37話目 深淵の奥底で
風邪で喉が痛い。そんな時に龍角散。とても便利ですよ! 風邪の時はとてもお世話になっています。やっぱ錠剤よりも漢方薬だよネ!
ついでに頭痛と鼻水も止めてくれたら素晴らしい……ズビーーッ!
……では、ゴホッゴホッ! どうぞ!
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ベイレーンの街の下に張り巡らされた地下水路。ギルドの冒険者パーティーが調査を始めた水路の第一階層には、魔法によって生成された光と轟音が鳴り響いていた。
「オリベル、また来た」
「エエイ、マダ来ルカ! 昨日ヤ一昨日ト違ッテヤケニ魔物ガ多イナ!!」
水路の石壁をカンカンしてたオリベルが俺の警告に振り向き、探索を始めてからの1時間で8回目の舌打ちによって苛立ちを露わにした。……舌はどこにあるのさ。
「対象マルチロック、『風の矢』」
宙に浮かぶ魔道書のページの幾つかに、魔法陣が展開する。それは周囲の空気を巻き込み、淡い翠色に輝く魔力の矢が形成される。
ーーキィキィ!
下水道に広がる深い闇ーーは魔道書からばら撒かれたページの光源によって切り裂かれ、それに照らされたラット3匹が目の前の脅威に足を止めた。勿論そんな隙を逃すわけがない。
ヒュンッ!
キキッ! ジジッ…………
3枚のページから放たれた『風の矢』は、過たずラット達を貫いて獲物の命を軽々と絶った。あ、標準は魔道書に任せているので、基本俺は魔道書に指令を出す仕事しかしていない。折角FPSで鍛えた偏差射撃やらaim力が全く役に立っていない。
ラットから噴き出した血煙が晴れる頃には、翠色に彩色された魔力も消え去りダンジョンは静寂を取り戻していた。聞こえてくるのは、澱んでいるように見える下水が薄暗い水路を流れる音のみ。
「フム、タッタ1時間足ラズデモンスタートノ遭遇ガ12回。5分ニ一度デハ、オチオチ採掘モ出来ナイナ」
念の為に細剣を構えていたオリベルが嘆息してピッケルを拾い直す。片手に握るシンプルな剣を振るう機会こそ訪れていないが、周辺警戒の為に幾度となく採掘作業の中止を余儀なくされたオリベルの機嫌は悪い。
「急ニ魔物ガ増エタ。オソラクダンジョンマスターノ差金ナノダロウガ……」
「どうする? 今日は仕切り直す?」
ページを呼び戻した俺が振り返ると、しばらくの思案の後にカタカタと首を揺らして頷いた。
「ソウダナ。取リ敢エズ今回ノノルマノ分ハ手ニ入ッタ。欲ヲ出シテ痛イ目ニ遭ッテモ仕方ガナイ」
彼ははち切れそうなほど一杯に苔を詰め込んだ麻袋を担ぎ直し、手早く周囲に置いていた小瓶や柏みたいな形の葉を拾い集めて懐に仕舞い込んだ。
採取した苔はとある薬品の素材の一つだそうで、小瓶の中身の薬品や柏葉は苔を傷付けないように採取する為に必要なものなのだとか。
……苔を探し出す際、豪快に石畳をピッケルで砕いて掘り出していたが、良かったんだろうか? それに辛うじて砕けなかったラットの骨や暗色の小石を纏めて袋に入れているが、大丈夫なのか……?
採取方法とは大違いの杜撰な保存方法に不安を覚えなくもないが、素材の管理については依頼の範囲に入っていないので指摘するのは止めておいた。仮にそれを指摘しても、最善の方法を提示できるわけではないので。
「それも魔石?」
「ナンダ、魔石ヲ見タコトガ無イノカ? コレハ人ノ間デハ低品質トサレ、最下級ノ価値シカナイ石コロダ。シカシ魔物ニトッテハ、タッタ一個デ自身ノ活動エネルギーヲ補ウ事ガ可能ナ、重要ナ物質ナノダ」
「ふうん?」
まあ魔物が態々体内に入れ込んでる石なんだし、決して必要無いものではないのは確かだろう。だからといって、凄いかと言われると……
「ソノ顔ハ、コレノ凄サヲ理解シテイナイナ? チョット考エテミルト良イ。コノ大シテ魔力ヲ内包シテイナイクズ魔石デスラ、鼠ヲ10年動カシテ尚オ湯ヲ沸カセルダケノ熱量ヲ保有シテイルノダゾ!!」
オリベルが力説しているが……自前のエネルギーで生命活動を行えるなら、別に俺たちを襲う必要が無くなると思うのだが。
「うーん? ラットだって食事くらいしてる筈。その全てを魔石が補っているわけじゃないのでは?」
「ソウ思ウダロウ? ダガナ、俺ガ貴族デアッタ時ニ魔石ニツイテ実験ヲ行ッタコトガアルノダ」
仄かに輝く魔石を骨の指で弄び、オリベルはカラカラと笑う。その骨の顔は、何処となく得意気に見える。表情筋無いけど。
「一昔前ニナ、鼠ヲ密閉シタ鉄箱ノ中ニ入レテ、10年間放置スル実験ヲ行ッタコトガアッテナ。勿論空気穴ハ開ケテオイタ」
「じゅっ…………」
もはや空気穴とか関係なく干からびそうな年月だ。よくそんな気の長い実験を行えるな。
「最初ハ俺モ数日デ餓死スルモンダト思ッテイタンダガナ。10日、1ヶ月ト経ッテモ箱ノ中デ元気良ク動キ回リ、1年ノ間ハ飲マズ食ワズデ平然ト動イテイタ。
3年目ニナルト流石ニ動キガ鈍クナリ、5年目デ冬眠ト似タヨウナ状態トナッタ」
「それで、10年目に餓死したってこと?」
10年もエネルギーを供給せずに生きていられるというのは確かに凄いな。いくら冬眠していたとはいえ、生物は動いていなくてもエネルギーを使っている筈なのだが。
「……イイヤ、丁度10年目ノ年ニ政争ノ謀略ニ巻キ込マレテナ。……妻子共々ココノ領主ニ滅ボサレタノダヨ。ソノ際ニ実験中ノ鼠モ処分サレテシマッタ」
オリベルの眼窩に青白い炎が灯り、静かに燃え盛る。憎悪と憤怒に染め上げられた蒼炎の瞳には、けれどほんの少しだけ、悲哀が混じっているような気がした。
__________________チカッ
オリベルの骨の顔を見つめていた視界の端に、ページの白い輝きが目に入る。この輝きの合図はーー敵襲。
「……ごめん。新手だから、迎撃の準備を」
「ヤレヤレ。風情モ何モアッタモンジャナイナ! KYナ魔物ヲ片付ケタラ、サッサトココカラオサラバスルゾ!」
「了解」
細剣を抜き放ったオリベルの後ろに回り込み、魔導書を取り出す。依頼主よりも後ろに陣取っているのは……後衛職だし、是非もないよね。
「来タゾ! 数ハ1。アイツハ……何ッ、インプだト!?」
「インプ?」
インプというと……小っちゃい悪魔? その程度のイメージしかないな。後は……女性に対する性的なイタズラが好き、とかか? ま、男の俺達には何の関係もない……わけじゃないか。
オリベルの海賊マントの陰から、こちらに接近する魔物の姿を覗き見る。人間の赤ちゃんサイズの人影が、宙をフワフワと浮遊しながら近付いて来ているのが見える。背中には申し訳程度に取り付けられた翼がパタパタとはためいている。
「奴ノ目ヲ見ルナ! 『魅了』ヲ使ッテクルゾ!」
「『風の矢』……って、え?」
オリベルの警告が俺の耳に届くが、時すでに遅し(インプが)。真っ黒な肌とは対照的な赤い瞳が輝き出すよりも早く、魔導書から放たれた風魔法がインプに直撃した。
ギギャッ!??
短い断末魔を下水道に響かせたのを最期に、インプはあっさりと地に堕ちた。ベチャッ、と肉の潰れる嫌な音がやけにはっきりと俺の耳にまで届いた。
「「………………」」
気まずい沈黙が下水道に流れるが、インプはいつまで経っても起き上がってくる様子が見られない。何という出オチ。
「女ハ問答無用デ操ラレ、パーティーガ全滅シカネナイ危険ナ魔物ナンダガナ……」
カコン、と外れていた顎を嵌め直したオリベルが呆れたようにこちらを見つめてくる。そんな目で見られても、俺からは何も出ないぞ?
「倒せたから良し」
「……ソウダナ」
結局その後はインプ以外に特に何が出て来る訳でもなく、俺達は地下室へと戻る為の帰路を何の障害もなく通り抜けたのだった。
(そういえば、またモンスターのステータスを確認するの忘れてた。ま、『風の矢』一発で沈むんだし、大した強さじゃないだろうから……別にいっか)
幾ら『魅了』とかいう危険な状態異常を持っていたとしても、やられる前に殺ればいい話だ。記憶に留めておく必要もない。
そんな事を考えながら、俺は迷子にならないよう前を進むオリベルの後を小走りで駆けたのだった。
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「だから気が付けないんだよ。アーデフェルト」
暗い暗い深淵の奥底に、鎖が砕ける鈍い金属音と、低く嗄れた嗤い声が響き渡った。
(●ω●)「第3章のボスの顔見せならぬ声見せだよ」
アーデ「声なのに『見せ』とは一体……。後いまいちダンジョンを攻略してるようには思えないんだけど……」
(●ω|「ちょっとした偵察だけだから詳しく描写出来ないのさ」
ダンジョン内の構想が全く思い浮かんでいないともいう。




