39話目 新たな迷宮攻略者
大変遅くなりました。理由については後書きで……誠に申し訳ない。
では遅くなってしまいましたが、どうぞ。
あ、非常にややこしくなっておりますが、ヤグート子爵=ギルガル守備隊長です。何故名前を偽っているのかはおいおい語る事が出来れば……
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アーデのギルドランクがEからDに昇級したその夜。
ベイレーンの街の正門前に、十ほどの騎馬で構成された集団が到着した。
まるで大きな戦に参陣するかの如き、物々しい甲冑を身に纏った一団だが、一週間ほど前にベイレーンを訪れていた王国騎士団とは異なり、甲冑の上に纏うマントには銀糸で刺繍された竜の紋様が描かれている。
国王直轄の騎士団とは異なる、銀の紋章を背負うこの集団はーー剣帝ことイルデイン=ヨークスコーツ公爵本人に剣を捧げた集団、つまるところ公爵家の家臣団である。簡潔に言えば貴族の私兵。
領地と隣接するベイレーンの街へと接近する、普段は領内から出る事のない騎士団を、藍色の旗を掲げたベイレーン守備隊の一部隊が出迎えた。
20に満たない警備兵を率いた強面の騎士は、銀竜の旗を靡かせる公爵家の手勢の中から見知った顔を探し出し、その直近に馬を寄せて頭を下げた。
「セレーラ様。ご壮健なようで何より」
「ギルガス守備隊長。出迎え感謝します。父上……ヨークスコーツ卿はご無事ですか?」
強面の騎士ーーギルガスと言葉を交わしているのは金の長髪に藍瞳の少女、セレーラ=ヨークスコーツ。即ちイルデインの一人娘である。
数多の男の目を惹く美貌に、松明の灯りを受けて燦然と輝くドレスアーマー。そして二振りの細剣を腰に佩いて白馬に跨る姿は、数多くの戦場を駆け抜けて来たギルガルですら見惚れてしまいそうな美しさと凛々しさを周囲に見せつけていた。
「勿論です。今は半壊したベイレーン城の広場に仮設の陣幕を張り、事後の処理を我々と共に行っております」
ギルガルの言葉に薄い眉を少しだけ寄せたセレーラだが、すぐに笑みを取り繕うと機嫌良く頷いた。
「父上らしい判断です。首謀者こそ討たれたとはいえ、未だ共謀者が残っているかもしれない貴族街には身を置けないと。……貴方もそうではないのでしょうか? ヤグート卿」
「滅相もありませぬ。陛下に捧げた身であるが故、その弟君の命を狙うことなど、どうして出来ましょうか」
セレーラの意味ありげな笑みに、ギルガルーーヤグートは肩を竦めて首を横に振った。まさに彼女の考える通りではあったが、ヤグートはこの程度の詮索でボロを出してしまうような愚かな貴族ではなかった。
「しかし城が半壊ですか……。もう少し報せが早ければ築城師を連れて来ることも出来たのですけれど、間が悪かったですね。……ヤグート卿、今からの入城は?」
「申し訳ありません。幾ら公爵閣下の家臣団と雖も、緊急勅令の書状無しでは夜間の御入城は許可することは出来ませぬ」
日没から夜明けまでの間、ベイレーンの街の正門を開門することは原則禁止となっている。それは防衛上の理由から当然であり、唯一の例外も有事の際の緊急召集のみだ。
「構いません。元より夜営の準備は終えていますので。寧ろ許可が下りてしまう方が困ります」
静かに微笑むセレーラがサッと手を挙げて合図すると、最後尾にいた全身鎧の騎士が騎首を廻らせて駆けていく。おそらく本隊へ伝令に向かったのだろうが、あれだけで主の意を察するとはかなり頭の回る騎士なのだろう。
内心で密かに感心していたヤグートだが、唐突に背中ーー正門からけたたましい鐘の音が聞こえてきた事に驚いて振り返った。
「なんだ……?」
しかし正門には何の異変も見られない。もしやセレーラが連れて来た騎士団の夜営の光を敵襲と勘違いしたのか? ギルガルの頭にそんな考えが頭をよぎるが、脇門から転がるようにして駆けてくる部下の姿を見て、己の推測が間違っている事を理解した。
「ぎ、ギルガル隊長! 例の地下階段から魔物の群れが! オーガの姿も見えました!!」
「オーガだと!? 状況は? 市街地にまで魔物が侵入してはおるまいな!?」
部下からの予想以上に衝撃的な報告にヤグートは目を剥き、危うく落馬しそうになった身を起こして部下に問い質す。
ダンジョンへと続く入り口と思われる階段は防柵で覆ってこそいるが、所詮は仮のものだ。まさかここまで速く魔物が溢れ出すとは思っていなかったヤグートは、己の見積もりの甘さに臍を噛む。
「今は夜勤の守備隊と居合わせた冒険者で露店用の広場内に抑え込んでいますが、オーガを抑えられる者が居らず怪我人が出てしまっています」
「くっ……すぐに儂が向かう。お前は周辺住民の避難誘導に回れ!」
状況が悪い。そう判断したヤグートは素早く騎首を正門に向けて伝令に指示を出して手綱を引いた。
「ギルガル守備隊長。我々も同行して宜しいでしょうか?」
オーガを怪我人なしに倒せるのは己しかいない、そう考えて馬の腹を蹴ろうとしたヤグートだが、その寸前でセレーラが発した台詞に驚いて振り返る。
「セレーラ様も?いやしかし……」
「これでも父上の臣下を率いる身です。そんな私が民を見捨てて逃げ帰る事など到底無理な話です。ーーそれに」
そこで一旦話を区切ったセレーラは腰の細剣に手を宛てがい、好戦的な微笑みを浮かべた。
「オーガ如きに劣る私ではありません。半刻で魔物の群れを片付けて差し上げます」
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昼前の石鳥人の襲撃で静まり返っていた正門前広場だが、兵士達の怒号と魔物の咆哮によって静寂は無残に引き裂かれることになった。
「火矢を使え! オーガには効かないだろうが、多少は怯ませられる筈だ!」
「柵は絶対に突破されるなよ! 街中に逃げ込んだ魔物の残党狩りが、一番面倒なんだからな!」
GruuuuaaAAA!!!
煌々と燃え盛る篝火によって、異形の怪物達の姿が兵士達の目にはっきりと映っていた。
時折街の近くの平原に迷い込む弱い魔物とは異なり、迷宮から溢れてくる魔物達は総じて手強い存在であることが多い。その理由を知る者こそいないが、冒険者達の与太話に「迷宮の主が自らの手で創り上げて強化を施している」というあながち間違っていないものがあったりする。
しかし今の兵士達に必要なのは原因を推測する頭脳ではなく、魔物の流出を抑える為の兵数であり、強力な魔物を駆逐可能な戦力だ。
オーガによる棍棒の振り抜きで盾が凹んだり、ストーンゴーレムの自重によって柵が砕けたりとベイレーン守備隊は苦戦を余儀なくされていた。
「第一守備隊と第二守備隊は一旦後退せよ! 冒険者も一度退き、体勢を整えよ。光魔法を使う!」
「ギルガル隊長、戻られましたか! ーー仕切り直しだ! 魔法士隊、『凩』用意!」
そこへ街の外に出ていたギルガルが合流した。白兵戦が行われている戦闘の激しい箇所に、風魔法による突風が吹き荒れ、魔大盾を構えた守備隊は魔物達の動きが乱れた隙を利用して素早く後方へと下がって行く。
「『照明』。ヨークスコーツ家臣団、突撃開始!」
カッ!
防衛線と魔物達の間に間隙が出来たのを見計らい、セレーラは広場全体を照らす光魔法を放つ。突然昼間のように明るくなったことで浮き足立った魔物の群れに、騎士達による無慈悲な突撃が敢行された。
「魔物風情にセレーラ=ヨークスコーツを止める事など、出来はしない! 大人しく首を差し出せ!」
GyaaaAAA!!?
それは最早一種の暴風だった。セレーラの目の前に立ち塞がったオーガは、すれ違い様に細剣で首を刈り取られて絶命し、刃物を通さないストーンゴーレムは後方から飛んで来た氷の槍によって粉々に砕けてその場に崩れ落ちる。
「オーガが、一瞬で……」
自身らが苦戦していた魔物達が易々と葬られるのを見た守備隊の団員達は、その圧倒的な蹂躙を目の前にして、思わず息を呑んだ。
「あれが『剣姫』の実力か。……凄まじいな」
王国騎士団に匹敵する練度を誇るというヨークスコーツ家臣団。そしてそれを率いるのは剣帝の娘であり、『剣姫』の二つ名持ちであるセレーラ。
いつでも援護出来るよう備えていたギルガルだが、最後の一体のオーガが地に伏したのを見て、構えていた大弓を下げた。
僅かに残っていたゴーレムも、騎士や冒険者の魔法使いの攻撃によって瞬く間に殲滅された。今晩の襲撃は終幕と相成ったのだが、事後処理を始めた部下達を尻目に、ヤグートはセレーラの事をジッと凝視していた。
勝負のついた広場で佇むセレーラには、汚れ一つ見当たらない。あの若さであの実力、そして周囲を魅了する凛々しい美貌。
(成程、流石は公爵閣下の娘だけのことはある。噂に違わぬ剣技の冴え、是非とも殿下の下で振るって貰うことは出来ぬだろうか……)
王位継承権争いに新たな不確定要素が加わったことに、ヤグートは頭を痛めることになるのだった。
(●ω●)「うわぁぁあ!! 刺さる、刺さるから! その手に握っている包丁を放すんだアーデ!」
アーデ「あれほど書くなと言ったのに。しかも何で夜想曲なの?」(光を失った瞳で包丁を構えている)
(●ω|「つ、つい……」
ア「ギルティ」
(●ω|「うわぁぁああ!!」
ケイ「惜しくない奴を亡くしたな……」