36話目 骨と下水道
度々遅くなりまして申し訳ないです。暖かくなるにつれて、頭が煮えて……(言い訳)。
暫くスローペースになってしまうかと思いますが、生暖かく更新を待っていただければ幸いです。
では、どうぞ。
「ホウホウ、街中ニ石鳥人ガ現レタノカ。ソイツハマタ、ケッタイナ事ダナ」
「この辺りでガーゴイルは珍しい?」
俺とオリベルの転生組2人は、理科室ーーもといオリベルの仮の部屋の奥にあった扉から更に地下へと歩を進めていた。深い闇に包まれた洞穴を、俺が取り出した魔導書の明かりを頼りに進む。オリベルには光源なんて必要ないそうだが。
「珍シイナンテモノジャナイ。アイツハ迷宮産。ツマリハダンジョンノ中デシカ産マレ出ル事ノナイ魔物ダヨ」
「迷宮産? なにそれ美味しいの?」
「ヤメトキナ。俺デモ歯ガ立タナカッタンダ。石ダケニ」
カッカッカと白い歯を鳴らして笑うオリベル。見た目は海賊の船長みたいな軍服と頭にバンダナを巻いた骸骨だが、その仕草はどこか庶民的なものを感じさせた。てか本当に食べようとしたのかよ。
「Lv.41なら、苦労もせずに倒せる?」
冗談とは別に気になったことをオリベルに問い掛ける。結局あの時のガーゴイルのステータスは覗いていなかった。一応ランク2の武器で倒せたし、大した強さでないと思うけど。
「迷宮内デ、タイマンナラ勝テル。ダガ外デ戦ウトナレバ苦戦スルダロウ。石鳥ハ基本的ニ、ランクBノ冒険者ガ相手スルモノダカラナ」
意外だ。何となくだが、RPGで終盤のダンジョンに出てくる雑魚キャラみたいなイメージを持ってた。出てきたのは良いが、勇者というか主人公に瞬殺されて出番が終わる役。
「ガーゴイルってそんな強い?」
少し湿気が混じり始めた空気を肌に感じつつ、首を傾げる。終盤に登場しそうな敵ではあるが、沢山生産されてそうなガーゴイル相手に、ランクBの冒険者が出張っていたら人手が不足しそうだ。
「石鳥ダケデハナイ。ダンジョンカラ産ミ落トサレタモンスターハ皆強イ。ダンジョンマスターガ存在スル迷宮ナラ、ソノ傾向ハヨリ強クナル」
成程。確かに転生者が直々に迷宮を経営すれば、強い魔物にもなるか。その類には詳しくないが、元の世界から来たやつなら相当嫌らしいトラップとかも仕掛けているかもな。
(……うん? ならあの時のダンジョンは、転生者が創り上げたものじゃないのか?)
ボスのミノタウロスは兎も角、道中はモンスターブックしか出て来なかったし、トラップなんかも見当たらなかった。
その疑問をオリベルに投げつけてみるが、海賊風の骸骨は歯をカタカタと鳴らして首を竦めただけだった。
「フム……、趣味ニ走ッテ大シタ準備ヲシテイナカッタノカ、若シクハソノ強イ牛人ニ、リソースヲ全テ注ギ込ンデシマッタトカ……。流石ニソレハ、ソノ転生者ニ聞イテ見ナケレバ分カラナイナ。……サテ到着ダ」
オリベルが足を止めた空洞には、幾つかの光を放つ水晶の欠片が散乱していた。青く輝いているそれは、オリベルが散策中に見つけたものなんだとか。
ランプ代わりに置かれているあの水晶、どこかで見掛けたような気もするのだが……まあ、今は関係ないか。
「ホラ、ココカラ先ハ迷宮ダ。一応注意シテ覗ケヨ?」
部屋の最奥には、木の衝立が岩の壁に立て掛けられていた。それをオリベルが横にずらせば、人ひとり程度が通れそうな穴が姿を現した。横幅は大の大人の肩幅くらい、縦は180あるオリベルの胸元程度の高さの穴だ。
「ベイレーン全体ニ張リ巡ラサレタ地下水道ハ、ソノ役目ヲ果タシタママダンジョン化シテイル。何階層造リ上ゲタノカハ分カラナイガ、用心シテオクニ越シタコトハナイ」
「今日は様子見だけだから大丈夫」
オリベル曰く、違和感に気がついたのがちょうど一週間ほど前だったそうだ。何度か偵察している内に、今まで見掛けなかった種類の魔物の存在を確認するようになったとか。
「オリベルが見たのはガーゴイルにラット、それにスライムにゴースト。そして一番厄介なのは蝙蝠蜘蛛、と」
「アアソウダ。中型サイズノ魔物コソイナイガ、嫌ラシイ攻撃ヲ持ツ魔物達ガ多クイル。俺ノ研究ニ必要ナ物ヲ落トシテクレル良イ奴ラダガ、採取中ニ襲ワレテハ敵ワナイ。行ケソウダト思ウナラ……頼ムゾ」
下水道で研究に必要な素材を採取していたオリベルにとって、突然湧き出したモンスター達は邪魔な存在だそうだ。……下水道で採れる素材って何だ?
「まあ、依頼はしっかりこなすつもり。……薬剤師が受けるクエストじゃあないけど」
穴を潜ってダンジョンへと侵入したオリベルに続き、俺も魔導書を取り出して追従する。
今回オリベルから受けた依頼ーー勿論非公式だがーーは、
『ダンジョンとなった下水道で、採取中の護衛』
である。一見普通の依頼に見えなくもないが……依頼主が骸骨であり、更に報酬が人間の生首ともなれば、その異質さが嫌でも理解出来るだろう。
そんな事を考えつつ、ベイレーンの生活排水全てが流れる地下水道へと降り立った俺は、本来なら真っ先に被害を被るであろう鼻に何の異常もないことに気がついた。
「……臭く、ない」
鼻を布で覆っていても臭っていた悪臭が、ダンジョンに入った途端に消え失せた。魔導書の光に照らされている下水道の水は、あまり宜しくない色をしているというのに、だ。
「フム? アンデッドデアル今ノ俺ニ、嗅覚ハ備ワッテイナイガ……」
鼻骨しか残っていないオリベルには、匂いの変化は分からないようだ。……筋組織が存在しないのに動けて
いて、嗅覚は存在してないというのは腑に落ちないが、無いものを気にしていても仕方がない。
「まあ、臭いを気にせずに済むならそれに越したことはない。オリベルさん、今日は第一階層だけで良い?」
下水道に降り立った俺は、石造りの足場や壁をコンコンと叩いてその調子を確かめる。勇者と共に潜った迷宮とは違い、人の手によって削り出されたリアルな岩の感触が伝わってくる。
「アア。素材ノ枯渇モソレホド急グベキ事デハナイ。勝手ノ分カラナイママ慢心サレテハ寧ロ、コチラガ困ル」
「確かに」
ずだ袋を腰骨に引っ掛け、得物のピッケルを肩に担いだ骸骨海賊・オリベルに頷き返す。異世界に来て初めての指名依頼。誰かに評価してもらえるわけでもないが、だからと言って失敗しても良いという道理はない。
「ソレデハ、イザ、宝ノ山ヲ目指シテ出発ダー!」
「おー」
骸骨と魔導師の少女という特異な組み合わせは、そんな気の抜ける掛け声を合図に地下水道の迷宮探索を始めたのだった。
……下水道で手に入るお宝って、何さ?
__________________
「オーリアスはおらんかね?」
アーデが骸骨の魔族と共にダンジョンへと潜り始めた頃、アーデの家で昼食を摂ったオウビは、旧知の仲がいる薬剤師ギルドを訪れていた。
「お、オウビ様!? は、はい。オーリアス様はただいま執務室におります!」
受付で暇そうに座っていたギルドの職員達が慌てて居住まいを正すのを見るに、彼女は相応の待遇を受けているのが分かる。
「よい、よい。ちょっとした報告のついでに世間話をしに来ただけだ。あたしからあいつの方に出向くから気になさんな」
駆け出そうとした人族の年輩の職員を手で制し、オウビは勝手の知れたギルド内をスタスタと進む。
「ここも5年前から全く変わらないねぇ。人が少し減ったくらいさね?」
独り言を呟きながら軽い足取りで階段を上り、4階ーーこの建物の最上階に辿り着いたオウビは、何の躊躇もなく彫刻が刻まれた扉を開け、部屋の主と視線を交えた。
「うちは万年人手不足だよ。冷やかしに来たんなら帰んな。オウビ」
「久々に来たんだから、お茶ぐらい出しておくれよ。積もる話もあれば、面白い話も持ってきたんだからさ。オフィーリア」
竜人族の老婆と人族の老婆は互いの顔を見合わせ、くつくつと笑い合うのだった。
(●ω●)「アーデが生首コレクターだったなんて……見損なったよ!!」
アーデ「違うから! 領主とあの太った貴族が本当に死んでるのか気になっただけだから!」
死体を確かめなければ基本生きている。あるあるですね。稀にしっかり確認しても生きてたりするので、あれですけど。
ちなみにローズリンデの死体は、ベイレーン城の正門前で晒されていたり。それもあってアーデは中々イルデイン公爵の元を訪れる事が出来ていなかったりします。




