40話目 独りの食事
この時期は汗が結構流れるので困りものです。なので水分補給は云々ですね。
では、どうぞ蒸し熱いぃ……。
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「え、また魔物の襲撃が?」
珍しく早起きした俺ーーアーデは、エプロン姿で朝食を取り分けているサクの話に思わず首を傾げた。因みに朝食の献立は加熱したハムに鮮度の高い野菜、そして白パンだ。わざわざ通りの反対側の市場に出張して買い集めてきたそうだ。
「そのようです。広場の方は守備隊の方達でてんやわんやですし、何やら正午には新しい騎士団がこの街を訪れるみたいですね」
ここ一週間のんびりな時間が流れていたと思っていたら、何かまた騒がしくなってきたなぁ……。こっちに飛び火しないよう祈っておくか。
「やっぱり街中にダンジョンが出来ると、拙い?」
テンプレ物では迷宮都市なんて言葉を良く聞くが、実のところそういう都市は成り立つんだろうか? 個人的には街中でも粉塵爆発が起きる炭鉱都市みたいなものだと思っているのだが。
「既存の迷宮都市はダンジョンを前提に造られたものがほとんどですね。人や物の流れが活発な街にダンジョンが出来たのは前代未聞だと思われますので……申し訳ありません。私にも判断しかねます」
そう言って申し訳なさそうに頭を下げるサク。別に気にしなくて良いのだが……しかしそうか。やっぱりあのダンジョンマスターが原因だよなぁ。
「面倒だけど、俺が片付けるのが一番手っ取り早いか。同郷のダンジョンマスターなんて、何をしでかすか分かったもんじゃないし……」
ココアを啜りながら小さく呟く。ちなみにリリィとケイは、マイホームの外の家でポーションの調合とその付き添いだ。外の家って何かややこしいな。
「サク。ダンジョンの扱いについて、ギルドとか騎士団は何か言及している?」
「表向きには、ダンジョンへの入り口が発見された正門前広場への立ち入り禁止以外は何も。今後の方針について盗聴しましたが、ギルドでは近い内に高ランクの冒険者を募集して攻略を開始するとの事です。最悪勇者様に出動を要請して攻略してもらうとか」
……盗聴とかはこの際置いておこう。元密偵だからきっと癖で盗み聞きしてしまったのだろう。従者の仕事じゃないけど……違うよな?
「騎士団についてですが、ベイレーン城で政務を執り行っている剣帝殿は動かないようですね。動けないと言った方が正しいのでしょうが」
「まあ、当然」
領主が不在のベイレーンに目立った混乱が起きていないのは、騎士団やギルドが駆けずり回っているのと、偏に剣帝のネームバリューのお陰だろう。
領主よりも偉い存在が街のトップとして存在しているが故に、住民は過度な不安を抱かず、騎士団やギルドが連携して街の治安維持に力を注ぐことが出来ている。
これで剣帝が迷宮攻略に乗り出してしまうようなことがあれば、間違いなくベイレーンは大混乱に陥ってしまうだろう。
「ですが今日の午後に入城予定の騎士団は、『剣姫』ことセレーラ=ヨークスコーツ公爵令嬢が率いているとの噂が有ります。彼女が迷宮探索に乗り出す可能性は十分にあるかと」
「剣姫? ヨークスコーツ?」
何だろう。それに関連する心当たりが1人しかいないや。
「アーデ様が思い浮かべている通り、セレーラ=ヨークスコーツはイルデイン=ヨークスコーツ公爵の実の娘です」
剣帝サマ、既婚者だったのか。あの怖い顔を前にして、お相手さんは怯えて逃げ出さなかったのだろうか?
「父親譲りの剣の腕に、15というまだ年若い年齢ながらも既に中級までの風魔法を扱うことが出来るそうですよ。人族としてはかなり優秀な部類に入りますね」
お、風魔法使いとはお揃いじゃないか。この先関わるか分からんけど。
「……人族としては? なら、エルフとかは違うってこと?」
「エルフは魔力との親和性が高いですから。人族とエルフ族の混血である私でも水と火を中級まで、風と闇属性の魔法を上級まで行使出来ますね。因みに歳は17です」
それはサクが優秀なだけな気もするんだが。でなければエルフ族の戦闘力がおかしいことになってしまう。今度ユグリースの爺さんに会ったら聞いてみよう。
「つまり人族としては結構優秀だから、ダンジョンに挑戦してもおかしくはないと」
「そうなりますね。いつ攻略に乗り出すかで変わると思いますが、ギルドと騎士団が別個に探索に乗り出す可能性は高いかと……」
それは面倒だな。オリベルを連れてダンジョンに潜る予定だったが、一団体なら兎も角、二つ以上の集団の目を掻い潜って探索をするのは結構キツいぞ。
(やむを得ない、か。今回は1人かウルスザでも召喚してさっさと攻略することにしておくか。オリベルだと、俺ごと攻撃されてしまいそうだ)
あいつ、ぱっと見だとスケルトンにしか見えないからな。下手したら一緒にいる俺まで魔物認定されかねない。
「……これを食べ終えたら、城に出掛ける」
千切ったパンにバターを塗って口にする。これといって特徴のない味だが、悪くはない。
「畏まりました。因みに城では何をなさるおつもりで?」
「公爵に迷宮に入っていいか確認を取ってくる。多分大丈夫だろうけど、ダンジョン内で騎士団とかと揉めるのは避けたいから」
面倒事が起きるのは、できれば遠慮したい。楽しければ別に構わないんだが、先日のアレみたいなのは絶対に御免だ。
「(意外と律儀な方なんですね)」
「ん、何か言った?」
サクが何かを呟いた気がしたのだが、当の本人はそっと目を閉じて首を横に振った。
「いえ、それでしたら私も同伴させてはいただけないでしょうか? 家事は一通り終わらせていますし、少しは従者らしいこともしなくては、と」
やはり諜報活動は従者の仕事に含まれないようだ。しかし付き添い、なぁ……。サクも一応俺が戦うところは見ているし、別に問題は無いか?
「じゃあよろしく」
「ありがとうございます。では、私の方で外出の準備を先に済ませておきますね」
すっ、と静かに一礼したサクは、彼女に割り当てた部屋へと姿を消した。おそらく自身の身支度を済ませに行ったのだろう。
「…………」
話し相手のいなくなったリビングに静寂が訪れる。パンを咀嚼する小さな音だけが、無駄に広い部屋の空気に溶けて消えていく。
(……ふむ。こんな静かな食事は、何だか久しぶりな気がするな)
思えばここ一週間の朝昼晩の食事は、必ず誰かと一緒に食べていた。宿に泊まっていた時も周りの宿泊客の雑談で騒がしい雰囲気だったし、ビスマ村でも勇者一行か宿屋のおばちゃんの身の上話やらで話が尽きることはなかった。
ならこちらの世界に来る前、つまり元の世界ではどうだったかなと記憶の奥底を照らしてみるが、あちらではぼっちだった、というわけでもない。
俺は元々事故物件の格安マンションの一室で一人暮らしをしていた。これでも一通りの家事は一応こなせたりする。
だがしかし、ネトゲ仲間ーーつまり「アーデ」というキャラクターで遊んでいたオンラインゲームのフレンドが頻繁に、というかほぼ毎日遊びに来ては晩と朝の食事を済ませてから帰って行くので、ぼっち飯はほとんど無かった。
つまり2人分の食費を払っていた訳になるが……まあ、それは蛇足だろう。友人全員から「包丁を持つな」と言われる俺だ。あいつがいなければ、毎日の食事が携帯食料になっていてもおかしく無かったしな。
(『ボクがいなくちゃ■■■は餓死してるだろうし、■■■がいなければボクは居場所に困る。これぞ共依存ってやつだね!』があいつの口癖だったか? 家庭の事情は終ぞ聞かなかったが、今頃どうしてるんだか……)
名前を思い出せなくなってしまった友人のことを懐かしく思いつつ、パンの最後の一欠片を口に放り込む。
「……よし、行くか」
結局、元の世界から数えても1人飯の機会は少なかった訳だが、その事に意味なんて無い。のんびりと自分のペースで食べられる事が幸せな時もあれば、大勢で食卓を囲む楽しさもあるだろう。勿論その逆も然り。
今はその時間を十分に享受出来るよう、俺が出せる力を振るう。例え相手が同郷の人であろうとも、この街の平穏を乱すのなら叩きのめすだけだ。
(それにいつまでも広場を占拠されてると、子供達に届ける果物が買えないからなぁ……。早めに攻略するか)
食器を流しに置き、椅子に掛けていたローブを身に纏う。ふわふわと宙に浮かんでいた魔道書も、ひとりでに俺の懐へと収まる。
「サク、行こう」
「はい。アーデ様」
薄手の上着を羽織ったサクを連れて、俺はベイレーン城跡地に向けて歩みを進めるのだった。
アーデ「そういえば、ベイレーンの周辺には四季ってあるの?」
(●ω●)「さあ?」
ア「まだ決めてないと……」
(●ω|「けど丘陵地帯にある扇状地だし、夏があれば滅茶苦茶暑くなりそう」
ア「うわぁ……」




