みに、BOT対策やら何やらで、何もせずに一定時間キャラを放置した状態にすると、ペットは勝手に消えてしまう。まあゲームの運営としても、楽して大量に取得した素材で金儲けさせる訳にはいかないだろうから当然ではあるーー
とまあ、目の前で体をくねらせている、全長1メートル程度のちみっこいヒュドラがその回収用ペットにあたるのだが、どんな風に蜘蛛の素材を回収するのか気になった俺は、観察しようとシュルシュルと進むヒューちゃんを注視する。
チー、チー!
俺の指示に可愛らしい鳴き声で応えたヒューちゃんは、『風の矢』の風圧で圧死した蜘蛛の残骸の元に辿り着くと、徐にーー呑み込んだ。
「へっ?」
予想外の行動に一瞬思考が停止する。が、俺のリアクションなど一顧だにせず、ヒューちゃんは蜘蛛の砕けた胴体、千切れた脚部、正体不明の白い塊に九つの頭で喰らい付き、大顎を開けて呑み込んでしまう。
いや、そうじゃなくて……。と言う間もなく、自身の半分程度のサイズがあった蜘蛛を、跡形も無く平らげてしまった。
そして『食事』を済ませたヒューちゃんが俺の足元にまで戻って来ると、まるで褒めてくれと言わんばかりに、そのくりくりっとしたつぶらな瞳で俺の事を見つめてきた。……なんかカワイイな。けどこいつヒュドラなんだよな。
「……って、そうじゃ無くて。素材として確認したかったから回収したかったんだけど、何で食べた?」
いつまでも十八の瞳と見つめ合っている訳にもいかないので、ヒューちゃんに今の行動を問い質す。ピー子もウルスザも人語を理解していたし、多分ヒューちゃんも言葉を理解出来るだろう。
シュー?
そう考えての問い掛けだったのだが、ヒューちゃんはただその九つの頭を傾げただけだ。器用に尻尾を「?」の形に曲げているが、寧ろ俺の方が疑問符を浮かべたい気分だよ。
「……はぁ。ま、別にあれが欲しかったわけじゃないし、別にいいか。それより……ヒューちゃんは戦える?」
アイテムの回収方法はまた後日考える事にして、今は目の前のヒュドラがこのダンジョンで役に立つかを考える事にする。
最低でも雑魚モンスターを楽に葬れる戦闘力、欲を言えば擬態した魔物を看破出来る索敵能力が欲しい。この体の五感は、桁違いに跳ね上がった身体能力に比べ、劇的に向上している訳ではないのだから。
チー、チー!
俺の問いに対し、思い思いに頷く九つの頭部。ヒュドラだし攻撃方法は噛み付き&毒攻撃か? と、適当な予想を思い浮かべていたのだが、徐に左端の蛇頭がその長い鎌首を反らし、何かを溜めるような仕草に自然と視線が吸い寄せられる。
シュボッ!!
途端、俺の真横を、赤の熱線が通り過ぎていった。
ジュッッゥゥゥ…………
「…………ふぁ?」
ハラリと熱風に煽られた白髪とローブとが元の位置に収まり、熱線の着弾点に黒焦げと化した魔物の残骸が転がっているのを確認してようやく俺は何が起きたのかを理解した。
ーーヒューちゃんの首の一つが熱線を放ち、背後から忍び寄ってきていた数匹の蜘蛛の魔物を灼き払ったーー
カサカサカサカサカサカサ……………
それを理解するのと同時、俺の耳に小さな、それでいてはっきりと聞き取れる不気味な物音が届いた。
チーチー!
「……まさか」
だんだんと大きく、接近してくる何かを報せる物音に、散発的に現れていた魔物。ずぃと俺の前に陣取り、鎌首をもたげて威嚇するヒューちゃん。
直感的にダンジョンマスターからの襲撃だと悟った俺は、振り返り、迫り来るソレを見てーー嗤った。
カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ……
苔の生えた石造りの道、壁、天井をびっしりと埋め尽くす蜘蛛の大群が、俺たちを押し潰さんと狂ったように突き進んできていた。
ページが放つ光に照らされ、数えるのがアホらしくなるような無数の複眼が鈍く光る。、何が放つ光なのか知らない者ならば、もしかしたら綺麗だと評価していたかもしれない。
「『詩篇城塞』、使用枚数1、『彗星光条』」
だが、それが獲物を狙って迫り来る捕食者の眼光だと知っている以上、俺がすべき行動は一つだけ。込み上げてくる高揚感に呼応して魔力が全身を駆け巡り、肉体から溢れ、物理的な風となってローブを激しくはためかせる。
「盛大な歓迎ありがとう。でも、これじゃ役不足。……ええっと」
およそ万を超える蜘蛛の大群を前に、俺は小さな笑みを浮かべ、魔導書を蜘蛛の群れに向けて掲げる。
「私に物量で攻めるなら、この百倍は連れて来るといい。ーー魔物の貯蔵は十分? ダンジョンマスター」
直後、純白の奔流が薄暗い下水道を眩く染め上げた。
アーデ「あだ名はドラちゃんでも良かったかな?」
(●ω●)「某猫型ロボットに喧嘩を売るつもりか?」
ア「ヒューちゃんの方があっちより絶対カワイイ」
(●ω|「えっ……」(全長1メートル。牙から猛毒を滴らせる九つの蛇頭を見返す)
ア「え?」
最後のオマージュ、モデルにした人物のことを考えると、アーデは言われる側ですよね……。




