38話目 薬剤師の長
遅くなりました。未だに喉の調子は良くならない為、もう少しだけ更新ペースはスローになるかと思います。
何とか6月末までには、第3章クライマックスまで行きたいところです。
では、どうぞ。
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「すいません。お婆さんに呼ばれたと聞いて来たんですけど……」
いつも通り閑散としたギルドの屋内。その奥で暇そうに受付に座っていた女性に声を掛けた。
「アーデフェルトさんですね。お待ちしておりました。面会のご予定があるギルド長は5階にいらっしゃいますので、そちらまで足を運んで頂けますか?」
明日報酬の受け渡しをする為、もう一度訪れるという約束をオリベルと交わし、ダンジョンから地上へと帰還した俺は、その足で薬剤師ギルドの建物へと出向いていた。
受付嬢の言う通りにカウンター脇の階段を上がる。最近階段を上り下りする機会が多い気もするが、適度な運動にはちょうど良いか。この小学生高学年程度の身長となった今でも、この程度で息切れする程ヤワな体にはなっていないようだし。
「アーデフェルトです。お婆さ……ギルド長?」
高そうな扉をノックしたタイミングで、ふと思考が停止する。先ほどの受付嬢、何かとんでもない事を言っていなかったか?確かギルド長との面会とか……。
「ギルマスの部屋で合ってるよ。鍵は開いてるから入りな」
枯れた声が扉の向こう側から聞こえてくるが……あれぇ、俺はてっきりランクの昇格の話だとばかり思ってたんだが……。
「……失礼します」
しかし扉の前で突っ立っていても何も始まらない。未だに状況を把握出来ていない頭を無理矢理に再起動させ、ドアノブを捻る。
「遅かったじゃないか、アーデ。折角の緑茶が冷めてしまったよ」
ギルド長室には分厚い本が詰め込まれた本棚がずらりと並び、応接用のテーブルとソファー、執務机が少々手狭に置かれていた。
こちらに来てからほとんど見かけなかった本が、沢山ある光景は中々新鮮だ。紙は割と貴重な物らしいので、これを全て売れば相当な財産になるんじゃなかろうか?
「部屋に入って最初に見るのが私達じゃなくて、書斎かい。あんたの言う通り、確かに変な子だねぇ」
「この街で大量の本を所有しているのは、ここと領城だけさね。別に不思議じゃないさ」
オウビお婆さんがこの場でさも当然のようにお茶を飲んでいるのは、まあ良いや。俺をギルドに呼びつけたのはこの人だし、何らかの縁があってもおかしくはない。
「あなたが、オーリアスさん?」
ぱっと見普通のお婆さんに見える。しかし仮にもギルドの長。きっと見た目に反して凄い力の持ち主かもしれない。忘れない内にステータスを覗いておく。
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オーリアス・カリティーヌ、214歳。
Lv.41
職業・薬剤師/治癒士
称号・薬剤師・治癒士ギルド部門創始者、ギルドマスター(薬剤師)、人間族最高年齢。
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普通だな。「竜殺し」やら「悪魔狩り」みたいなトンデモ称号を期待……もとい覚悟していただけに、些か拍子抜けだ。
……ん? 人間って、200歳も生きられたっけ?
「ああ、そうさ。ここのギルドマスターを務めているオーリアス・カリティーヌ。お前さんの直属の上司になるんだから、しっかり名前を覚えておくがいいさ、外来の薬師よ」
……………直属の上司? いきなり何を言い出すんだ、このBBA……もといお婆さんは。
「なにそれ」
「Eランク薬剤師、アーデフェルト。お主は次のギルド会議で新設される《薬剤師特務監督官》に任命することになっている」
「お断りします」
突然訳のわからない名前の部署に配属されそうになって、そのまま着任する人なんているわけがないだろう。初対面なら尚更だ。先に説明の一つや二つくらい、先にして欲しい。
「にべも無いねぇ。まあこの話はオマケみたいなものだし、そんな話が出てることだけ知ってればいいよ」
俺、何か変な事しでかしたかなぁ……。思い浮かぶのはつい最近のベイレーン城での一件だが、俺が関わっていたことを知っている人は、そう多く無いはず。
更に言うと、あれと薬剤師ギルドの新しい部署とやらは何の関係性も無い。街へと溢れ掛けていたアンデッドの群れは冒険者達が片付け、建物の被害も、城と貴族街の境にある城壁が多少崩れた程度。
怪我人の治療にしても、専ら治癒士ギルドが請け負っていたという話だ。薬剤師ギルドが何かしたという話は耳に入って来ていない。
つまり、あれに関わっていたのがバレて呼び出されたとは考えにくい。何か他の理由があるはずなのたが……
(……うん、思いつかないな)
目立ったギルド関連のイベントを起こした記憶が無い所為で、何が拙かったのか判断しかねる。
「本題は別だよ、アーデフェルト。お前さんは文字が異なるほど遠い国から来たんだってね?」
「それが、何か?」
首を傾けた俺に、オーリアスは一枚の書類を差し出した。それを覗き込めば、この辺りで使われている文字の羅列に、たった一つだけカタカナで記された単語が目に入った。
『アーデフェルト』
「それはお前さんが家を購入した際の契約書さ。自分で署名したわけだし見覚えはあると思うが、どうかね?」
ああ成程。それが理由でオウビ婆さんもこの場に同伴しているわけか。チラッと横目で竜人族の老婆の様子を盗み見るが……知らん顔でお茶を啜ってやがる。
「どうかね、とは?」
オーリアスの言いたい事がはっきりと伝わって来ないので、オウム返しに尋ね返す。遠い国という説明だけじゃ不満なんだろうか?
「魔王を討ち果たす使命を担う勇者は、サベレージ王国の前身が建国されるよりも以前から存在している。
基本的には、神託で選ばれた10代の少年少女が勇者として使命をを果たすことになるのだが……、稀に臆病者の貴族達や王族によって『外なる世界』から勇者としての適性を持つ者を喚び出す事があるんだよ」
ふむ、つまり勇者という職業を持つ者は、現地産と異世界産の二種類の存在がいるという事か。この世界には俺以外の転生者もいるわけだし、特におかしな話でもない。
しかし今の話と勇者召喚の話に、一体何の関係性が?
「『外なる世界』から喚び出された勇者達は、何れも呪文書や奥義の秘伝書といったものを残している。尤も、そのどれもが解読不可能な暗号によって記されているが、故に奥義を体得し得た者は1人もおらんがな」
へー、そうなのか。しかしまあ、オーリアスが何を言いたいのかこれで漸く理解した。些か自分の出自について、無警戒が過ぎたか?
「それに使われている暗号の幾つかと、お前さんがこれに書き記した文字は非常に酷似……いや、完全に同一の記号であることが確認出来た」
興奮気味に上ずった声で話すオーリアスは、部屋の隅に積み上げられた本の山を崩して一冊の本を取り出す。って、貴重なはずの本をそんな風に扱っていいのか。
「羊皮紙やモンスターブックとも異なる質感の紙で作られた、この本の表紙を見るがいい。題名と思われる暗号の3文字目と、お前さんの名前の頭文字。同じだろう? ……ふふふ、漸く、ようやくこれで魔法開発の研究が進む!」
オーリアスは歓喜の表情を浮かべて打ち震えているが……、その本ーー手帳のタイトルは『ローア=ドリームスさんの観察日記』と書かれている。どう見ても、禁呪や奥義が書かれた書物だとは思えないのだが。
「はぁ。すまんな、アーデ。オーリアスは本のことになると些か視界が狭くなる。お前さんを呼び出した理由については、私が説明しよう」
恍惚とした表情で動かなくなってしまったオーリアスを見、オウビは一つ溜息を吐いて手にしていた湯呑みを置いた。
「翻訳させたいだけ、では?」
「まあ、そうさね。勇者達の記す暗号は、そのどれもが〈翻訳〉の恩恵を受けた者ですら解読出来ない文字だ。当の本人達は頑なにその内容を話そうとはしないからな。
私達や、同じような書物を抱え込んでいる貴族達は皆、そういった者を喉から手が出るほど欲しがっているんだよ」
「………………」
崩れた本の山から、試しに目についた一冊のノートを手に取ってみる。
『〜美味しいブリオッシュの作り方・その1〜』
……あー、うん。きっとこの2人が期待してるような代物は無いんだろうなぁ。いやまあ、ブリオッシュ自体は美味しいのと物珍しさから、城下町のパン屋で販売したら儲かると思うが。
「大変言いにくいことだけど……。これらはお婆さん方が期待しているようなものではない」
「ヒヒヒ……はぇ?」
「……ふむ?」
変な笑い声を上げているオーリアスと、呆れた顔のオウビに、取り敢えず俺が手にしている本の内容を簡単に解説し、他の本も似たようなものの可能性がある事を指摘したところ、
「そ、そんなはず……。150年かけて集めたこの蒐集品が全て、無関係であるはずが……」
「成程。道理でギンジのやつがこれらに拘っていなかったわけだ」
片方は呆然と、もう片方はどこか納得した風に頷いていた。長年の蒐集品が目的の物と関係無いと知ったら、まあそうなるか。
「そんなことより。ギンジってどんな人?」
俺としては、他人の悲願よりも日本人についての情報の方が重要である。いかにもな名前を出されてしまえば、反応せざるを得ない。
「ギンジという名に心当たりが?」
「無い。けど、故郷で使われている名前と似ている。いつ出会って、どの辺りにいる?」
「そうさねぇ……。あやつがこの街を訪れたのは5、6年ほど前。そうなると流石にどの国にいるのかも見当がつかないね」
ダメか。しかし……割と転生者やら転移者がこっちにいるみたいだが、この街はそこまで日本の文化の影響を受けていない気がする。
この街限定なのか、それ以外の街にも大して影響を及ぼしていないのかは不明だが……不思議な話だ。異世界の発明品で儲けている人がいても、おかしくは無いと思うのだが。
「転移者にも事情があるのかも、か」
「何か言ったかい?」
「何にも。呼び出した本人があんな風になってるし、帰っていい?」
椅子にもたれ掛かって気絶しているオーリアスを横目で眺め、オウビに確認する。
「そうさね。本当はお前さんのランクを上げる話もする予定だったんだけどねぇ。まあもういいか。帰りに受付に寄って行きな。もう話は通っているだろうし、ギルドカードをDランクに更新してくるといい。……ああそれと」
オウビは竜の鱗が刻まれた腕を使い、床に落ちた手帳を拾い上げる。古ぼけたそれを懐かしそうに眺め、
「勇者達がわざわざ書き遺した料理、サクが再現してくれることを楽しみに待ってるよ」
俺がさりげなく懐に仕舞った本を指差して、静かに笑うのだった。……バレてーら。
アーデ「別にサクに作らせなくても、私が作ればいいんじゃ?」
(●ω●)「(無言で首を横に振る)」
ア「えっ。……え、何それ」
(●ω|「宇宙の、法則が、乱れる」
ア「…………!!??」




