42話目 白金
暑さで脳が溶けそうです。ただでさえ遅筆だというのに、それ以上に筆が進まなくなってます……。お酒も身体が火照ってしまうので、この時期は飲むに飲めません。
生暖かい目で見守って頂ければ、いえ、それだと暑そうなので冷たい目で見守ってくれれば幸いです。
では、どうぞ!
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「折角来てもらって悪いが、まともな茶を出す事すら出来ん。あまりに人手が足りていない所為で、生き残りの侍女達にも仕事を回しているのだ。人手不足自体は、今日来る私の娘達が到着すれば解消されそうではあるがな」
元は練兵場だったという広場に建てられた陣幕の中で、イルデインはそんな事を告げた。そういえば陣幕の入り口に立つ警備兵すらいなかったし、よく見ればイルデインの目元には隈が薄っすらと残っている。ブラックかな?
「別に構わない。……それとも、サクに淹れてもらう?」
「ふん。エルフィーンの密偵が何故従者などしているのやら。本国に戻ろうとは思わないのか?」
ただでさえ目つきが悪いというのに、隈のせいで剣帝は鬼のような形相を浮かべているように見える。もう少し子供を泣かせない表情を浮かべた方が良いんじゃないか?
「過去はどうであれ、今の私はアーデ様の従者。それ以上でもそれ以下でもありません」
しかしそんかさな恐ろしげな視線で睨まれても、サクは涼しげな表情で受け流している。まあ、その辺りの事もこれが終わったら解決しておかないとだな。……面倒な気もするけど仕方ない。安定した食生活の為にも必要経費だと割り切ろう。
「……まあ良い。今は他国の密偵の話よりも、自称普通の魔導師殿の方が大事だからな。ーー改めて礼を言おう。街をを大怪魔の災厄から守り、第三王子派の暗躍の阻止、感謝する」
……えええ。街の防衛は兎も角、第三王子が何ちゃらと言われても全く知らない話なんだが。どこか知らない場所でクーデターでも起きてるの?
「感謝は受け取っておく……きます」
「それで、貴様は一体何者だ? 普通の魔導師とやらは、まず伝説級の魔導書を手にする事などまずあり得ん。そしてあの大怪魔ですら一撃で葬り去る剣を使い捨てるなど、以ての外だろうが」
デスヨネー。まあ、『ハマツルギ』をそのままにしていたのは純粋に忘れ……もとい、念の為カースキマイラが復活しないかどうか時間を開けて観察する為だ。
決して、急に勿体無い気がして回収しようとここに来たわけではないのだ。あくまでダンジョンの攻略の許可をもぎ取ることが優先。そこそこ貴重な剣の回収は副次的な目標に過ぎない。
「あれ以上の己の紹介の仕方は存在しない。……ま、勇者の友人とだけ言っておく」
そして困った時の勇者頼み(名前だけ)。剣帝さんは勇者の師匠だそうだし、これで警戒心を解いてくれる事を願おう。
「あの女好きの、友人だと? ……現地妻ではなくてか?」
「あのバカは何をやってる!?」
師匠にすら真っ先にそれを疑われるとか、あいつの女癖どんだけ悪いんだよ! むしろビスマ村で俺の貞操が無事でいられたのが不思議になってきたよ!
「断じて違う。ただの友人」
「そうか。まあ大賢者の書簡を持っているのだから、害を為すような存在でないのは分かる。……それで、何を為す為にここへ来た。魔導師にして薬師の少女よ」
イルデインはそれ以上追及する素振りも見せず、あっさりと本題へと斬り込んできた。今までの前振りは何だったのか……。
「ベイレーンに新しく出来たダンジョンの攻略を許可してほしい。騎士団とか冒険者と鉢合わせて戦闘、なんて事にならないように」
「ダンジョンの攻略許可だと? 確かに私から連絡すればどちらにも話を通す事は出来るが、……何の為にだ?」
「ダンジョンの最奥にちょっと話したい相手がいる」
大分ボヤけた言い回しになってしまったが、イルデインはそれだけで何が言いたかったのか察したらしく、片眉だけを器用に吊り上げて意外そうな表情を浮かべる。
「成程。良かろう、ギルドへの通達くらいならこちらでやっておこう。それと今回の騎士団は動くことが出来んから気にしなくて良いぞ」
? ……ああ、そういえばサクが言っていたダンジョンに潜るかもしれないっていう騎士団は、これからここに来るんだったか。ならさっさとここから退散するに限るな。
「助かります。では、これで。……あ」
「何だ、まだ何かあるのか?」
身体の動きを止めた俺にイルデインは怪訝そうな視線を向ける。目元の隈と相まり、睨まれているようにも思えるから止めて欲しい。
「忘れてた。差し入れ」
そう言って俺は赤い液体が入った小瓶を5個ほど取り出して机に置いた。面倒事を押し付けてしまっているので、彼らに対するせめてものお礼だ。
「これはポーションか。因みに等級は?」
「ランク4。こっちだと……特級ポーションになる?」
ケイに渡した高ランクのポーションが寧ろ人体に害を及ぼしてしまったことを鑑みて、この位がお詫びには妥当だと思うんだが、どうだろう?
「……な」
「では、今度こそ失礼。仕事頑張ってください」
ぺこりと頭を下げて天幕の入り口へと向かう。追従するサクが何やら呆れたような視線をこちらに向けているが……無視だ無視。
目を剥いて動かなくなったイルデインを放置して天幕を出る。と、そのタイミングでようやくサクが口を開いた。
「アーデ様。差し入れで特級ポーションを贈るという話はついぞ聞いた事がないのですが。私が特級ポーションを目にしたのは、エルフィーンでの祭典で大長老が世界樹に奉納した一度きりしかありません」
「……つまり?」
上級ポーションが金貨10枚だから、特級なら100枚くらいかなぁと思っていた。しかし、剣帝やらサクの反応を見るにどうやらそんな簡単な話ではない……っぽい。
「一本で小さな領地なら楽々買えてしまう稀少品を、幾つも持っていると公言したようなものですね」
「…………oh」
遅まきながら面倒な火種を残してしまった事に気が付き、天を仰ぐ。しかし既にやらかした事を後悔しても意味がない。口止めなどの対策を講じるか様子見に留めるかは……ああ。家に帰ってから考えよう。メンドイ。
灰色の中庭を通り抜け、所々に罅が走る正門へと辿り着く。『ハマツルギ』の回収が終わっていないことに道の途中で思い出したが、今更引き返すのも気がひけるので止めておこう。
それに、ランク10くらいの剣ならまだ数に余裕がある。爆撃並の破壊力が必要な事態なんてそう起きるものでもないだろうし、仮に起きたとしても何本もランク10の武器を投下していては街が灰燼に帰してしまう。それでは骨折り損だ。
(カースキマイラ相手でも『彗星光条』で十分なダメージ与えられてたしな。無駄に倉庫の資源を消費する必要もないな)
低ランクの素材なら兎も角、この世界にいるかも分からないモンスターの素材を使うのは躊躇われる。なるべく消費系のアイテムや素材は温存しておこう。
「……と」
「あら?」
そんな事を考えつつ正門を潜り抜けようとしていた俺だが、反対側からやって来たプラチナブロンドの髪の少女を目にして思わず足を止めた。
「……嘘」
「はい?」
(ローズ……いや、違う。別人か)
髪の色が同じだった為、一瞬だけ目の前に立つ少女をローズリンデと見間違えてしまった。が、改めて少女を観察すれば、容姿というか、身に纏っている雰囲気が大分異なっているのが分かる。
ローズリンデは典型的な貴族というか、ツン系のお嬢様だった。薔薇のような美しい華でありながら、その内側に棘や毒を秘めて獲物を喰らう蜘蛛のような狩人。
それに対して、目の前の少女は正統派の女騎士といった出で立ちだ。曇りなき藍色の瞳はしっかりと正面を見据え、不安や猜疑といった負の感情を感じさせない凛々しい表情を可憐な美貌に浮かべている。
「と、何でもありません。失礼した」
『くっ殺』系の女騎士ではなく、皇族のような高貴な身分に仕える専属護衛、もしくは軍を率いて戦う女将軍。彼女はそんな印象だ。
そしてそれが、つい先程まで面会していた剣帝と似たようなものに思えた俺は、彼女の枠を覗き見る。
■
セレーラ=ヨークスコーツ、15歳。
Lv.27
職業・騎士
称号・公爵令嬢、ハーフ、剣姫。
■
やはりそうか。しかしこんな綺麗な子が、あんな強面の男の実の娘だというのだから分からない。母親似なのだろうか?
「そう? なら良いのだけど。……この先には騎士団の陣幕しかないはずよね。貴女達は何をしに来ていたの?」
カチャリと、腰に佩いた二本の細剣と、銀を基調としたドレスアーマーが擦れる音が小さく響く。細剣の二刀流って実用的なんだろうか?
「公爵……閣下にダンジョンの探索の許可を貰いに来ていた。その帰り」
「お父様に。貴女がダンジョンに潜るの?」
「そう」
これ以上詮索を続けられても、良いことは何もない。懐から大賢者の書簡を取り出してセレーラに見せる。
「これは大賢者ユグリースの……そういうことね。私はセレーラ=ヨークスコーツ。不肖ながら『剣姫』の二つ名を賜っているわ。今回のダンジョンの攻略、私や騎士団も参加する事になっているから、どうぞよしなに」
納得した風に頷くセレーラは、思わず惚れてしまいそうな笑顔でこちらに笑いかける。ああ、男のままこっちに来ていたら、多分俺はこの少女に惚れていたな。そう思ってしまうほど可憐な笑みだ。
「アーデフェルト。魔導師をやってる」
それは兎も角、サクの推測通りセレーラがダンジョンに潜るらしい。俺に対して思う事もなさそうだし、騎士団とダンジョン内で遭遇した時は悪い空気にならずに済みそうだ。
「アーデフェルトさんね。どうしてダンジョンに潜るのかは聞かないけれど、ダンジョンボスの撃破は譲らないから」
「なら、楽しみにしている」
といっても俺にとって用があるのはダンジョンマスターの方なので、競争というには若干ズレている気がしなくもない。まあ必要以上に意識されても困るし、このままでいいか。
「ふふ、じゃあ今度はダンジョンで会いましょうか、アーデフェルトさん。それでは、さようなら」
そう言い残したセレーラは、俺たちが歩いて来た灰色の道を遡っていく。父親であるイルデインと話すのだろうけど、仲は良いのだろうか?
「アーデ様」
「どうかした? サク」
城門を抜けて馬車に乗り込む。そして御者が馬に鞭を当てたタイミングでサクが俺の耳元に口を寄せた。その表情はどこか真剣だ。
「あの公爵令嬢、思ったよりも出来るようです。立ち振る舞いは言わずもがなですが、魔力量すら一人前のエルフと同量以上に内包しているとは思いませんでした」
うん。どれだけ凄いのかよく分からない。そも、一人前のエルフがどれだけ魔力を持っているのか知らないから。
「これは私個人の推測になるのですが……、おそらくセレーラ=ヨークスコーツは私と同じハーフ種族かと。それもエルフやドワーフといった人族ではなく、精霊種との」
……うん、分からん。自身の不勉強さに涙が出てきそうだ。
(はぁ。ダンジョンに潜る前に、サクの講義が始まりそうだ……)
どの様にして自然な形でサクに質問するか、俺は頭を悩ませたのだった。
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結局、日が暮れるまでマイルームから出る事が叶わなかったとだけ、言っておく。
(●ω●)「ひゃっはー! corebreakの音が癖になるぜー!」
アーデ「見事に嵌ってるなぁ。そして何故アルファベット、何故巻き舌」
(●ω|「正面からだとヘッドショットをしっかり狙う必要がないから、目の悪い俺にも優しいゲームだ」
FHのセリフと声が癖になります。脳が蕩ける。




