43話目 常闇への招待状
大分間が空いてしまいましたが、何とか投稿。暫く更新が滞ってしまいますが、ご容赦を。
全て夏の暑さがいけないのです。ええ、決してげーむにうつつをぬかしてなんてイマセンヨ?
では、どうぞ。
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「うげっ、まさかオーガまでやられたのかよ! この街の兵士、思ってたより強くないか!?」
ベイレーンの地下。下水道を利用して造られたダンジョンの最下層に、薄暗い雰囲気には似つかわしくない大声が響き渡った。
「兄貴、地上にはあの白髪女がいるんですぜ。あれに見つかれば、そりゃあオーガ程度じゃ瞬殺されてしまいますぜ」
すぐ側で叫ばれ、耳を痛そうに手で押さえた妖精が呆れたような口調でそう告げる。相棒である人間の奇行にもある程度は慣れてきた妖精だが、ツバキの突然叫び声を上げる癖だけにはどうしても有効な対策を立てられていなかった。
「そ、そりゃあそうだが。うーむ、もっと強い奴を呼び出した方が良いか?」
兄貴と呼ばれた黒髪の青年、ツバキは悩ましげにコンソールへと指を走らせる。それに呼応して出現した枠に映し出されるモンスターの一覧を眺めるが、現在のDPで召喚出来る魔物に適任がいない事を理解したツバキは、ぐぬぬと低く唸った。
「あー、ドラゴンを10体くらい一気に召喚出来れば楽チンなんだけどなぁ〜。どうにかなんねーか?」
「今ならきっと小指くらいなら雇えますぜ」
「いや、小指を雇うって何だよ……」
アーデのマイルームで飢え掛けていた時には、考えもしなかった贅沢な悩みだ。少なくとも最後の食料だったピーナッツを巡り、相棒の妖精と醜い争いを繰り広げていた時と違って。
「ははは、相変わらずツバキ殿達は賑やかですな」
二人だけしかいなかったマスタールームに、老人の嗄れた声が響く。言い争いを続けていた二人が、この部屋で唯一の出入り口である扉に目を向けると、そこには白く染まった髭に燕尾服を着込んだ老翁の姿があった。
「お、ガメスオードの爺さんじゃんか! ダンジョンでの用事ってのは、もう終わったのか?」
ディスプレイの手前に備え付けられているリクライニングチェアーからツバキは身軽に飛び降りて、ガメスオードと呼んだ老翁の元に駆け寄った。その後ろを妖精がふわふわとゆっくり飛んで追従する。
「ええ。多少時間は掛かりましたが、罠の配置に迷宮の通路の封鎖、そしてとっておきの魔物の召喚に無事成功しましたよ。後はツバキ殿のお力があれば、容易くこの街を支配できましょう」
「そうか! いやー、ほんと爺さんが偶々地下水道を彷徨っててくれて助かったよ。もしいなかったら多分俺たちは餓死してたよなぁ?」
「……そですネ」
喜びを顔一杯に表しているツバキとは対照的に、妖精は胡散臭そうに老翁を睨みつけていた。
一見無害そうに微笑んでいる目の前の老人だが、例え見た目は人の姿こそ真似ているものの、その中身が全く異なることに妖精は気付いていた。
「ははは。しかし妖精殿にはご満足頂けなかった様子。どうです? 親睦を深める為にもここは一つ、晩酌にでもお付き合いいただけますかな?」
「……遠慮しておきますぜ。そんな事より兄貴、ようやくダンジョンに侵入者が現れましたぜ。早速迎撃の準備をしましょうぜ」
ガメスオードの申し出を一蹴し、妖精はダンジョンの内部を映すスクリーンを展開する。その映像には、冒険者らしき統一感のない装備に身を包んだ集団と、白銀に輝く鎧を纏う、騎士と思わしき集団の二つがダンジョン内に侵入する光景が映し出されていた。
「お、早速来やがったか! くっくっく。このツバキ様のダンジョンに入ったこと、たっっぷりと後悔させてやるぜ。行くぞ相棒!!」
「押忍、兄貴! あんなやつらボコボコにして祝勝会を挙げましょう! ピッツァ、モッツァレラのピッツァが食べたいですぜ!」
ハイテンションで騒ぐツバキ達の、その無防備な背後に立つガメスオードは、彼らの背中を怪しげな笑みを浮かべてじっと見守っていた。
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「……うん。寝坊した」
座卓に転がる置き時計を拾い上げた俺は、それが間違いなく昼過ぎを指しているという事実に、そっと息を吐いて項垂れた。
寝癖のついた白髪を手で梳かしつつ、今日着ていく服を桐箪笥から適当に選び出す。といっても、基本紫の服に黒のローブしか選ばないので、そこまで時間は掛からない。
(まあ、これが一番落ち着く服装だし、不満だとは思わないが……)
サクやリリィに文句を言われない程度に身だしなみを整え、寝室を出る。
「む、サクもいない……」
いつもよりリビングが静かな事に気が付く。二階の通路から一階を見下ろせば、珍しい事に同居人の姿が一人として見当たらなかった。
個人の仕事を持つケイやリリィだけでなく、俺が家に居る間は、常に何らかの家事に勤しんでいるサクの姿もない。
珍しいなと思いつつ一階に飛び降りれば、ダイニングテーブルに置かれた昼食と思わしき数品の料理と、その横に並ぶ二枚のメモに自然と目が吸い寄せられる。
(…………うん。読めん)
彼女達の書き置きである事は何となく察せられたのだが、小さな紙片に刻まれた、未知の文字列を解読するには至らなかった。
(ほんと、何で会話は出来るのに文字は読めないんだか……。不便だ)
それでも辛うじてサクやリリィといった名前は読み取れたので、どちらが書いた手紙なのかの判別は可能だった。状況証拠として、3人が出掛けているのもまあ分かる。しかしどこに行ったかとなれば……
「あ、これ……」
サクが拵えた昼食を摘みつつ、諦め半分で読めない手紙に目を通していた。するとリリィの書いた手紙の一文に、見知った名前ーーオウビの名が書かれているのに気が付いた。
(ああ、分からないなら他の人に聞けば良かったんじゃないか。何故もっと早く気が付けなかったんだ)
あの婆さんならば、俺が文字を読めないことを知っているし、ともすればリリィも婆さんの家にいるかもしれない。かつてはケイが仕事に出掛けている間、オウビ婆さんがリリィの子守をしていたこともあったそうだし。
そんな推測を立てつつ昼食を完食した俺は、早速この家の大家でもある、オウビ婆さんのところへ向かう為に身支度を整える。とはいえそこまで離れているわけでもないから、顔洗って歯磨きを済ませ、そのままマイルームを後にする。
「まあ、ここにもいないよな」
誰もいないマイルームの外にある家を通り抜け、薬品を錬成する為の大釜が鎮座する土間でブーツを履く。様々な素材が投げ込まれた大釜から漂う、ツンとした薬品の刺激臭だが、意外と嫌いな臭いではない。
「……冷たっ」
扉を開き外に出ると、まだ冷たさの残る風が頬を掠めていく。ケイ曰く、この時期は山脈を降りてくる寒風が特に勢いを増し、街が建てられた扇状地に流れ込んでくるんだとか。
寒風を遮る為にフードを深く被り、木造造りの似たような建物が並ぶ石畳の道を歩く。
ここの通りは夜の歓楽街に近いこともあり、昼である今の往来は疎らなものだ。昼から開いている幾つかの商店の売り子達も、暇そうに談笑して時間を潰している。
「と、確かここだったはず」
自宅から大して離れていないお陰で流石に覚えていた。これでもう少し離れた位置にあったりしたら……迷子になっていたかもしれない。
「オウビさん、いる?」
ノックしてから暫く待つと、扉越しに面倒臭そうな溜息と鍵の開ける音が聞こえ、ガチャリと扉が開いた。その扉の隙間から顔を出したのは、白髪混じりの髪に二本の短い角を生やす見慣れた老女。
「おや、お前さんか。リリィの予想よりも早く来たねぇ……。入んな。お前さん家のものには及ばないが、茶のひとつくらい用意するさね」
つまり、リリィ達はわざと俺の事を起こしてくれなかったという訳か。ひでぇ。
オウビ婆さんに促されるままに古びた家屋の中に入ると、いつもの車椅子に座り、優雅に紅茶の味を楽しんでいるリリィの姿が。
「あら、アーデ。一人で起きられるなんて偉いじゃない。サクさんが知ったらきっと喜ぶと思うわ」
俺に気が付いて顔を上げた彼女は、俺と瓜二つな顔に笑みを浮かべて手をひらひらと揺らしていた。どことなくいいところのお嬢様みたいな仕草だけど、一市民だよな?
「子供じゃないから。それより、ケイは仕事?」
「うん。今日中には帰れないかもしれないって。置き手紙、読んだでしょ?」
読めなかったからここを訪れたんだけどな。
「いや、この国の文字が読めないこと、言ってなかった?」
「え、初耳……」
リリィはぽかんと口を開けて驚いている。どうやら本当に知らなかったらしい。やっぱ明日から勉強するか……。
「という訳で、サクの置き手紙に何て書いてあるのか、教えて」
「はぁ……。アーデって、時々信じられないくらい常識的なことを知らなかったりするよね。……用事で帰るのが遅くなるから、夕飯は冷蔵庫に作り置きしてある魚の煮付けを食べてくださいって書いてあるわ。サクさんが夕食を作り置きなんて、珍しいんじゃない?」
手渡したメモに目を走らせたリリィは、意外そうな表情を顔に浮かべて小首を傾げる。同じような感想を抱いた俺も頷き返し、顎に指を当てて読めない文字の刻まれている文字をじっと見つめる。
確かに珍しかった。彼女が夕食を作り置きで済ませるのは、彼女が俺の家で包丁を握ってから初めてのことだ。何かあったんだろうか?
「(リリィ、念話でサクと連絡取れる?)」
『今試してみたけど、繋がらない。少なくとも、私の念話が届く範囲は街の端から端までだから、多分街の外にいるみたい』
オウビ婆さんに聞こえないよう小声で確認すると、リリィは間髪入れずに念話で応じてくれた。しかし街の外……? ベイレーンの近郊には何も無かった筈なんだが……。
「まあ、サクには家事を全部押し付けてるし、ちょっと休憩を取ったからって文句を言うつもりはない」
「うーん、そういう話じゃないと思うのだけど……、まあ、アーデがそう言うのなら」
勿論俺も本気で言っている訳じゃない。十中八九、彼女の以前の職場から連絡が来たんだろうな。それ以外に置き手紙で外出を告げる急用があるとは思えないし。
「それじゃ、一旦家に戻る。何かお茶請けでも持ってくる?」
「あ、ならどら焼きをお願い。餡子だっけ? あれ気に入っちゃった」
「わかった」
リリィのリクエストに頷き、ちょうどお茶を運んで来たオウビ婆さんにすぐ戻ると伝えて家を出る。
「ん……あれ?」
自宅に戻るのには大して時間も掛からなかったのだが、家の前に見覚えのある少年が立っているのを見て俺は足を止めた。
「ルージ、どうした?」
「あ、お前! どこ行ってたんだ。探したんだぞ!」
10歳くらいの少年が俺のことを見上げて指を指してきた。少し荒んだ表情を見せるこの少年の名はルージ。娼館街の路地裏で生活している子供達のリーダーだ。
「知り合いの家を訪ねてたけど、そっちこそどうした。それにマロンは?」
しかし、いつも一緒にいる少女、マロンの姿が見当たらない。あの子ならルージが外に行こうとすれば、必ずついて行くと思うのだが。
「そうだ! マロンが、マロンが……あ痛っ!?」
「落ち着け。お前が慌てても俺は何も分からない。……お姉さんに、分かるよう説明しろ」
右往左往しているルージに軽くデコピンを喰らわせ、無理矢理落ち着かせる。ルージがどんなに焦ったところで、頼られようとしている俺には異常事態が起きたことくらいしか分からないのだ。
突如として額を襲った痛みに、暫く悶絶して蹲るルージ。ちょっと強過ぎたか? と思う間もなく復活した彼は、突然俺に向かって深々と頭を下げた。
「ご、ごめん。でも……マロンが、マロンが魔物に攫われたんだ! お願いします、マロンを助けてくれ!」
10歳にも満たない少年が、頭を下げて願ったその頼みは、俺がオリベルの隠れ家に向かって駆け出す理由としては十分過ぎるものだった。
アーデ「遅い」
(●ω●)「サーセン」
ア「どうにかならない?」
(●ω|「ならぬ」
ア「そう……(徐ろに包丁を取り出す)」
(●ω|「タスケテー」
フィギュアヘッズ、いつの間にか電子の歌姫ともコラボ始めてました。財布の紐、緩めても良いかな……。




